秋冬悲喜動転

腐令嬢、浸る


 十月の球技大会を終えると、物憂げな秋の空気にゆっくりと冬の気配が混じり始めてきた。


 季節折々の花に彩られ、景観の美しさで名を馳せるアステリア王国も、この時期はどこか寂寞とした雰囲気が漂う。しかし代わりに、長くなった夜には黒い空に絢爛な星を華々しく咲かせ、見上げる我々の目を楽しませた。


 この世界に、星座の概念はない。なので思いのままに星斗の輝きを結び、浮かんだ絵に想像を馳せることができる。月や太陽があるのだから、ここはきっと地球と土台は同じ。だから今私の瞳に映る天体も、前世で見たものと同じなのだろう。



 ゲームの開発者が日本人なんだから当たり前だ、なんて野暮なことは言いなさるな。たまにはロマンチック気分に浸らせてくれ。



「綺麗ね……地上の花が、春を待つ間だけ天に移動したようだわ」



 朗読上手のミアが、うっとりとした表情で呟く。


 ああ、何という素敵フレーズなの! ますますロマンチックムードが燃え上がるわー!



「大気が冷えて乾燥しているから、肉眼で確認しやすくなっただけです。星の数が変わったわけでもなければ、花の種が宇宙にまで移動したわけでもありません。ミアさんは勉強不足ですね」



 なのにステファニのせいで、ロマンチックムードは台無しとなった。


 勉強不足はお前だ、アホ! ちったぁ星空のキャンバスに夢を描く乙女心ってやつを学んでこい!



「え、そうなの? 私の肌のアラが目に留まりやすくなったのも冷えと乾燥のせいだったのね……嫌だわ、常に松明を持って熱と湿度を補給しておくべきかしら?」



 アンドリアが保湿しても保湿しても乾いて割れると嘆いていた頬を押さえ、訳のわからないアイディアを口にする。


 燃え盛る松明を携帯するって、どこの部族だよ。肌の調子は上がるかもしれないけど、二爵令嬢としての評判はダダ下がりだよ。



「あ、流れ星です……。どうか逃げ切れますように逃げ切れますように逃げ切れますように」



 私の真下にいたイェラノが両手を祈りの形に組み、願いを訴える。流れ星が消える前に願い事を三度唱えられたら叶うというおまじないは、私が知っているのと同じだ。


 というかイェラノ、話そうと思えば早口もいけるんだね……まあ、緊急事態だからというのもあるんだろうけど。



「イェラノさん、流れ星には願いを叶えるなどという大それた力はありません。現実的に考えてみてください。まず流れ星というのは……」



 そこへ、またもやロマンチッククラッシャー、ステファニが水を差してきやがった。もう我慢できん!



「ちょっと黙っててくれる!? 今は現実逃避だろうと都市伝説だろうと、一縷の望みに賭けたいんだよ! 助かるかもしれないっていう可能性に縋りたいの! わかる!?」



 思わず背後にいたステファニに掴みかかり、喚いたその時だった。



「あっ、いたぞ!」

「今の声は、主犯クラティラス・レヴァンタだ!」

「全員回り込め! 退路を塞げ! 一人も逃がすなー!」



 複数人の男子の声が辺りに轟く。


 あああ……ヤバい! ついに見付かってしまった!



「クラティラス様のせいです」

「クラティラスさん、ひどいです!」

「クラティラスさん……恨みますからね……」

「ごめええええーーん! とにかく早く逃げよう! まだ隠れ場所はあるから!」



 ステファニにぼやかれ、ミアに責められ、イェラノに恨み節を垂れられながらも、私は身を潜めていた体育倉庫脇の一角から飛び出し、皆と一緒に走った。何人かの男子が取り押さえようとしてきたけれど、私は元ハンドボール部エースのパワーと技巧でうまく回避、ステファニは力技で突破した。


 しかしミアとイェラノは…………すまない、本当にすまない。でも君達にはまだ救いはある。だって主犯格の私達とは違って、恩赦の余地が残されているはずだから。



「何とか撒けましたが、想像以上にしつこいですね。これでは夜が明けてしまうかもしれません」


「弱気になっちゃダメだよ。捕まった皆の思いを後世に伝えるためにも、私達は生き延びなきゃ」



 そんな会話をしながら、私とステファニは旧校舎に向かった。


 普段なら、この時間になると校舎への立ち入りは禁じられる。けれど今夜は、多少の無礼講が許されているのだ。グラウンドには多くの生徒が集まって盛り上がっているし、旧校舎の内部でも打ち上げを行っている者がいるらしく、楽しげな歓声が聞こえてきた。


 私も叶うなら、こんなふうに和気藹々とお疲れ様パーティーをしたかった。しかし、我々は茨の道を選んだのだ。やりたいことをやる、その信念を貫くために。



 予め目を付けていた部屋に侵入し、ほっと一息――――つく間もなく、上から降ってきた何かに身を絡め取られ、私は叫んだ。



「うわああっ! 何、何なにナニ何!?」

「クラティラス様、罠です! 奴ら、我々の行動を読んで、こんなものまで用意して……!」



 ステファニがみなまで言い終える前に、室内の灯りが灯った。


 灯台下暗しの諺に倣い、敵の本陣に身を隠すことを思い付いたのだが、この作戦まで読まれていたらしい。




「クラティラスさぁぁぁん……こんばんはぁぁぁ」




 暗闇に慣れた目には眩しすぎる光に瞼を歪めつつ見上げれば、罠として仕掛けられた網越しに第三王子殿下の麗しい御姿が映る。

 しかし口元に笑みは浮かべているものの、紅の瞳には凄絶な怒りの色が見て取れた。というか、オーラがとてつもなくデンジャラス。殺意の波動に支配されておる……!


 ひいいいいいい! これはまずい! 今度こそ死ぬかも!!

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