腐令嬢、コードネームを賜る


 ロイオンの言葉を受け、私は今頃になってサヴラの置かれている立場を思い出した。


 パスハリア一爵家は王家の祭典等を執り行う儀典庁のトップ、儀典卿を代々引き継いできた名家だ。それゆえ王族との婚姻が多く、現王妃陛下のご実家・ドリフォロ一爵家と双璧を成す『王族に親しい一族』である。


 サヴラは遅くに生まれた子で、兄と姉とは十以上も年が離れているらしい。彼女の兄は次期儀典卿になるべく、父親の直属に付いて儀典庁で働いている。また姉はサヴラが生まれて間もない頃、アルクトゥロ国王陛下の弟君にして現在は王室を抜けて隣国のプラニティ公国で優雅に暮らすフォマロ様の第五夫人に収まったんだそうな。


 パスハリア一爵家としては、サヴラの姉を現国王陛下の元に嫁がせたかったようだが、既に第一夫人の座についていたスタフィス王妃陛下がそれを良しとしなかったという。パスハリア家もドリフォロ家も超名門だし、お互いにライバル視していたってのもあったんじゃないかな。


 なのでパスハリア家は、サヴラに大きな期待を寄せていたに違いない。遅くに生まれた娘は、奇しくも第三王子と同じ年齢。今度こそは第一夫人の座を、と並々ならぬ希望を賭けていただろうに、結果はこのザマだ。


 何の間違いか、第三王子は同じ一爵家とはいえパスハリアなどには及ばない格下の令嬢を選び、皺寄せを受けたサヴラはその格下一爵家との繋がりを得るための道具にされた。プライドの高い彼女にとっては屈辱だったはずだ。現に、初対面の私に難癖つけて突っかかってきたくらいだもん。



 サヴラはどんな思いで、勝手に期待して勝手に自分を切り捨てたパスハリアの家にいるのか。どんな思いで、無理矢理婚約させられたお兄様に笑顔を向けていたのか。それを想像すると、いたたまれない気持ちになる。



 自分からキスしたくらいだから、お兄様にはそれなりに好意を抱いているのだとは思うけれど……かといって新しい恋に目覚めたおかげで、イリオスのこともお家のことも吹っ切れました! なーんて単純に清算できるもんじゃないよね。恋愛脳のスイーツヒロインみたいにそれができたなら、今頃はお兄様の妹の私とも仲良くしてるだろうし。



 もしかしたら、ロイオンが見たという寂しげな姿こそが、サヴラの本当の素顔なのかもしれない。



「……実はボクも、家では居場所がないんです。姉が三人いるんですが、小さい頃から『男だからって贔屓されてる』って嫌われて、ずっと仲間外れにされ続けてきました。今では文句を言われるどころか、口も聞いてくれません。両親や使用人達は優しくしてくれるけれど、それがますます姉達の反感を煽るみたいで……皆と仲良くしたいだけなのに、難しいんです」



 恥ずかしそうに、ロイオンが笑う。


 うう……わかる、わかるぞ。そこまでひどくはないけど、私もお兄様とはうまくいってないもん。



「それで、何故そのようなお話をクラティラス様に? Gを我が物にするため、アニーを排除する手助けをお求めなのですか?」



 共感するあまり軽く涙ぐみかけた私の隣から、ステファニが淡々と問い質す。お兄様のコードネームは、勝手にアニーとされたらしい。



「いえ、そうではないんです。Gが幸せになるためには、ボクなんかよりアニーにお任せした方が良いと思いますから」



 慌ててロイオンが否定する。もう二人をコードネームで呼ぶことには、抵抗がなくなったようだ。



「ボクでは、Gに不釣り合いなのはよくわかってます。でも、気持ちだけでも伝えたいと思って……」


「そのために、クラティラスさんにも協力をお願いしたい、というわけなんです」



 ここでようやくと出番が来たばかりに、リゲルがテーブルに身を乗り出して私に顔を寄せてきた。



「私に協力? でも私だってGとはそんなに仲良く……あっ!」


「なるほど、合宿で……」



 私が閃くと同時に、ステファニもぽんと手を打った。



「Gは恐らく、百合豚族長との接近を狙ってあの合宿に参戦するのだと思われます。なのでクラティラスさんには百合豚族長を引き付ける役目を、ステファニさんには百合豚族長にGが近付けないようディフェンスをお願いしたいんです」



 リゲルが真顔で作戦を語る。


 イリオスのコードネームは百合豚族長かよ……可愛い顔して、ひでー名前付けるなぁ。ていうかコードネームにすらなってないし、悪意満載で性癖ディスっただけじゃねーか。



「わかったわ。できるだけイリ……じゃなくて百合豚族長の注意をこちらに寄せて、ロイオンがGと二人きりになれるようにするわね。もちろんお兄……いえ、アニーにも秘密にしておくわ」


「ええ、お任せください。たとえこの計画を知ったアニーが妨害しようとしても、私が防ぎます。百合豚族長と変態妄想クレイジージャーニーとの間には、何人たりとも侵入させません」



 私に続いてステファニも頷き、リゲルの依頼をしかと受けた。


 おい、もしかしなくても変態妄想クレイジージャーニーって私のことか? 失礼にも程があるだろ。


 ていうか、私にコードネーム付ける必要ある? ないよね!?



「ありがとうございます! ではリゲルさん、ステファニさん、変態妄想クレイジージャーニーさん、百合豚族長様のことをどうかよろしくお願いします!」



 席を立つと、ロイオンは我々に向けて深々と頭を下げた。


 お前まで、変態妄想クレイジージャーニー呼ばわりか。何というのか……意外と順応力高いんですね、ええ。

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