夏合宿革命
腐令嬢、追い込まれる
「ごめんなさい、今日もロイオンとご飯を食べる約束してるんで」
軽く頭を下げて詫びると、リゲルはお弁当を持って慌ただしく教室を出て行った。
クッソー、またロイオンかよ! 何であいつばっか!
「この頃、リゲルさんはロイオンと仲良しのようですなー。誰かさんから、ついに乗り換えるつもりなんですかねー。誰かさんは見た目はともかく、中身があまりにも気持ち悪いですからねー」
三日続けてリゲルからランチを断られ、悲しみに暮れる私の背に、心無い言葉が浴びせられる。私がキッと睨むと、イリオスはさっと目を逸らした。
「クラティラス様、元気を出してください。私があーんして食べさせて差し上げますから」
言い返してやろうかと思ったけれど、ステファニが優しく私の肩を抱いて慰めてくれたので、飲み込むことにした。
きっと険悪な空気になった私達を助けてくれたんだろう。ステファニは根っからのイリオス推しでありながら、私のことも大切に思ってくれてるからね。
「あ、僕も急に学食に行きたい気分になりました。たまにはご一緒しましょう」
ところが、いつもはぼっち飯のイリオスまでニコニコとして付いてきたじゃねーの。
間違いなく、あーんして食べさせっこするステファニ✕クラティラスに釣られたんだろう。お前の方が百億倍気持ち悪いわ、百合豚クソ野郎め。
ステファニが機械的な動作で私の口に食物を運ぶ様を見て、『コレジャナイ感がいっぱいです……』と落ち込むイリオスと共にランチを終えると、我々は余った時間で校庭をお散歩することにした。お腹いっぱいすぎると、午後は眠たくなってしまうので。
ステファニが抜けたせいで、珍しく私とイリオスは二人きりとなった。ステファニってば今週は一年生の時から続けている図書委員の書庫整理係だとかで、図書室に行っちゃったんだよね。かといって他にすることもなかったから、私は仕方なくイリオスと一緒に学園の敷地内を適当に歩くことにした。
燦々と輝く太陽が、目にも肌にも痛いほどの光で世界を照らす。青々と冴えた構内の木々からは、蝉の声が響き渡っていた。
来週からはもう夏休みだ。とはいえ、今期の成績もイマイチだったから、また勉強尽くしになるんだろうなぁ。
しかーし! 今回の夏休みには、最大の目玉イベントがあるの!!
「そうだ、イリオス。王室管理の私有地ってどんなとこ? カブトムシいる? クワガタは獲れるかな? そういや、川もあるって言ってたよな? ザリガニ釣って、対決しよう!? っかー、楽しみだなあ!」
ステファニがいないのをいいことに、私はここぞとばかりに今度部の皆で行く合宿地について尋ねた。
どんな場所かは行ってからのお楽しみっつってたけど、部長特権で少しくらい聞かせてもらってもいいよね!
「あんたは小学生男子ですか……。そうですなー、虫は多いかもしれません。でも本当に何もないところなんで、あんまり期待しない方が良いですぞ」
隣を歩くイリオスが、面倒臭そうに答える。けれど夏休みの一大イベントに向けて燃え上がった私のハートは、イリオスの白け顔なんかじゃ押さえることができない。
「バッカ、何もないからいいんだよ。サバイバル生活って、超面白そうじゃん。いやー、滾るねー!」
「といっても、お付きが何人か来ますからなー。そこまで自由な行動はできないんじゃないかと」
「それなー。でも万が一何かあったら、部長といっても私達だけじゃ責任取れないもんね。不慮の事故でも起ころうもんなら、せっかく親切に敷地と建物を貸してくれたのに申し訳ないし」
「理解してるなら、くれぐれも去年の課外授業みたいな無茶はしないでくださいねー。もう迷子探しは懲り懲りですぞー」
いちいちネチネチ、過ぎたことをいつまでも言いやがって。
それでも今回ばかりは、イリオスに感謝せねばならない。
この夏、我らの部『花園の宴』は合同合宿を開催する。
今期の予算会議では昨年以上の金額が支給されたのだが、白百合と紅薔薇を兼部しているクロノが『同じ部なのだから分配するだけでなく、両支部にとって有意義な使い途を模索すべきでは』とクソノとは思えないほど良い提案をし、それなら一度大きな交流の場を設けてみるかという話になったのだ。
そこで場所を提供してくださったのが、白百合支部部長のイリオス。アステリア王国東部、プラニティ公国に程近い場所に使われていない建物付きの敷地があるそうで、王国の土地を管理する国土卿に彼が自ら掛け合ってくれたおかげで、無事お借りすることができた。
日取りや活動内容は、皆で多数決を取って決定した。できるなら全員で参加してほしかったが、やはり夏休みだけあって予定が詰まっている者が多く、最大多数が集まれる日でも白百合は半数、紅薔薇も毎年恒例の長期旅行に出かけるアンドリアと暑気あたりに脆弱なイェラノは参加できないとのことだった。
ちょっと驚いたのが、サヴラの単品参戦。お取り巻きのエイダとビーデスがいなくて大丈夫か? と心配したものの『問題ない、部員の身の回りの世話は部長であるお前の役目だ』と抜かしよったので、またもやバトルが開始したよ。本当に腹立つ奴だわ。
まあ、合宿といっても一泊二日だから大したことはしない。朝出発して昼前に着いて、部屋に荷物置いたらご飯食べて、辺りを散策して適当に遊んで、バーベキューして花火して、寝て起きて帰るだけだもん。いくら世間知らずのサヴラでも、何とか生きて戻れるだろう。
「おや、あれは」
イリオスが左手にある中庭の方を見て声を上げる。釣られて、私もそちらを向いた。
グリーンフェンスで隔てられた奥の中庭には、藤に似た形状の枝垂れた花に隠れて目立ちにくいが、屋根付きのベンチが置かれている。
その花の隙間に目を凝らすと、見覚えのある二つの顔が確認できた。リゲルとロイオンだ。
しかし、声をかけられるような空気ではなかった。何故なら、二人はとても真剣な表情で見つめ合っていたから。
「ねえ……あれってやっぱり?」
恐る恐る、私はイリオスに尋ねてみた。
「どうですかねぇ。しかし、そうなると……いよいよクラティラスさんの将来が危険ですな。早めに手を打たないと」
どっちつかずで濁されたけれど、イリオスにも彼らは友達を超えたムードに映ったようだ。その証拠に、私に注がれた紅の瞳には切迫感が薄っすらと滲んでいた。
ロイオン・ルタンシアは白百合支部の副部長で、イリオスと同じく百合をこよなく愛する男子である。
現在はふわふわの癖毛に大きな眼鏡がいかにもピュアなキュートボーイといった雰囲気だけど、高等部に進学する頃には今の可愛い面影まるでナッシングの超絶怒涛のナルシストになっちゃうってんだから、未来は残酷よね。
そう、高品質低価格を謳うコスメ販売で名を馳せるルタンシア五爵家子息のロイオンも『アステリア学園物語〜
なので百合好きとはいえ、ロイオンがリゲルに興味を引かれるのも無理はないし、リゲルがロイオンに惹かれても不思議ではない。
鈍感だと皆に小馬鹿にされがちな私だって、最近のリゲルとロイオンは距離が近いと感じていた。あの二人が急接近したのは……多分六月末日、例の合宿を決定した合同会議くらいからだったと思う。あの日の会議の後、リゲルとロイオンは二人だけで残って室内の片付けをしていた記憶があるけれど、その時に何かあったのかもしれない。
七月初旬にあった二年の課外授業で、我々の五組とロイオンがいる一組とでパン工場の見学に行った時も、二人はずっと一緒にいた。
休みの日にも会ってるとか言ってたし…………友達以上恋人未満どころか、もう付き合ってたりするとか? 親友の私には気恥ずかしくて言い出しにくくて、タイミングを図ってるところだったり?
ああ、まさかこんなに早くリゲルの相手が決まってしまうとは!
もちろん、ヒロインであるリゲルが彼とくっついた場合も私はもれなく死にますよ。お隣にいらっしゃるアホ王子がもれなく婚約破棄しくさってくださりよるせいでな。
でも……リゲルがロイオンを好きになって結ばれるなら、親友としては心から応援したい。
となるとイリオスの言う通り、円満に婚約解消するために『クラティラス・レヴァンタが他の男と結ばれ、王子が身を引く』フラグを早急に立てねばならんのだが。
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