腐令嬢、夢見る
「はー……もうネフェロでいいかな」
「私がどうしました?」
例によって裸で寝室に飛び込んだ私に、怒ることも嗜めることも放棄して淡々と寝間着を着せていたネフェロが不思議そうに問い返す。
「ねえ、ネフェロ。私がイリオスじゃなくて、あなたと一緒になりたいって言ったらどうする?」
掛けてくれたタオルケットを跳ね除けて上半身を起こし、私は美しき我が世話係に尋ねた。
ベッドサイドに置かれたランプが、側にいる彼の姿を頼りなく照らす。しかしそんな僅かな光源でも白い肌は薄闇に際立ち、首を傾げる動きに釣られサラリと流れた金の髪は淡くも華麗な輝きを放った。
「またあなたはそんなバカなことを……どうするもこうするも、第三王子殿下を裏切るような発言はするなと叱るだけです。はい、わかったらとっとと寝る!」
軽く眉根を寄せ、至極の宝石を思わせる翠の瞳を呆れの形に歪めると、ネフェロは私の額にデコピンを食らわせてベッドに沈めた。
ひどい、昔は優しく肩を抱いて寝かせてくれたのに! どんどん扱いが雑になってる!!
「だってイリオスと結婚なんてできない……というか、したくないもん」
ぼそっと本音を漏らしたのがいけなかった。
ネフェロはドッキリのお手本みたいに飛び上がるや、慌てて私の口を塞いできた。
「クラティラス様、そ、そんな恐ろしいことを余所で言ってはいけませんよ!? 誰かに聞かれたらどうするのですか!」
今のは確かに失言だった。建前とはいえ、王子に選ばれた婚約者が軽々しく口にして良い台詞ではない。ネフェロの言うように誰かの耳に入れば、王族を冒涜したと思われても仕方ないんだから。
ごめん、ネフェロ!
謝るから、手の力を緩めてください!
二度と喋らないよう息の根ごと止めようとしてるのかな!? 死亡エンド待たずに死んじゃう死んじゃう!!
「あ、ああ、すみません、クラティラス様! 大丈夫ですか!?」
べしべしと細い腕を叩いてギブアップを伝えると、ネフェロはやっと我に返って手を離してくれた。
「あら、ここは天国なの? 天使がいるじゃない……と思ったらネフェロじゃーん! てことで、私は平気よ?」
軽く冗談をかまし、私はへらっと笑ってみせた。こうでも言っとかなきゃ、ネフェロが自分を責めて落ち込んじゃうからね。見た目の通り、とても繊細な奴なのよ。
「全くもう、幾つになっても私をからかってばかりなんですから……少しは口を慎んでください」
それからネフェロはぐしゃぐしゃになったタオルケットを掛け直し、私に顔を寄せて小さな声で問うた。
「イリオス殿下の何がご不満なのですか? 容姿は端麗、成績も優秀。普段こそ近寄り難い雰囲気ではありますが、クラティラス様には御心を許し、親密に接していらっしゃるように見えますのに」
スペックの問題じゃないんだよなー。気を許してるように見えるのは、『前世からの昔馴染み』ってだけだし。
「んー……何というか、根本的に合わないんだよね。一緒にいても、喧嘩ばかりだし。あいつ、外じゃ澄ました面してるけど、実はプルトナより大きな猫を被ってるんだよ? すごく捻じくれ曲がった性格してて、本当に嫌な奴なんだから」
私の答えを聞くと、ネフェロはプッと吹き出した。
「ちょっと、何で笑うの? こっちは真剣に被害を訴えてるんだけど」
「い、いえ……あまりにもクラティラス様が可愛らしくて」
笑いを堪えるために、口を押さえた長い指の隙間から思わぬ返事が飛び出る。私はぽかんとした。
「え、可愛い? 私、可愛いの? どこがどのようにどういった感じで?」
起き上がって徹底的に問い質そうとしたけれど、ネフェロはそっと私の肩を上から押し留めた。
「ご自分ではわからないのかもしれませんが、クラティラス様は大変可愛らしいです。ですから、どうか自信を持ってください。イリオス殿下が意地悪をするのは、あなたが可愛らしくて堪らないからなのですよ。きっと、その内に理解できます」
それを聞いて、私はがっくりと脱力した。
こいつってば、イリオスが好きな子をいじめて気を引く男子的なことしてると勘違いしてるぅぅぅ!
「もー、そうじゃなくてっ」
「これ以上、私を笑わせないでください。今日はまたアズィム様に厳しく叱られて凹んでおりましたが、クラティラス様のおかげで穏やかな気持ちで眠れそうです。では、おやすみなさいませ!」
私の異議を聞きもせず、ネフェロはぷるぷる肩を揺らしながら慌ただしく寝室を出て行った。
きっと自室に戻ったら『自分の気持ちを素直に表せず意地悪するお子様王子✕自分の気持ちに正直になれない意地っ張りなお子様令嬢』カプを想像して、笑い転げるんだろうなぁ。
クッソー、ネフェロめ。いつまで経っても子ども扱いしやがって!
ゴロンと悔し紛れに寝返りを打ち、私は暗闇の中でひっそり溜息を吐いた。
あーあ、ネフェロなら恋のお相手に良いかもしれないと思ったんだけどなぁ。なのに手応えなし、脈も全くなし、相手にもされなかった。
仮に何とか恋するまで漕ぎつけたところで、あの性格ならたとえ私に好意を抱いてくれたとしても、王子と戦うなんてせず、大人しく身を引くことを選ぶだろう。
でも……私がもっと大人になったら、ネフェロだって見る目が変わるかも?
今は少し膨らんだ程度の胸だけど、高等部に行く頃には推定Dカップくらいになることが確定しているわけですし。ゲームのクラティラス・レヴァンタは、寄せて集めて絞り上げてやっとBカップに達するか否かだった
くくく……私もボイーンに実るその日が楽しみだぜ。立派に成長したら、これ見よがしに肩凝るわーとか言ってやるんだ。
その時にまだ好きな人がいなかったら、ネフェロに再度アタックかまそう。谷間チラ見せしてお色気アピールすれば、ちょっとはグラッときてくれるかもしれないよね!
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