腐令嬢、変化す
リゲルは、すぐに笑顔になり――というより、悪戯を企むあくどい笑みを浮かべ、私の耳元に囁いた。
「本当に悪いと思ってるなら、ゴチャゴチャ言わずにエミヤ様にちゃんと本音を打ち明けてください。それで帳消しにします。オーカミさん、本当はずっとエミヤ様とお友達になりたかったんでしょう?」
「いやでも、あの、私……」
「友達が一人増えるのと一人減るの、どっちがいいんですかぁ?」
最強の脅し文句に、私は屈する他なかった。
リゲルがまさかこんなことを企むなんて、思いもしなかったよ……ああもうっ、言えばいいんでしょ、言えば!
「あ、あの……
「は、はい……?」
向き直ってみると、イリオス江宮は何故か正座で待機していた。
ちょっとちょっと、何でそんな畏まってんの!? 余計言いにくいじゃん!
「え、えっと……と、友達に、なって……やってもいいよ?」
と、何とか必死に絞り出すも、即座にリゲルの肘が脇腹に入る。
床に崩れ落ち声もなく蹲りながら、私は心の中で叫んだ。いってぇぇぇ! 何すんだ、凶悪ヒドインめ!!
「へー、オーカミさんってそんなウエメセな人なんですか〜。あーあ、あたし、友やめしたくなってきたな〜」
さらにリゲルは、言葉でも私をぶん殴ってきた。
た、確かに今のは私が悪かった。でも冗談ぽく濁さなきゃ、とてもじゃないけど口にできないんだよう!
「あの……
ここで江宮が助け舟を出そうとしてくれた――のだが。
「エミヤは黙ってろ! てめーがそうやって甘やかすから、オーカミはいつまで経っても前に進めねえんだよ! てめーだって、オーカミとダチになりてえんだろ、ああん!?」
リゲルが凄まじい形相で怒鳴り付け、それを遮断する。
す、すごい……江宮が天使に思えるなんて、初めて話しかけてゲームの攻略を手伝ってもらった時以来だ! 天使の皮を破り捨てて悪魔と化した親友のせいで、あのキモヲタが慈愛に満ちた神にすら見える!
いける…………今のテンションならいけるぞ!!
「とっ、ととと友達にっ! なってください!」
勢いに任せ、私は四つん這いの情けない格好で江宮に向けて叫んだ。
「は、はあ……まあ? べ、別に……断る理由もないので」
「あぁぁぁん? ほーほー、エミヤよ。貴様もウエメセなのか〜い? あー、あたし何だか魔法ぶっ放したくなってきたなー? 派手なの一発、かましちゃおうかなー?」
適当に返事をして終わりにしようとした江宮にリゲルが歩み寄り、掌を翳す。みるみる内にその手が光り始めたのを認めると、江宮は正座の姿勢から慌てて立ち上がり、私の元に駆け寄ってきた。
「こここ、こちらこそ友達になってください! どうぞよろしくお願いします!」
「は、はい……!」
蒼白した顔で訴える江宮――現イリオスに、私、大神――現クラティラスは呆然としたまま頷いてみせた。
「…………やったあ!」
それを確認するや、リゲルは歓声を上げて飛び跳ねた。
「これでお二人は、念願叶ってお友達になれましたね。これからも仲良くしてくださいっ!」
床をトランポリンと勘違いしてるんじゃないかと思うほど跳ね続けるリゲルを眺めながら、私はイリオスと溜息をつき合った。
「仲良くはちょっと……ねぇ?」
「うん、無理あるよ……なぁ?」
兎にも角にもリゲルの計らいで、私は前世を越え、趣味と性癖の垣根を越え、
前世の江宮のみならず、現世でも友達と呼べる者が一人もいなかったイリオスにとって、私は第一号の友人。
だけど――――せっかくなら、友達は多い方がいいよね?
ということで私は、リゲルにもイリオスの友達になってくれるようお願いした。
「ええっ!? あたあたあたしなんて、平民の庶民の愚民ですよ!? とてもイリオス様と友になどなれるレベルじゃ……」
私の要求を聞くと、リゲルは大層慌てふためいた。だが、そんな言い分は通用しない。
「へー、リゲルって家柄で友達になれるか判断するんだ〜。おかしいな〜、一爵令嬢は親友じゃないのかな〜? それともイリオスは人柄がクソすぎて無理ってことなのかな〜?」
仕返しとばかりに、今度は私が彼女の背を押した。
リゲルは躊躇いつつもイリオスの正面に立つと、一生懸命を絵に描いたような表情で言葉を発した。
「イリオス様……あの、あう、あ、あたしとも、友達になって、くださいませんかっ!?」
「は、はい……ありがとうございます。僕なんかで良ければ、喜んで」
真剣な目で訴えるリゲルに対し、イリオスもまた真剣な表情で頷き、すんなりと了承した。
私とは随分と対応が異なる気がしたけれど、まあいい。これにて、万事解決だ!
私はリゲルと改めて友情を誓い、イリオスは前世由来の接触嫌悪症を患っているという秘密を打ち明け、リゲルは
でもやっぱり、ここが『アステリア学園物語〜
たとえ親友であろうとも、これだけは教えるわけにはいかない。いいや、親友だからこそ、だ。
けれどいつか、もし私が死亡予定である十八歳の四月末日を生きて乗り越えられたなら――万が一にもそんな未来を拓けたならば、全てを明かそう。
あなたを思うからこそ言えなかったんだとシリアスに告げるか、実は前世からこの世界のことを知っててさ……と喉元過ぎれば熱さを忘れる的な笑い話にするか、それは最大の山場を抜けた後で考えればいい。
ゲーム本編開始まで、一年半。私が死ぬ日まで、残りおよそ四年半。
そして、記憶が覚醒して三年半――――仕方ないと運命を受け入れていたはずの私の心は、少しずつ変わり始めていた。
死にたくない、生きて皆と一緒に未来を過ごしたい、という方向に。
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