腐令嬢、抱き着く


 さて、ロイオンからのお願いを請け負ったは良いものの、変態妄想クレイジージャーニーは変態なBL妄想するどころではなく、部屋で一人、頭を悩ませていた。


 何故なら、ロイオンが手痛い失恋をする未来が私にはわかっているから。


 純粋な少年、ロイオン・ルタンシアは、好きな人にこっぴどく振られて心に深い傷を負う。

 そしてそれをきっかけに、彼は大きく変わるのだ――――ヒロインのことを『ボクの天使ちゃん』と呼び、自分のことは『ハニージュエル』と呼ばせる、超絶ナルシストの変人に。


 まさか、そのお相手がサヴラだとは。


 あいつ、本編には名前すら出てきてないくせに何気にこのゲームのあちこちに関わってるな? もしかして裏ボスなんじゃないの?



 寝支度を整えてネフェロが出て行った後も眠れず、私はベッドの中で思案に暮れた。


 ロイオンに告白されたら、サヴラはどんなふうに対応するか……お断りすることはほぼ間違いないだろう。明日いきなり私がイリオスに婚約破棄されるとか、明日いきなり第二王子のクロノがロイオンの姉と婚約するとか、そのくらいの一大事が起きなくては勝機はない。


 ふと、お兄様が彼女に注いでいた優しい眼差しが脳裏に蘇った。


 お兄様はサヴラのことが好きなのかな? だとしたら、サヴラは? 家に振り回されているけれど、彼女自身はどう考えているんだろう?


 イリオスに執心しているのは理解している。けれど、それは彼が王子だからか、それとも私への当てつけか、その辺も判別できない。


 お兄様への思いも然り。文化祭の日に自分からキスしたけれど、あれもまた私に見せつけるためだったように思える。しかし一爵令嬢ともあろう者が、嫌がらせのためだけにあそこまで体を張るか? 改めて考えてみても、彼女の気持ちがどこにあるのか、さっぱりわからない。



 ここにきて私はやっと、サヴラがずっと『誰にも本心を見せないようにしていた』のだと気が付いた。



 振るにしても、せめて優しくしてほしい。けれど彼女がどんな言葉をロイオンに投げるか、それすら想像もつかない。


 できるなら、ゲームの行末を知る江宮えみやに相談したかった。しかし奴は第三王子として王宮にいるし、今から手紙を出したところで間に合わない。


 合宿はもう、明後日に迫っているのだから。


 イリオスを引き付け、なるべくロイオンがサヴラと過ごせるように仕組み、少しでも彼の好感度を上げる――懸命に考えたものの、足りない頭ではそのくらいしか思い付かなかった。




「クラティラスさん、えらく眠そうですね。また夜更ししたんでしょー?」


「うん、そうなんだー。昨日っていうか今日も遅くまで絵を描いててさー。早めに切り上げようとしたんだけど、ノリに乗っちゃって」


「リゲルさんがアズィム様にプレゼントなさった短編集の絵ですよね。私も楽しみにしているのです。急かしたいのを堪え、拳を握り締め続けていたら、血豆ができてしまいました」



 第二居住区の最東部にある大きな公園で集合した我々は、待ち構えていた付添人達――王子の護衛から適当に選抜されたそうな――の先導で目的地に向かって歩いた。



「はぁ……こんなに歩くなんて聞いてませんでしたわ。荷物が重くて、倒れそうなんですけれど」



 私の後ろから付いてきていたサヴラが、聞こえよがしにぼやく。



「だったら帰ればぁ? 戻るにしても距離があるし、お迎えも明日にならないと来ないから、徒歩で帰宅することになりますけどぉ?」



 首だけで振り向き、私は意地悪く笑ってみせた。つばの広い真白のキャペリンの下で、サヴラがふっくらとしたくちびるを不満げに尖らせる。



「もー、仕方ないなー。ねえロイオン、サヴラの荷物を持ってあげてくれる?」


「は、はいっ!」



 私が声をかけると、サヴラの背後にいたロイオンがぱぁっと顔を輝かせて返事した。



「丁重に扱ってちょうだいよ。化粧品なんかの割れ物も入っているんですからね?」


「だ、大丈夫です。その、化粧品の扱いには慣れてますから……」



 そこから『あら、どうして化粧品を?』『実は家が』『まあ、あのコスメを手掛けている?』『今度試供品をお分けしますよ』的な感じで話が膨らむのかと思いきや、全くそんなことはなく、サヴラはフンと鼻を鳴らして荷物を押し付けるとロイオンにはもう見向きもしなくなった。


 はあ、先が思いやられるぜ……。


 公園を出て、およそ三十分。木々に囲まれた日陰の小道を歩いてきたとはいえ、真夏の熱気が全身を蝕み、流れる汗でカンカン帽の中の頭が蒸され、紫外線対策だとお母様に無理矢理着せられた薄手のカーディガンを引き千切って脱ぎ捨てたくなった頃、やっと目的地と思われる建物が見えてきた。


 王室管理だというから、別荘地の邸宅みたいなものを想像していたけれど、えらく殺風景だな、というのが私の第一印象。例えるなら、事務所施設みたいな感じ。


 それもそのはずで、王室管理の扱いになっているといっても王族が宿泊するのではなく、元は東部国境警備隊が訓練所として使っていた建物で不要になったから引き継いだだけなんだって。


 でもこれはこれで、懐かしの宿泊合宿施設みたいで面白そうだ。


 造りは古いものの風通しが良いせいか、中はとても涼しかった。



「皆様、遠いところお疲れ様です」


「皆ぁ、おっつおっつー!」



 入口からダイニングルームだと思われる広い部屋に案内されると、先に到着していたらしい二人の王子が現れた。イリオスは長袖の白ジャージ、クロノはTシャツにハーフパンツと、どちらも軽装である。


 腰を落ち着ける間もなく、リゲルがばしっと私の背中を叩いてくる。はいはい、わかってますよ!



「イリオス!」



 荷物を抱えたまま、私はイリオスに向かって突進した。



「ぐえ! な、何ですか、いきなり……」


「すごく会いたかったー、この合宿中はずっと一緒にいられるのねー、私幸せー。他の子に色目使っちゃイヤよー? 私だけを見て見て、見ておくんなましー」



 …………棒演技になるのは仕方ないよ。こんなこと全く思ってないし、こんなこと言いたくないし、自分の台詞に吐き気を催してるくらいだもん。


 接触嫌悪症のイリオスを気遣って、クッション代わりに荷物を間に挟んでるから実際には全く触れ合ってはいない。しかし、それでもこいつとイチャついてると思われてるこの状況が嫌すぎる。


 クロノとキスするフリで吐いてたイリオスの気持ちが、今なら痛いほどわかるよ。ごめんな……お前もこんなに辛かったんだね!



「あ、あー、そうなんですかー。僕も嬉しいですー、幸せですー。もちろんクラティラスさんだけを見ていますー。安心しておくんなましー」



 何となく事情を察してくれたようで、イリオスも私に合わせて心にもない愛の言葉をゲロ代わりに吐いた。



「わあ、相変わらずラブラブですねぇ。お邪魔しないようにしなくっちゃ!」


「ええ、お二人を邪魔する者があればこの私が成敗します。ですからお二人は、存分にラブッチュからのアハンウフン的なイヤよダメよはもっとちょうだいムードに浸ってください」



 リゲルはいいとして、ステファニ! それは言い過ぎ!


 ほら見ろ、純情ど真ん中なトカナちゃんを筆頭に皆してドン引きしとるやないかーーい!!



「へー……クラティラスって、デレるとこんな感じなんだぁ。何か、死ぬほど演技がヘタクソな大根役者みたいで面白いねっ!」



 おまけにクロノが余計な一言をかますもんだから、私は恥ずかしいやら情けないやらで軽く泣きたくなった。

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