腐令嬢、絞める
放課後、部室に奴がやって来ると、打ち合わせていた通り他のメンバーは退出し、二人きりにしてくれた。
「なぁにぃ? 真面目な顔して。もしかしてぇ、愛の告白っ!?」
リゲルが早退した旨を伝えると、あからさまにガッカリしていたクロノだったが――話があると言って座らせると、たちまち碧の瞳を輝かせて身を乗り出してきた。
形だけとはいえ相手は弟の婚約者だっつーのに、本当に節操ねーのな。
「クロノ、ちょっと聞きたいんだけど、最近何か変わったことはあった?」
「えー、特には? 相変わらずモテモテだけど、誰にも手は出してないよ? あ、棒も!」
うるせえ。モテ自慢も腐れクソノ棒の話も要らんわ。ダブルゴールデンボールに爆弾仕込んだろか。
「それよりさー、実は俺もクラティラスに相談したいことがあるんだよねぇ……」
私が次の言葉を考えている間に、クロノはミディアムウルフの銀髪を掻きながら、奴にしては珍しく控えめな口調でその相談とやらを口にした。
「リゲルちゃん……俺のこと、嫌いになったのかな? 最近、話しかけても冷たくあしらわれて、何気に凹んでるんだよね。周りの女の子達にもいろいろ聞いてみたんだけど『そんな失礼な子は放っておけばいい』とか『それよりもっと他にいい人がいるはずだ』とか言われるばっかりで、肝心のリゲルちゃんの心は全然理解できないまんまでさぁ……」
こんの……クソ野郎が!!
私はネクタイを緩めただらしない襟元を引っ掴み、至近距離からクロノに凄んだ。
「お前、自分が何したかわかってる? お前のその考えなしの言動と行動のせいで、リゲルはひどい目に遭ってるみたいなんだよ? 仮にも王子なら、ちったぁてめーの影響力ってもんを考慮しろ、クソが!」
「ク、クラティラス? 何何? めっちゃ怖いんだけど!」
「怖いがどうした、アホチソ野郎! 怖がらせた責任を私に押し付けて、不敬罪だか何だか被せて罰してみる? そのくらい安いもんだよ! 本当はてめーと私が被るはずだった苦痛を、リゲルは一人で受けてるんだから!」
「クラティラス……待って。息が……」
興奮のあまり強く締め上げすぎたようで、私の腕の中でクロノがくたっとなった。
やっばーーい! 王子殺したら、それこそ即死刑だよ!!
だが私は、まだ死ぬわけにいかない。リゲルをいじめから救わなきゃ、死んでも死にきれん!
人工呼吸してしてとうるさかったけど華麗にスルーし、苦しげな表情はなかなか萌えたなぁなどと考えながらクロノの回復を待って、私はリゲルの件について話した。
――彼女が、陰湿ないじめに遭っているらしいこと。
――それは恐らく、唯一お嫁さんの座が空いている『第二王子殿下』が原因であること。
――第二王子殿下が他の者に脇目も振らず、彼女一人に執心している様を見聞きした者による複数犯の可能性が高いこと。
――その中には、第二王子殿下に対しても馴れ馴れしく接する、第三王子殿下の婚約者への反感を募らせた者もいるであろうこと。
全てを聞き終えると、クロノはしゅんと頭を垂れた。ほう、こんな顔もできるのか。あざとい猫耳が似合うタイプですなー。
「ご、ごめん……俺、何にもわかってなかった。留学してたプラニティ公国と同じように振る舞っちゃ、いけなかったんだよね。あっちじゃ俺なんて一般人と扱いが変わらなかったし、そんな生活に慣れてたから、すっかり自分の置かれてる立場を忘れてたよ」
「あなただけが悪いんじゃないわ。私にも非があるもの。クロノがどれだけ注目されているか、もっとよく考えて対策しておくべきだった。でも一番悪いのは、リゲルを勝手にライバル視しておきながら正々堂々と戦わず、陰でこそこそ傷付けて蹴落とそうとしている奴らよ」
買っておいたイチゴ牛乳を差し出すと、クロノはぱっと顔を上げて飛び付いた。こいつも例に漏れず、イチゴ牛乳が大好きなのだ。
「ねえ、クラティラス。俺、どうしたらいい?」
質問を質問で返すのは流儀に反するが、私は彼の問いには答えず、逆に尋ねた。
「クロノは、本気でリゲルが好きなの? お嫁さんにしたいくらい?」
するとクロノはストローを口に含んだまま猫みたいに目を見開き、しかし素直に俯いた。
「うん……最初は可愛いなって思った程度だったんだけど、彼女と話せば話すほど惹かれて止まらなくなっちゃって。あんな子、初めて。こんな気持ち、初めて。俺、リゲルちゃんとずっと一緒にいたい」
さすがは世界のヒロイン! 総愛され爆撃機の異名を持つだけあるなー。ゲームとは無関係のヤリチソまで落としよったか。
「でも俺なんか、彼女の眼中にないんだよね。だってリゲルちゃん、あの年でもう百人斬り達成してるベテランでしょ? 俺と会ってる時にも、本人から次々と新しい男と付き合ってるって聞いてるし。一回だけ『味が知りたい』ってキスしてくれたけど、あれも俺のテクを確かめたかっただけみたい。きっと下手くそだってガッカリしたんだろうなぁ…………俺、キスするなんて初めてだったし」
え? 初めて?
こいつ今、初めてっつった!?
「ああああの、クロノ……?」
「あれ以降、全然そんな雰囲気にさせてくれないのは諦めろってことだよね。仲良くしてくれたのは、彼女にとって趣味友達だからってだけ。関係を深めたくても、友達枠から外れたらテクもないDT男になんか興味ないって見限られそうで、怖くて怖くて手も握れないんだよぅ……」
「ちょちょちょちょっと待って! クロノってDTなの!? ヤリチソじゃなかったの!?」
思わず身を乗り出して、私はクロノに詰め寄った。第二王子にこんなことを聞くなんて、無礼にも程があるとわかっている。でも、確かめずにはいられなかったんだから仕方ない!
「そうだよ? 女の子と仲良くするのは大好きだし、一緒に遊んだり冗談でからかったりするし、そのせいで軽く見られるみたいけど。だって俺、王子じゃん? 変なことして変なことになったら、家族の皆に迷惑かけちゃうじゃん? それに……深い仲になりたいって思えるような相手に出会ったことなかったから。ところで、さっきからクラティラスが言ってるヤリチソってなぁに?」
けれどクロノは怒るでも恥じるでもなく、当たり前のようにあっさりと認めた。
我々が耳にしていた彼の悪評は、第二王子夫人の座を狙った女性達によって意図的に流されたものだったらしい。
うう……めっちゃ誤解してた。ごめんよ、クロノ。
でも女の子に相談したいことがあるからって誘われて一晩中付き合うとか、秘密のパーティーだと言われて密室に何時間も籠もったりとか、そういう思わせぶりな行動も控えるべきだったんじゃないかな。根がいい奴ゆえに、断れなかったのかもしれないけれど。
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