腐令嬢、迫る


 つまりクロノ第二王子殿下は耳年増で口達者なだけのなんちゃってプレイボーイで、派手な噂とは真逆に中身はピュアいDT男子だったというわけだ。


 こんなふうに純情だから、リゲルについても『百人斬りの猛者』なんて今も勘違いしたままなんだろうなぁ……。それ全部ただの推しだし、自分とカップリングさせることもない妄想の存在なんだけど。普通に接してたら、リゲルの脳内がリアル恋愛皆無のBL専門店だってわかるもんじゃない?


 こいつ、本当に素直というかアホというか……うん、アホだわ。


 だがしかし、そう思っておいてくれた方がこちらとしては都合が良い。二人きりにしても、リゲルに手出しされる心配がないからね。



「ええと……そのことなんだけど、できたらあんまりおおっぴらに愛情表現するのは控えてくれない、かな?」



 恐る恐る進言すると、クロノは悲しげな目を向けた。捨てられたニャンコみたいで萌え……いや、可哀想! でもここは心を鬼にして言わなくちゃ!



「たとえ今回の件が解決できたとして、あなたが変わらなければまた同じような事件が起こらないとは限らないでしょう? だったら友達として、彼女を見守ってあげてほしいの。せめて高等部を卒業するまで、待ってくれない? 私は何としても、リゲルを守りたいの。あなたの恋心なんか、正直どうでもいい。私が心から思っているのは、リゲルのことだけだから」



 クロノの深い碧の瞳が、ゆらりと揺れる。それが涙だと気付いた時には、彼はもう小さく嗚咽を零していた。



「残酷なことを言う奴だと思ってるでしょうね。でも私、リゲルには幸せになってほしいの。彼女が幸せになるなら、何だってする。そのためなら、自分が死んでも構わない。リゲルは私にとって、大切な友達なの。だから……邪魔をするなら、第二王子であろうと排除するわ」



 涙に濡れたクロノの瞳には、今の私はきっと『悪役令嬢』の名に相応しく、この上なく嫌な女に映っていることだろう。



「クロノ、ここで決めるのよ。私の言うことを聞いて大人しく身を引くか、それとも――」


「…………クラティラス、やっぱりカッコイイ!」



 いきなり飛び付かれ、私はクロノごと引っくり返った。



「クラティラスって、すっごい友達思いなんだね! 俺、超感動した! 俺、クラティラス目指す! クラティラスみたいなカッコ良さを極めて、改めてリゲルちゃんを迎えに行くよ!」



 何かよくわからんけど、納得してくれたらしい。ついでに泣いてたのは、悲しかったからじゃなくて感動したためだったらしい。



「あ……そう、じゃ退いてくれる? カッコイイ私が下敷きになってますので」


「えー!? せっかくだからチューしよ? リゲルちゃんを守るぞって誓いのチュー! 今後のためにもお互い練習した方がいいよ! もちろんイリオスには黙っとくから!」



 クロノが笑顔で顔を寄せてくる。


 もう我慢できず、私は右膝を思い切り奴のダブルゴールデンボールズに叩き付けた。




「失礼、クソノ……いえ、クロノ殿下はどうされたのですか?」



 その後、すぐに部室に戻ってきたステファニは、床で悶絶するクロノを発見すると冷ややかな眼差しを落とした。



「さあ? 呪いにでもやられたんじゃない? 散々女も男も泣かせまくってきたとかいうツケが回ってきたのかもしれないわ。話は済んだから、放置しといていいわよ」


「誠にザマミロですね」


「で、そっちはどうだった?」



 本当は純情DT君なのだが、今は説明する時間も惜しい。なのでクロノはこのまま放置することにし、私は生徒会へ掛け合いに行っていたステファニに首尾を尋ねた。



「生徒会では埒が明かなかったので、イリオス殿下にお願いして一緒に直接監視カメラ管理室に向かったのです。第二王子が不審な行動をしているとの噂を耳にし、大事になる前に調べたいということにしたので、あっさり開示いただけました。クロノ殿下は信用がクソほどないので、こういう時には本当に助かります」


「ええぇ……何それぇ、聞いてないんだけどぉ?」



 クロノが呻くように不平を垂れる。だが、我々はそれを無視して話を進めた。



「始まったのは、四月下旬頃からのようですね。そこからどんどん間隔が短くなっています。空き時間に教室へと侵入した者は、ざっと見積もって十人以上。全て女子で、半数以上が高等部の生徒でした」



 中等部と高等部では、制服の形が少し違う。中等部の女子はリボンタイだが、高等部の女子はネクタイ着用なのだ。



「中等部の生徒は新入生も含めてほぼ顔を覚えておりますが、高等部はあまり行き来しないため名前を特定することができませんでした。しかし顔はしっかり記憶してきましたので、明日にでも高等部に侵入して調べ上げ、犯人名簿一覧を制作します」



 さらりと、ステファニは恐ろしい返事を寄越してきた。


 すげーな、その記憶力を少し分けてほしいよ。実は今、後で食べようと思ってこっそり持ってきたお菓子、どこにしまったか思い出せなくて困ってるんだ……。



「女の子とイケてる男の子なら、俺もバッチリ覚えてるよ! どうせ名前を出すなら、イリオスじゃなくて俺を連れてってくれれば良かったのにぃ。ファニーちゃんってば、意地っ張りなんだから〜」



 早くもダブルゴールデンボールズの呪いから立ち直ったクロノが、びょんと顔を突っ込んでくる。


 ほう、こいつがいれば犯人の特定は簡単にできそうだ。動機は不純だが、記憶力に関してだけは尊敬に値するな。


 フンフン鼻息荒く迫りくるクロノの顔を手で押し返し、眉を顰めながらステファニは溜息を吐いた。



「では明日、嫌々の渋々の仕方なしにですが、クロノ殿下と共に高等部へ当該人物の確認に行ってまいります」


「ファニーちゃんと一緒に行動できるの? やったあ! ついでにデートしよ? どこ行きたい?」


「用が済んだら、帰ります。行くならお一人で、遠い何処かへ飛び立ってくださいませ。できれば二度と戻れぬ遥か彼方のあの世へ」



 懲りずに抱き着こうとする心はヤリチソ体はDTなクロノVS手で奴の顎を捉えた状態でそれを防ぐステファニの不毛な攻防戦を眺めながら、私は深々と溜息を落とした。



 リゲルのいじめとなった大元の原因は、一応取り除けたし、犯人も特定できそうだけど…………この面子で大丈夫か?


 問題はここからだってのに、早くも不安しかねーよ。




 翌日、リゲルは登校してきたけれど、挨拶してもすぐに目を逸らして逃げてしまった。いつもは同じ授業なら必ず隣に座っていたのに、離れた席に一人でつくし、休み時間になるといそいそとバッグを持って教室から出て行く。


 こうまでして避けるのは、私のため。


 そう理解していても、とても悲しかった。だけど悲しいのは、リゲルも同じ。ううん、私なんかよりもずっと辛い思いをしているはずだ。


 ステファニは、そんなリゲルを見てニヤニヤしていた女生徒達の顔を記憶してくれていた。そう、いじめに関わっているのは、監視カメラに映っていた奴らだけじゃない。直接悪戯をしていなくても、命じた奴に計画した奴、そして嘲笑っている奴ら全員が加害者なのだ。



 しかしだなー……面白がってる奴も含めると、かなりの数になるよね? こいつら全員の意識を変えるって、超難易度高いんじゃない?

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