腐令嬢、逆ドッキリをかます
お父様は、お兄様の留学を何とかして止めようと四方八方に手を回しているらしい。お母様は不安のためか愛猫プルトナがさらに手放せなくなり、常に携帯してむんぎゅりと抱き締めているようになった。おかげでプルトナはほんのり僅かに少しだけ痩せたみたいだ。ネフェロはめっきり憔悴し、おかげで色香マシマシチョモランマ。アズィムとステファニはいつも通りに装っているけれど、いつもどこか憂いを帯びた表情をしているところから見るに、やはり心配しているようだ。
この事態を引き起こした張本人は、春休みに入ると荷物をまとめてプラニティ公国に渡ってしまった。
北の森に阻まれているため、アステリア王国からヴォリダ帝国へは直接行き来できない。なのでヴォリダに行く際には、隣国であるプラニティ公国を経由する。お兄様はこのごたごたが落ち着くまでプラニティに滞在し、やり過ごすつもりらしい。無駄遣いしがちでネフェロにお小遣いを管理してもらっている私と違って、お兄様は堅実に貯蓄するタイプだったから、贅沢をしなければ当面の生活資金も問題ないはずだ。
日本なら、高校生の未成年が保護者の了承も得ずにここまで好き勝手するなんて不可能だ。しかしこの世界では、ほとんどの国が十五歳で成人と認められる。お兄様は十六歳、その成人規定をしっかりクリアしているため、いかに親でも行動を制限できないのだ。
今はお父様が外務卿の権限を駆使してお兄様がヴォリダへ入ることを阻んでいるが、恐らく長くは保たない。学校が始まる頃になっても入学手続きの取り消しが叶わなければ、認めざるを得なくなる。ギリギリまで留学について黙っていたのも、反対されることを見越して入念に下準備するためだったに違いない。
その時が来たら、そうまでしても留学したいと訴える息子の意志を尊重して、お父様もお母様も諦めるしかなくなるのだろう。
ちぐはぐにギスギス、ぎくしゃくしてバラバラ、そんな何とも形容し難い不穏な空気の中、私は十四歳になった。
家族がこんな状況だから、今年はお誕生日会を控えてゴロゴロして過ごすつもりだったのだが。
「クラティラスさん、お誕生日おめでとうございまーす!」
事前連絡無しに訪れたイリオスのせいで、レヴァンタ家は騒然となった。
両親とアズィムは、お兄様の件で出かけている。そのため家のことを任されていたネフェロは、急いで王子を饗す準備をせねばと大層慌てふためいた。
しかしイリオスは『お忍びの来訪なのでお構いなく』と告げ、やんわりと大事にしてほしくない旨を伝えたそうな。
そして護衛を外に置き、一人で私の部屋に入ってきて放った第一声がおめでとうコールだったというわけである。
「またサプライズー? もーやめようっつったのに、懲りない奴だなー」
ソファの背もたれに両足をかけ、仰向けに転がった状態でリゲルの書いたBL小説を読んでいた私は、渋々起き上がって本を閉じた。今日だけは誕生日権限で勉強からもダンスからも解放してもらえたから、ゆっくり好きなことして過ごしたかったのに。
「お、驚いたのはこっちですぞ……テーブルに隠れていたせいで突き出してる足しか見えなかったんで、クラキヨとして闇に葬られたのかと思いましたぞ……」
張り付いていたドアからやっと身を剥がすと、イリオスは溜息と共に震え声を吐き出した。はからずも、逆ドッキリをかましてしまったらしい。
「お誕生日プレゼントを持ってきたんです。クラティラスさんから手作りの品をいただいたんで、僕も頑張ってみたんですよ」
私が起き上がると、彼はやけに大きくて薄い四角の包みを差し出してきた。
手作りと聞いて嫌な予感がしたけれど、私を見る真紅の瞳は期待と不安が明滅している。私と同じで、きっと彼なりに一生懸命奮闘してくれたんだろう。
何だよぅ、宝くじ高額当選レベルの超低確率だけど、たまには可愛いところも見せてくれるじゃないかぁ〜。
例の音楽室の一件の後からも、私とイリオスは気まずくなることもなく、特に何も変わらなかった。
翌日には私もイリオスも適当に会話して怒ったり貶し合ったりと、まあ至っていつも通り。つまり暗黙の了解で、互いに全てをなかったことにしたのである。
本当なら、縛り上げて脅し付けてでも問い質すべきなのかもしれない。
けれど私は、知りたくなかった。だから、知らなくていいというイリオスに甘えた。良くないことだとはわかっている。何の解決にもならないということも。
でも、それでも――。
「ワー、チョースゴーイ……」
包装を解いて全容を現したイリオスのプレゼントに、私は引き攣りつつも必死に褒め言葉を絞り出した。
「ほ、本当ですか? 実を言うと、全く自信がなかったんですよ……だって、絵画といえばクラティラスさんの得意分野じゃないですか。昔から絵に関しては、絶望的なほどセンスがないと自覚してるんで。油絵も初めてでしたし」
「イヤー、センスアルヨー……デザインといい色使いといい、何やら凄まじい念を感じるもん……」
長辺一メートル超、恐らく五十号サイズと思われるキャンバスには、絵……というより無駄死にした絵の具の成れの果てが無残に叩き付けられていた。
これ、何を描いたの? この世のカオスを詰め合わせて凝縮した蠱毒かな?
「あ、わかってくれます? 実は
…………私!? これ私なの!?
ちょっと待ってよ、全体が斑にドス黒くてグチャグチャしてるから、ただただ気持ち悪いだけの抽象画だと思ってたよ!? 人間どころか生物ですらないんだけど!?
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