親友怒髪天
腐令嬢、投擲す
「おはようございます、クラティラスさん。体の方は大丈夫ですか? ステファニから様子は聞いてましたが、本当に無事で良かったです」
月曜日、無駄に心配症なステファニに手を取られながら教室に入ると、イリオスは例の王子様スマイルで私に話しかけてきた。
結局丸々一週間、一度たりとも見舞いに来なかった奴がいけしゃあしゃあと抜かしよる。
「おはよう、イリオス。心配かけてごめんなさいね。私はこの通り、怪我も後遺症もないわ。遅くなったけれど、あの時は本当にありがとう。あなたのおかげで、お兄様も大事には至らなかったのだもの。感謝してもしきれないわ」
が、苛立ちを押さえつつ、私も令嬢らしい優雅な微笑みで応じた。
王子という立場上、イリオスが気安く我が家に来訪できないことはよく存じている。
それに一応は婚約者だけど、中身は私だし? 前世でも学校休んだからって、見舞いに行くような仲じゃなかったし? 友達でも何でもないし? むしろ天敵だし? 来ないのが当たり前なんだから、苛ついても仕方ないし? ここでイラッとした顔見せたら『おやおや〜? もしや僕がお見舞いに来なかったから拗ねてるんですかぁ〜?』なんて変な風にからかわれそうだし?
「ええと、クラティラスさん? 何か怒ってます?」
しかし私がせっかく大人の対応をしたというのに、イリオスはそれを台無しにしてわざわざ突っかかってくるような発言をかましてくださった。
「はあ? 少しもちっとも微塵たりとも怒ってねーよ! 見ての通り心安らかだよ! いちいちウザ絡みしてくんな、クソが!!」
「見ての通り、少しもちっとも微塵たりとも心安らかじゃないんですけど。僕、何かしましたっけ?」
懲りずに追撃してきたイリオスに、私はおやつにするために制服のポケットの中に入れていた個包装のキャンディを投げ付けた。
「イリオスはー外! 私はー内! 百合者はー外! BL者はー内!」
「ちょ……怒ってないなら、何でこんなことするんですか!? 理不尽ですぞー!」
節分の鬼に豆をぶつける調子でキャンディアタックを見舞うと、イリオスは戸惑いに満ちた声を上げた。窓際の席にいるせいで逃げられないから、良いように的にできる。
イリオスに当たって弾かれたキャンディは、床に落ちる前にステファニが全てささっと受け止めて自分のポケットにしまっていた。堂々と横取りしていくスタイルが、実にステファニらしい。
しかしキャンディを全て投げ尽くす前に、季節外れ且つ世界外れの節分大会は中止となった。
「おはようございます!」
我々にかけられた、軽やかな明るい声によって。
「リゲル……お、おはよう」
恐る恐る振り向いた私は、その声の主――――会うのは一週間ぶりとなる親友に挨拶をした。
「クラティラスさん、お久しぶりですっ! お元気そうで良かった、すごく心配してたんですよ〜」
マシュマロみたいに柔らかそうな頬を綻ばせて、リゲルが屈託なく笑う。私の悪い想像を裏切り、彼女の様子は全く変わっていなかった。
――――ように見えたのだけれども。
「それじゃあ今日はぁ? ゆ〜っくりと? た〜くさん? お話、しましょうねえええええ?」
そう言ってこちらを見た黄金の目は、全く笑ってなかった。初めて見る、親友の鋭く突き刺すような目付きに、私は瞬時にして凍りついた。
ああ…………やっぱり怒ってるーー!!
それからリゲルは一日、いつも通りに接してくれた。
しかし可愛らしい天使は、予想していた通り恐ろしい悪魔に豹変した――彼女に懇願されてステファニに部活を任せた直後、放課後二人きりになった時に。
「いいですか? あたしの言うことを聞かなかったら、クラティラスさんにとってド地雷のクラティオス✕エミヤ✕クラティオスのリバ妄想をドラスさんにしてもらって、それを元にあたしが仕上げた長編小説のイラストをイェラノさんに描いてもらって、アンドリアさんにマスコットキャラぐるみを作ってもらって、ミアさんに朗読してもらって、顔の広いデルフィンさんに拡散してもらった上で部の公式カプにしますからね? ステファニさんとリコさんとトカナさんは暴れるでしょうが、部長のクラティラスさんの決定だと言って押し通しますからね? それが嫌なら、あたしが良いと言うまで黙ってここにいてください」
悍ましきことこの上ない脅し文句に、私は震えながらガクガクと頭を振って頷いた。
リゲルはニタリと恐ろしい笑顔を見せると、さっと布を下ろし、部屋から出て行ってしまった。
私が押し込められているのは、グランドピアノの真下。
そう、ここはイリオスと作戦会議をよく開いている旧音楽室だ。
ディアス様から託された大切な部屋の鍵を何故リゲルが持っていたのかというと、今日だけ特別に借りたのだそうな。
曰く、イリオスに『クラティラスさんと誰にも聞かれてはならない話をしたいから部屋を貸してほしい』とお願いして。
なのにリゲルは私と話すことなどせず、一人置き去りにした。
もしかして、朝までここで反省してろってこと? やだやだ、旧音楽室とかOBKの宝庫じゃん! 無理無理、いくら何でもそれはあんまりだーー!!
深夜のOBK超絶怒涛乱舞パーティーを想像し、恐怖で涙目になっていたのだけれども――――それから十分も経たない内に、再び部屋のドアが開く音がした。
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