腐令嬢、愛を感じる
去年よりやや遅めの初雪が降った十二月の初週、イリオスは十四の誕生日を迎えた。
昨年は互いにサプライズで辱め合ったが、今年は不可侵協定を結び、プレゼントだけで済ませることとなった。あのクソサプライズ、本当にキツかったもん……始めたのは私なんだけどさ。
高価な品物なんか欲しければどうせすぐに手に入れられるだろうから、他にはないものをと考え、私は手作りのクッキーを贈った。運動会後の休みの間にせっかく習ったわけだし、ここらでちょっクラ女子力を見せてやろうと思ってね。
…………なのにだよ。
「嫌がらせですか。嫌がらせですよね。嫌がらせ以外に、こんなもの食べさせようとしませんよね」
放課後に手渡したそれを一口噛むや、イリオスはクッキーを吐き出したばかりでなく、あろうことか身に覚えのない言いがかりまでつけてきた。
ひどい! 一生懸命作ったのに!
「イリオス殿下、嫌がらせではありません。クラティラス様は、とても真剣に取り組んでいらっしゃいました。確かに分量どころか投入する材料も大きく間違えておりましたが、殿下のためを思い、BLイラストを描く時間を惜しんでまで頑張っておられたのです。ところが仕上がりはこのザマ……いいえ、出来はともかく、その点だけはどうか信じてあげてください」
泣きそうになっていると、ネフェロと共に完成まで見守り続けてくれていたステファニが庇ってくれた。でも作り方が間違ってたんなら、その場で伝えてほしかったなぁ……。
「うっわー、石みたいですね。何をどうやったらこんなに固くなるんです? バターは入れました? どれだけ焼きました?」
私が自ら厳選した可愛らしいボックスから一つを取り、その硬度を確かめていたリゲルが尋ねる。
「あー、バター忘れたかも。生だとお腹壊して大変なことになるかもしれないから、数時間かけて冷めるたびに何度も焼き直したんだ。王子が口にするものだから、念を入れて朝も数回焼いたよ。おかげで昨日は、二時間しか寝てないんだよね……」
これだけ頑張ったのに嫌がらせ扱いされるのは、ちょっと悲しい。笑って誤魔化そうとしてみたものの、口角を上げることができず、私はしゅんと項垂れた。
寒々とした虚しい沈黙が落ちる。
「あの……クラティラスさん、すみませんでした。僕が悪かったです、心から反省してます。…………ああ、もう! わかりました、食べます! 食べればいいんでしょう、食べれば!」
さすがに可哀想だと感じたのか、イリオスは素直に謝り、どうやら失敗したらしいクッキーに手を伸ばした。
「でもイリオス様、このまま食べたら歯が折れますよ? 歯抜けじゃ、年末のご公務に差し支えるんじゃ?」
「ああ、そういえばネフェロ様に託された道具があるのを忘れておりました。これを使いましょう」
リゲルの不安げな声を受けて、ステファニはバッグから小型のハンマーを取り出した。
そっか、ネフェロも心配してくれてたんだ……でもこんなもん用意するくらいなら、失敗してるって教えてくれよ。私一人の力で作ったものを贈った方が喜ぶと助言してくれたけど、王子の歯が折れる可能性があるなら止めるべきだったと思うの。
私の手作りクッキーに向けて、ステファニから受け取ったハンマーをイリオスが振り下ろす。しかし、割れない。王子だから非力なのかと思い、交代して私がやってみたけれど、やはり割れない。仕方なくステファニにお願いし、机ごと叩き割る勢いで何度もハンマーを振り下ろしてもらったところ、クッキーはやっと砕けた。
その欠片を長い指で取ると、イリオスは恐る恐る口に含んだ。
「げぎゅっ…………おい、しい……です」
絶対嘘だね! 涙目になってるし!!
そこまでひどいのかと思い、私も一欠片摘んで食べてみた。ジョゴリ、というクッキーらしからぬ歯触りと共に焦臭い香りが鼻を突き抜ける。そして口腔内に広がるは、焦土の瓦礫を思わせる退廃的風味。
想像以上の不味さに、私の目にも涙がこみ上げた。
「イリオス、ごめん! 本当にごめんね!? これは嫌がらせだわ、あんまりだわ、口内地獄革命だわ! もういい、お前はよくやった! 一口食べただけでも勇者だよ!」
必死に訴えたけれど、イリオスは紅の瞳からボロボロ涙を零しつつも首を横に振った。
「いいえ、食べます! 全部食べ切ってみせます! クラティラスさんが作ってくれた、僕のための誕生日プレゼントですから!」
「いいって、無理すんな! 次はちゃんと教わるから! いやもう二度と作らない! 生涯お菓子作りは封印する! だからホントやめてマジで死ぬって!」
「だったら、これはクラティラスさん最後の手作りお菓子になるんですよね! ならば死んでも完食せねばなりませんよね! ステファニ、何をぼんやりしてるんですか! どんどん割ってください!」
二人して泣きながら言い争う傍ら、命令を受けてハンマーでクッキーを砕くマシーンと化したステファニが機械音声のように平坦な声で漏らした。
「焼く前のタネをネフェロ様が味見なさってましたが、殿下同様、涙を流しておられました。あの泣き顔はなかなかそそられましたね」
「ネフェロ様の生泣き顔! それは萌えますね! 後で詳しく聞かせてくださいっ! しかしレヴァンタ家のキッチンなら材料だって全て高級品でしょうに、ここまで食品の領域を突き抜けたものを作るなんて、ある種の才能を感じますねぇ……」
飛んできた破片を受け止め、それをジョゴリゴジョリと噛み締めつつリゲルが冷静に感想を述べる。聞こえていたけれど、私はイリオスを止めるのに必死でそこに構う余裕なんてなかった。
結局イリオスは、私が止めるのも聞かずにクッキーを全部食べた。欠片も残さず、綺麗に食べ尽くしてくれた。
大粒の涙と大量の汗を流し、苦悶の表情で美味しいと叫び続けるその姿に、私は彼の推しへの愛を確かに見た。
――――
愛に生き急ぎ、愛に死に急いだイリオスだったが、一命は取り留め――――というかお腹を壊すこともなく、翌日も元気に登校してきた。
本人曰く、食べてる間は拷問だったそうだが、食べ終えると素晴らしい達成感に満たされ、一晩寝て起きてみたら新鮮な食感と未知の不味さが恋しくなったという。
例えると激辛料理みたいなものかな?
また作ってほしいとまで言ってくれたから、次は新たなお菓子に挑戦してみよう。喜んでくれるといいな……じゃなくて!
ち、違うし? 嬉しかったわけじゃないし?
相手は一応王子なんだから、頼まれると断りにくいな〜と思っただけだし!?
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