腐令嬢、拳に沈む


「わあ、美味しそう! すごーい、ネフェロのお弁当は世界一だよ!」



 私が歓声を上げたのも無理はない。折り畳みテーブルには、彩り豊かなお弁当が所狭しと広げられていたのだから。



「そんなに喜んでいただけると、作った甲斐があります。お口に合えば、尚嬉しいのですが」


「大丈夫、ネフェロの作ったものは何でも美味しいもん。うん、この唐揚げ絶品!」


「コラッ! 手も拭かずにつまみ食いなんて、はしたない! 少しは礼儀正しくなさい! イリオス殿下も呆れてらっしゃいますよ!?」


「大丈夫です……ネフェロさん。クラティラスさんのお行儀の悪いところなど、もう見慣れてますから」



 ネフェロに振られたイリオスが、虚ろな目で答える。



「殿下の仰る通り、この程度なら可愛い方です。たまにイリオス殿下が食堂にご一緒されると、必ずと言って良いほどメインのおかずを横取りしますから」



 そこへステファニが、余計な情報を与える。


 ちょっとー、変なこと言うのはやめてほしいわ。必ずじゃないし? 五回に四回くらいだし?



「横取りするだけならまだしも、振りすぎて蓋が外れて胡椒一瓶丸ごと入っちゃったスープをこっそり取り替えたのは、鬼畜だと思いましたねぇ。イリオス様、知らずに飲んじゃって死にかけてましたもん」



 おまけにリゲルまで、トドメとばかりに我が悪事をバラしてくれたからさあ大変。



「ク〜ラ〜ティ〜ラ〜ス〜様ぁぁぁ……? あなたぁぁぁ、一体学校で何をなさっているのですかぁぁぁ……?」



 ネフェロが怒りに燃える翠の瞳を、私に向ける。ひいい、これは間違いなくお説教三時間コースだ!



「まあまあ、いーじゃんいーじゃん。それよりご飯食べよ! 午後の部のためにも、皆力つけなくちゃ。ネフェロンのお弁当、美味しそー! ねねね、俺ももらっていい!?」



「ははははい、第二王子殿下! わわわ私の拙い手製の料理でよよよよろしければ、どどどどうぞお好きにお召し上がりください! ど、毒見係は僭越ながらこの私が、責任持って務めさせていただきます!」



 しかし、クロノが鼻息荒くネフェロに迫ってくれたおかげで、何とか昼飯そっちのけで叱られ倒して晒し者にされる事態は避けられた。どうせ帰ったら、オカンネフェロ・プレゼンツのガミガミパーティーが開催されるんだろうけど。



 クロノは本日、弟の活躍を見に、という名目で中等部体育祭にいらっしゃった。


 まー本当は、汗を輝かせて躍動するフレッシュリゲルの姿を愛でに来たに違いないよね。今だってチラチラ横目に、笑顔でご飯を食べるプリティーリゲルをネフェロのお弁当以上に美味しそうに味わってるし。


 リゲルのお母さんは、仕事があるため今日は来られないらしい。また、誰より可愛い弟の艶姿を見て萌えて悶えたかったであろう第一王子のディアス様もお忙しいそうで同じく。そこで、こんな何だかよくわからない面子で食事をすることになったのだ。



 だが本来ならばもう一人、いや二人、この場に加わる予定だった。ネフェロの来訪を楽しみにしていた、アンドリアとイスティアさんである。


 アンドリアは嬉々として私と合流したのも束の間、サッカーで鍛えた自慢の足ですっ飛んできたファルセにとっ捕まり『我が家の者にも是非会っていただきたい!』と強引に連れ去られてしまった。


 昨日はアンドリアのお家で殺戮テニス会が開催されたというが、懲りるどころか、ますます彼女に興味を抱いたみたい。アンドリアの暴虐無道なショットを打ち返す……んじゃなくて、蹴り返すゲームがこの上なく楽しかったってのもあるんだろう。確かにそんなアグレッシブな遊び方をしてくれる女子なんて、アンドリア以外にはいないでしょうからね。


 そして残る一人、イスティアさんは案の定、午前の部の半ばで倒れて帰還なされました……。



 お兄様はもちろん、サヴラとご一緒にランチだ。


 問題の徒競走については、結局二人揃って、残念ながら失格になったんだよね。一生懸命になるあまり、周りが見えてなかったせいで、コース外れて見学者席に突っ込んじゃったもんで。


 サヴラと一対一で戦える競技は他になかったし、勝負はお預けってことになった。この微妙な結末にも、サヴラは安心したような不満げなような、何とも言えない表情をしていた。



 それにしても、サヴラは何でヴァリティタお兄様の名前を出したんだろう?


 あいつが狙ってんのは、イリオスじゃないの? キモヲタなのはとっくに知ってるわけだし、今更キモすぎて引きましたなんてことないだろうしなぁ。



「…………何か、僕の顔に付いてます?」



 ネフェロのお弁当のみならず、イリオス用の王宮特製ゴージャス料理の数々をモリモリと食べていると、そのキモヲタが隣から話しかけてきた。


 毛先が軽く躍る銀髪は陽に透けて淡く発光するような煌めきを放ち、前髪の間に間に覗く紅の瞳は強く鋭く、刃物めいた妖しい存在感を主張する。まだ輪郭には幼さが残るものの、通った鼻梁に形良いくちびるはほぼゲームのイリオス様のそれだ。


 なー、見栄えは良いんだよ、見栄えは。



「目と鼻と口と耳のバランスは良い。しかし全身に漂うキモさがそれを打ち消しているな、と。ただのプラチナ色のウン○コだよね。くっさーい」



 適当に答えて、どうやらイリオスの好物らしい包み焼きミートパイを食い尽くしてやろうとフォークを伸ばしかけたら、頭蓋に衝撃が落ちた。



「いい加減にしなさいっ! イリオス殿下を下品に貶すばかりでなく、食事まで横取りして……もう限界ですっ! さあ、そこに座りなさい!!」



 ネフェロが美しい弧を描く翠の目を釣り上げて、私からフォークを取り上げる。女性のように嫋やかな手が繰り出したとは思えぬほど重い拳骨を食らい、クラクラ揺れる頭を押さえつつ、私は涙目で訴えた。



「待って、ネフェロ! デザートがまだ……」


「お黙りなさい! あなたのような礼儀知らずには口答えもデザートを口にすることも許しませんっ!」



 問答無用で私を正座させると、ネフェロは一爵家の令嬢としての嗜みが、王子の婚約者としての自覚が、レディとして、いや人としても幼稚だ外道だ自己中だアホだバカだ、と説教から溜まりに溜まった不満をぶち撒け始めた。こうなればもう止まらない。


 当然のようにイリオスは助けてなどくれず、リゲルとステファニは萌え話に夢中で救いを求める友人など既に眼中になく、クロノはゲラゲラ笑いながら叱られる私をネフェロのカメラで撮影しまくっていた。

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