腐令嬢、抱き起こす
体育祭午後の部も中盤に差し掛かると、元気いっぱいだった生徒達の中にも疲労の色が見えてくる者が現れ始めた。
全競技に出ているわけではないけれど、赤組と白組は接戦が続いているため、応援にも力が入る。おまけに今日は、真夏かと思うほどのカンカン照りだ。暑気に滅法弱いイェラノは、既にリタイアして帰宅したらしい。
待機している間は、生徒達もテントの中で四方に設置された扇風機で涼むことができる。しかし競技は当然、日除けも何もないグラウンドで行われるのだ。
すると肉体に負担がかかったり長時間に及んだりする種目は、体が弱い子、それも我慢するタイプの奴にはちょっと酷なわけで――。
赤白両チームが善戦し、いつまでも終わらない大縄跳び対決を見守っていた私の目が、ふらり、と揺れる女子生徒の姿を捉えた。
「……っ、サヴラ!」
思わず名を呼び、私はテントを飛び出して走り寄った。
回し手がすぐに気付いて手を止めてくれたおかげで、縄は倒れたサヴラに当たらずに済んだ。
慌てて抱き起こして触れてみると、彼女の体は驚くほど熱かった。
「サヴラさん! 大丈夫でやんすか!? どうしやがりましたですか!?」
赤組チームから、デスリベが慌ててやって来る。
変な言葉遣いに磨きがかかってヤベーことになってるが、今はそこに突っ込んでいる場合じゃない。
「サヴラ様! だからあれほど休んだ方が良いと申しましたのに!」
「サヴラ様は朝からずっと具合が悪そうでしたの……なのに、休むわけにはいかないと無理なさって!」
白組チームに参加していたエイダとビーデスも駆け寄り、涙目で訴える。熱中症でやられただけでなく、元々熱があったのだろう。
そんな思いまでして、どうして……。
「ん……あ、あたくし……何が……」
私の腕の中で、サヴラが翡翠色の目を開く。
「サヴラ、大丈夫? 立てる?」
「クラティラス……何故、あなたが? そうだわ、大縄跳びの最中だったわね……」
大嫌いな相手に毒づく気力もないようで、彼女はぼんやりとしたまま立ち上がろうとした。が、すぐにまた私の胸に崩れ落ちる。
「サヴラは私が医療テントに連れて行きます。彼女のためにも、どうかこのまま競技を続けてください」
「私もお手伝いいたします」
いつのまにか側にいたステファニが、サヴラの肩に手を回して抱き起こしてくれた。ステファニがいるなら、サヴラが一トンあっても大丈夫だろう。
お兄様はどうしているのかと首を巡らせてみたけれど、ちょうど席を外していたようで姿が見えなかった。けれど目が合ったネフェロが頷いてくれたので、戻ってきたら伝えてくれるはずだ。
医療用のテントにサヴラを運び込むと、私は次に出る予定だった競技をステファニに任せて、彼女の側についていることにした。
やはり朝から熱っぽかったそうで、恐らく風邪に熱中症が重なってしまったのだろうと保険医は告げた。
体を冷やすと意識もしっかりしてきたので、暫く休ませてから帰宅させようという話になったのだが。
「お家の方は、ここにいらっしゃる? 校内放送で呼びかけましょうか?」
三十路を超えたくらいの女性の保険医に優しく問われるも、サヴラは目を背けて答えた。
「いいえ、誰も。連絡もしなくて結構、時間になれば迎えが来ますから」
この世界にも、一応は電話というものがある。といっても、一般には普及していない。学校のような公共施設や国の重要な役職に就く者の家などに緊急時の連絡用として設置される、レアアイテム的存在だ。
滅多に鳴らないけれども、私の家にも電話はある。なので、パスハリア家なら当然置かれているはずだ。
しかし、迎えに来てもらって医師の診察を受けるべきだと再三説得する保険医に、サヴラは少し休めば大丈夫だと繰り返し、家への連絡を断固拒否した。
彼女のパスハリア家での扱いは、私が思う以上に厳しいものらしい。運動会に家人は一人として来ず、体調不良を訴えることすら憚られるくらいなのだから。
「だったら、私の家の車で送るわ。すぐに連絡を」
「余計なお世話よ! 放っておいて!」
鋭く叫ぶと、サヴラは簡易ベッドに潜り込んでしまった。
自分が説得するからと告げて、私は保険医に懇願して少しの間だけこの場から離れてもらった。幸いにもテントの中には他の者はいなかったので、二人きりになれば少しはサヴラも素直に話を聞いてくれるのではないかと思ったのだ。
「ねえ、サヴラ。私が嫌いなのはわかるけど、こんな時くらい頼ってもいいじゃない。前にも言ったけど、プライドに拘らずに自分のために利用できるものは何でも利用したら? 私だって、別に恩に着せるつもりなんかないわよ?」
シーツを被ったまま、サヴラは何も言わない。本当に強情なんだから!
「じゃあ私のお節介じゃなくて、お兄様の好意として受け取ればどう? 多分もうすぐ心配して様子を見に来るわ。私の方からお兄様に伝えて……」
「だから、それが余計なお世話だと言っているのよっ!」
シーツを弾き飛ばす勢いで起き上がると、サヴラはベッドの傍らにいた私の体操着の襟首を掴んだ。
「あなたに何がわかって? 第三王子殿下の婚約者に抜擢されて、蝶よ花よと可愛がられているあなたと違って、あたくしが早々と帰宅したところで迷惑がられるだけよ。おまけに具合が悪いと知れたら、役立たずの上に健康管理もできないのかと侍女にまでうんざりされるのが目に浮かぶわ。あいつらの嘲り混じりの哀れみ顔を見るくらいなら、ここで死んだ方がマシよ!」
泣いてはいなかったけれども、彼女の表情は合宿の時に見た時と同じ、いや、それ以上の憎悪と――深い悲しみに満ち満ちていた。
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