腐令嬢、伸縮す


「ちょっとステファニ、違う違う。ロイオンは私じゃなくて、リゲルが好きなんだって」


「そうなのですか? 私はてっきりNTR案件かと。ロイオンさん、すみませんでした。NTRキタコレと浮かれつつも心を鬼にして粛清せねばと、秘密にすると言いながら殿下にチクッてニラニラとヲチする気満々でした」



 私が指摘するとステファニはロイオンを睨むのを止め、謝罪になってない詫びを述べた。



「クラティラスさん、何を言ってるんですか? ロイオンが好きなのはあたしじゃありませんよ?」



 が、ここでずっと黙っていたリゲルが堪りかねたように口を挟んでくる。



「は? ウソやん。お前ら、ここ最近ずっといい雰囲気だったじゃんかー。休みの日もイチャラブデートしやがってさー」


「イチャラブデートなんかしてませんよ! 何でただ会ってただけの話がそこまで飛躍するんですか!? あたしは、ロイオンから恋の相談を受けてただけですっ!」



 プンスコと怒るリゲルの様子から察するに、どうやら彼女の言うことは本当らしい。打ち明けるつもりで家に来たのなら、ここで嘘つく必要はないもんね。ということは、私もずっと勘違いしてたのか……。



 ん? それじゃあ、ロイオンの好きな人って……。



「まさか、ステファニ? ロイオンはステファニのことが好きなの!? ひゃー! それなら私、全力で応援しちゃうーー!!」


「お待ちください、クラティラス様! 私には心に決めた人が二人もいるのです! なのに応援などされては困ります!」



 椅子を蹴倒して拳を天に突き上げた私に、ステファニが必死で取り縋る。


 珍しく焦った顔してるのは、やっぱり異性に真正面から告られるなんて初めてだからかしら? ヒヒヒ、乙女ねえ〜。



「いえ、彼の想い人は…………もう、ロイオン! 黙ってないで、ちゃんと説明してください! あなたがしっかり言わないせいで、クラティラスさんのアホスイッチが入ってしまったじゃないですか! あたし達はアホアホしく踊り散らかすアホラティラスさんを見てアホ笑いしに来たんじゃないんですよっ!?」



 ステファニにしがみつかれたまま、クネクネと伸び縮みして踊っていた私を指し示し、リゲルはロイオンを叱咤した。


 アホアホしいとは失礼な。揺れる乙女心を表現した創作ダンスだったのに。




「ご、ごめんなさい! ボクが好きなのは…………その、サヴラさん、なんです……」




 ロイオンが小さな声でその名を告げた瞬間、私はクネるのを止め――――叫んだ。



「はああああああ!? 何でサヴ……」



 しかし、直ぐ様ステファニに口を塞がれる。



「いけません、クラティラス様。今日はヴァリティタ様もお部屋にいらっしゃいます。あの方のお耳に入っては、大事になりかねません」



 そ、そうだった。お兄様はサヴラの婚約者。親が決めた結婚ではあるものの、二人は仲睦まじい。何たって、チューまでした仲ですし。


 校内で一緒にいるところをたまに見かけるけれど、お兄様はいつも輝くばかりの笑顔をサヴラに向けていた。妹の私は、家でも学校でも存在を無視するくせにな。


 我々の不仲を知っているかまでは定かじゃないが、ロイオンはわざわざこの家まで足を運んで『兄の婚約者に恋をした』と私に打ち明けてくれたのだ。その勇気を台無しにしてはならん。



「そ、そうね……アレのことはコードネームで呼ぼう。これからはGで」


「頭文字なら、SかPじゃないですか?」



 私の提案に、ロイオンが眼鏡にくっつきそうなほど長い睫毛を瞬かせて尋ね返す。



「頭文字なんて単純な名前じゃバレる可能性があるでしょ。Gよ、いいわね?」



 てなわけで、サヴラ・パスハリアのコードネームは、私が奴を詰る時によく使うゴブリンから取った頭文字で決定となった。もちろん、こちらの世界でも嫌われ虫の代表である黒光りするアレの意味も含んでいるが、それは内緒だ。



「それにしても、何でよりにもよってGなんか好きになったの? あいつ、クソほど性格悪いよ? 外ではか弱い令嬢ぶってるけど、裏じゃ私に罵詈雑言吐き倒すし、気に入らない子にはネチっこい嫌がらせするし」



 すっかり氷の溶けたアイスティーを啜りつつ、私は一応サヴラの本性について伝えてみた。


 けど、大体の奴は『えーそうなのー? 知らなかったー、じゃーやめとくわー』とはならないよね。


 ロイオンもまさにその大多数と同じで、相談した時にリゲルからも幾らか聞いていたものの、気持ちは変わらなかったようだ。



「サヴ……いえ、Gの性格については、ボクもそれなりに知っています。同じ部活なので挨拶くらいは、と思って声をかけても無視されますし、男子の間でも『顔は綺麗でも一爵家以下の者は相手にしない嫌な女』とあまり評判が良くありませんから」



 そこまでわかっていて、好きになったというから驚きだ。


 しかしサヴラってやっぱり、私より悪役令嬢らしい気がする。私の方にもおかしな風評被害がまだ残ってはいるけど、自分の性格の悪さで招いたものじゃないからね。



「彼女が一人の時の姿を見たこと、ありますか?」



 ロイオンに問われ、私は首を横に振った。いつも取り巻きの二人がいるので、言われてみれば確かに単体では目撃したことがない。


 そんなレアな単体活動するサヴラを、ロイオンはたまたま見かけたのだという。



「放課後の校庭のベンチで、ヴァリ……いえ、婚約者さんをお待ちになっているところだったと思うんですが、すごく……寂しそうな顔をしてたんです。声をかけたら消えてしまうんじゃないかというくらい、弱々しく見えたんです」



 高慢で敬遠されていた彼女の意外な表情を目の当たりにした瞬間、恋心が芽生えた……んだそうな。



「守ってあげたい、なんて偉そうなことは言えないけど、彼女の力になりたいと思ったんです。もしかしたら彼女は、一生懸命突っ張っているだけで……本当は誰にも言えない、辛い思いをしているのかもしれないと感じたから」

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