腐令嬢、なりきれず


 いよいよ芝居も大詰め、二人の王子の登場だ。


 この後に展開される美味しさ満点のシーンを想像して、素に戻りかけた私だったが、ぎゅっとしがみついてくるリゲルの存在に意識を引き戻された。


 そうだ、今だけは『大神おおかみ那央なお』だったことを忘れなくちゃ。私はリゲルの初BL短編に登場した人物『ラクラスティ』が女体化転生した者。同じく女性の体で転生した運命の人『ゲリル』であるリゲルを求め愛し続け、やっと再び結ばれたところなのだから。



「全て、ご覧になっていたのですね」



 今一度しっかりと自分に言い聞かせてから、私はリゲルと抱き合ったまま静かに言葉を吐いた。イリオスが頷く。



「でしたら、もうご婚約の件は」

「いいえ、あなたとの婚約は解消もしなければ、破棄もしません」



 何故、と私が台詞を声に出す前に、今度はクロノが答えた。



「だって、その方が俺達には都合がいいからねー」



 ニヤニヤと笑いながら、彼は弟の腰に手を回した。



「兄上、こんなところでは」



 イリオスが身を捩らせてその手を避ける。けれどクロノは諦めず、再び腕に彼を絡めるとぐっと自分の元へ引き寄せた。



 ヤバイ、これはやっぱり無理。なりきりの魔法が解ける。


 イケメン、銀髪コンビ、王子、兄弟……パワーワードのタグ塗れで、封印したはずの大神那央が歓喜の大感謝祭を巻き起こしてるよぉぉぉぉ!!



「ね、わかった? 俺らも道ならぬ恋をしてる同士なの。だからさー、仲良くやれると思うんだよねぇ?」


「え、ええ……クラティラスさんと婚約したのは、自分と同じ匂いを感じ取ったからに他なりません。そしてこの学園に入学して、あなたが恋焦がれるお相手が誰なのかはすぐにわかりました。あなたは、その人のことばかり見ていましたから。あの、兄上……少し離れてくださいませんか? その、人前では、ちょっと」



 服越しでも触れられるのは嫌なんだろう、イリオスが腰を引いて逃れようとする。



 コラ、イリオス江宮えみや。てめえ、マジふざけんなよ!? 嫌がってる感じが妙にリアルな恥じらいを醸し出して、クッソエロく見えるじゃねえか!!


 やっべーー! 初めて江宮に萌えてもうた!! 萎江宮なえみや萌江宮もえみやに進化してもうた!!



 オタイガーのくせにオタイガーのくせにオタイガーのくせにぃぃぃぃ!!!!



「グフッ……いや、私は婚約した時に『結ばれない想い人』の存在を聞いてはいたんだけどね? いやいや、でもまさか、兄上と……なんて思わないじゃない? いやいやいや、失礼つかまつったでござる」


「ウヒッ……えっと、ということは、もしや、クロノ様があたしに近付いてきたのも、何かそういう感じでありんすか? わざと当て馬になって、煽りに煽ってクラティラスさんにあたしを押し倒させたろ的な?」



 私だけでなく、リゲルも魔法が解けてしまったようだ。


 しかし大好物のご馳走BLを前に、しどろもどろになる我々を救ってくれた者がいた。ステファニだ。



「その通りです。クロノ殿下がリゲルさんに近付いたのも、全てはこの結末のため。彼女が他の男に取られそうになり、また他の者に痛ぶられれば、『イリオス殿下に想い人がいようとも婚約したからには裏切ることなどできない』と言って、一爵令嬢としての矜持を頑なに守ろうとしたあなたも崩せるだろうと。そして『第三王子殿下と婚約した人を愛してはならない』と考え、身を引こうとしたリゲルさんを引き戻せるだろうと」


「どうせ形だけの婚約なのだから、そちらも好きにしてくれて構わないと言い続けていたんですけれどねぇ。愛のない婚約であることをそれとなく伝えて、リゲルさんから動いていただこうとするも上手くいかず、結局こんな酷い手段を取る羽目になってしまった、というわけです」



 いつのまにかクロノの手から抜け出たイリオスが、側に立って私達を見下ろしていた。ニヤニヤしているのは、大好物の美少女百合ップルを目の前にして内心萌え滾っているからに違いない。


 だって屈み込んで私の手から短刀を取る時、すんごい鼻息荒かったもん。気持ち悪い。



「ステファニ」

「は」



 イリオスに名を呼ばれるとステファニは彼の元に駆け寄り、跪いて短刀を受け取った。



「クロノ・パンセス・アステリア第二王子、並びにイリオス・オルフィディ・アステリア第三王子に対する第一級不敬罪で、この者共を即刻処刑せよ。一人残さず、綺麗に片付けるように」



 イリオスが冷ややかに、残酷な命令を下す。



「承知しました」



 短く答えてステファニは立ち上がり、皆に向けて短刀を構えた。


 今度こそ逃げようと女子達は扉に向かおうとしたが、そこには既にクロノが立ち塞がっている。いつもと変わらないヘラヘラとしたチャラい笑顔も、しかしこの状況では不気味にしか見えないだろう。



「ふ、不敬罪!? そんな、何故ですか!?」


「そうです、私達は殿下達のために動いたのです! どうぞ御慈悲を! お許しを!」


「お二人のことは誰にも言いません! 約束いたします! 後生ですから、命だけは!!」



 恐怖に屈し、膝から崩れ落ちた女子達が必死に命乞いをする。ちょっとやりすぎたかな……哀れになってきたぞ。



「ふざけないでくださいよ……」



 けれど、いじめられた当事者はその姿にむしろ怒りを覚えたらしい。リゲルは私を強く抱き締めたまま、叫ぶように告げた。



「あなた達が今必死になって失いたくないと思っている命こそが、あたしにとってのクラティラスさんだったんですよ! 自分へのいじめはまだ我慢できました……けれど、あたしをいじめてクラティラスさんを苦しめようとしたことだけは、絶対に許せません!」



 これは、脚本になかった台詞だ。


 突然のアドリブに私もイリオスも、クロノもステファニもどうしていいかわからず固まった。



「謝ってください! そして勝手に嫉妬心を燃やしておきながら、そのくせ本人に真っ向から立ち向かうこともできず、姑息な手段で人を傷付けようとした、みっともない自分を恥じてください! 身分が高かろうと頭が良かろうと、あなた達は最低の人間です。そんな者が、由緒正しき王家の一員に選ばれるなどありえません。それとも、殿下達には人を見る目などないから大丈夫だと侮っていらしたのですか? だとしたら、それは立派な不敬罪ですよ! この場で裁かれて当然です!!」



 そうだ、この人達は皆、この期に及んで自分のことばかり考えていた。自分達に非はないと、ただ許してくれと乞うばかりだった。


 リゲルが怒るのも無理ないよ。それに、イリオスの作戦の通り、恐怖だけで解決するのは間違っている。


 もう二度とこんなことはさせてはならない、自分が受けた苦しみを誰にも味あわせたくない、リゲルの一番の願いはそれだったんだ。

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