腐令嬢、腰抜ける


 口々に詫びの言葉を述べて泣く女子達を見て、ずっと黙っていたクロノがくちびるを開いた。



「…………ステファニ、武器を下ろせ」



 打ち合わせ通り、ステファニはクロノに従って攻撃の構えを解いた。



「イリオス、こちらへ」



 その台詞を聞くや、私はリゲルと手を取り合い、期待に満ちた眼差しを向けた。


 つ、ついに……あのシーンが来るぞ!


 キラキラの眼差しで見つめる私達に嫌悪感を剥き出しにした一瞥を寄越すと、イリオスは扉の前に立つクロノの元へ進み行った。



「兄上、しかしこの者達は」



 不満気……というか嫌で嫌で今すぐにも逃げたいとモロに書いてあるような顔で訴えるイリオスを、クロノが両腕に抱き締める。


「大丈夫だよ。我々の関係が少しでも噂になれば、その時こそ俺が処刑しよう。お前の手を、こんなことで汚したくない。お前には、美しいままでいてほしい」


 至近距離で愛しの弟に囁くクロノの表情は、前世で私が萌え転がったBLゲーのラブシーンで見せるキャラの顔そのものだった。



 ええーー! クロノったら、こんな美味しいBL顔を持ってたのー!? 練習の時はそんな表情、見せてくれなかったじゃーん!


 やだー、本番のために必殺武器を隠してたのねーー!!



 それからクロノは呆然と見守る女子達に、婉然と微笑んでみせた。



「君達が何故生かされたか、わかるかな? 俺はね、ずっと誰かに見せつけたかったんだ。この可愛い可愛いイリオスが俺だけを愛しているんだと自慢して、羨望の眼差しを浴びたかったんだよね」



 はひ……と隣からリゲルがおかしな呼吸を漏らす。けれど、そちらを見る余裕もなかった。


 クロノが背を向けてイリオスに覆い被さり、キスしたからだ!


 いや、実際は角度的にそう見せてるだけでやってないんだけど……でももしかしたらノリに乗ったクロノが、ブッチュ一発かましたった可能性もあるわけで!!



 萌えーー! 萌えっ、萌え萌え萌え萌え萌え萌え萌え萌え萌え……萌えーーーー!!



「これで、わかったね? イリオスは俺のもの、俺はイリオスのもの。それでも俺達の元に嫁ぎたいと思うなら、構わないよ。ただし、俺はイリオスじゃなきゃダメだから子は望めないし……それに、毎日見せつけるけどね?」



 ああーー、そんな最高の日々が待ってるの!? だったら私、喜んで嫁ぐーー!!


 あたしもーー! という声が聞こえた気がして隣を見れば、突き抜けた萌えで萌え死に、共に萌え天国へと召された相棒と目が合った。



「あ、兄上の慈悲に感謝するといい。次はありませんよ。漏らしたのがあなた達でなくとも、真っ先に始末しますからそのつもりで」



 対して、締めの言葉を告げたイリオスは、萎え地獄へ突き落とされた亡者みたいな面になっていた。



「じゃ、クラティラス、リゲルちゃん、行こうか。これから話し合い……っていうか、見せつけ合いしよ? 同じ仲間として、ね?」



 クロノがウィンクして幕引きの合図をする。


 揃って腰が砕けて立てない私達を、ステファニがさっと介助してくれた。しかしそのステファニは相変わらず無表情ではあったけれど、地雷カプの爆撃を受けて、こちらもイリオスと同じく萎え地獄の住人と化していた。


 へたり込んだ女生徒達を通り過ぎるところでリゲルは立ち止まり、優しくも力強い声で告げた。



「もう、他の人をいじめちゃいけませんよ。卑怯な手など使わず、これからは正々堂々と勝負してください。あなた達だって、本当は素敵なところがたくさんあるはずです。それを自分の行為で曇らせないでください。うまくいかなくて苦しくなった時は、あたしで良ければ相談に乗りますから」



 最後に憎まれ口でも叩くのか、ならば便乗してやろうぞ、なんて考えていた私は、それを聞いて自分まで恥ずかしくなった。



 そして、思い知った。ああ、これが『ヒロイン』――そして『世界を救う聖女』なんだ、と。




 ちなみに、イリオスとクロノ、やっぱりキスしてなかったんだって。


 それでもイリオスは『触られた部分を削ぎ落としたい! 二度とあんな気持ち悪いことはしたくない! 暫くは兄上の顔も見たくない!』と吐き捨ててからトイレに籠もってゲロゲロし続けるし、弟に全力で拒絶されたクロノは『俺、何も悪いことしてないよね!? なのに何で可愛い弟にここまでひどいこと言われなきゃならないのお!?』とギャンギャン泣くし、ステファニは『クロ✕イリもイリ✕クロも一切認めません! 絶許! 最大の地雷カプです!』と喚いてリゲルが書いた脚本をビリビリに破りながら暴れるし…………何かもうカオスすぎて、とても解決を喜ぶ雰囲気じゃなかった。


 いじめっ子達は心から反省したようで、リゲルへの嫌がらせは綺麗さっぱりなくなった。


 言われるまでもなく彼女から奪った物は全て弁償、その上でさらにリゲルの経済状況を心配し、参考書や筆記用具といった学用品、さらにはお菓子やら飲物やら野菜やら、果ては衣服にアクセサリーといった品々まで差し入れしてくれた。


 またリゲルの最後の言葉を頼りに、こっそり悩み事を相談してきた女子も多かったらしい。


 リゲルはその一つ一つの相談にに真摯且つ丁寧に対応し、あっという間に『聞き上手のリゲル・トゥリアン』として評判が広がった。おかげで高等部の上級生から入学して間もない一年生まで幅広く支持され、今やすっかりアイドルだ。


 しかし、彼女のファンは女子ばかりで今のところ男の影はまだない。


 私とデキてると絶賛勘違い継続中の元いじめっ子達が牽制してるのもあるけれど、何より本人に恋愛する気がないみたいなので。


 もしかしたら、ゲーム本編開始となる高等部まで誰かに恋心を抱かないよう、彼女の意識下でも『何らかの仕様』が働いているのかもしれない。




 そう考えて油断していたら――――何と、思わぬところから伏兵が現れた。

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