腐令嬢、ヒーローを目指す
「腹が立つのは、私も同じです。しかしリゲルさんは、クラティラス様だけは巻き込みたくないのです。親友であるクラティラス様にも相談せず、あまつさえ突き放すような発言までなさったのは、そのためだと私は考えております」
「どういうこと?」
友達を巻き込みたくないという気持ちはわかる。けれど私を表立っていじめる奴なんてそういないと思うし、仮にそんな猛者が現れたとしてもボコボコにやり返す自信もある。
しかしステファニの言い方だと、リゲルは私に限定していじめを隠そうとしている、という風に受け取られるのだけれど。
「詳しく調べておりませんので、私見になりますが……リゲルさんをいじめている連中には、クラティラス様に反感を抱いている者もいるのではないかと思います。ご覧ください、体操着に比べるとクラティラス様の教科書の方が破損状態がひどいですよね? まるで、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように」
確かに、体操着は適当に鋏を入れられてチョークの粉で汚された程度だが、私の教科書はわざわざ泥水まで使っているし切り方にも執念が感じられる。しかも、所有者の名前が記載されているところだけは綺麗に残すという徹底ぶりだ。
「リゲルは……私の分もいじめられている、そういうことね?」
ステファニは申し訳なさそうに頭を垂れてから、力無く頷いた。
私はレヴァンタ一爵令嬢、及び第三王子殿下の婚約者。それだけでも嫉妬の矢面に立たされているというのに、大衆の面前で第二王子殿下に喧嘩を売ったせいでさらにヘイトを集めるようになった。
そこでどこからともなく始まったリゲルいじめに同調して乗っかり、物申したくても言えない私にまでダメージを与えようとしているのだ。
ステファニの言う通り、この教科書の惨状をリゲルは私にだけは見られたくなかったんだろう。そして、私にだけは知られたくなかったんだろう。
あのバカ…………全部自分で被ることねーだろうが。
つい泣きそうになったけれど、泣いてる場合じゃない。それに本当に泣きたいのは、私じゃなくてリゲルなんだ。
「よし、とにかく解決策を練ろう。まずは……」
「原因の解明、そして主犯の特定ですね」
ステファニが、私の言葉を先取りする。だが今に限っては、その方が話は早い。
「原因はやっぱり、アレだろうね……」
溜息混じりに、私は言葉を吐いた。あんなものを野放しにした自分の愚かさを呪いながら。
「ええ、そちらはクラティラス様にお任せします。私は生徒会に掛け合い、監視カメラの映像提供を申し出てまいります。その後のことは、また考えましょう」
私が頷いた瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。ランチを食べそこねたけれど、緊張感のおかげか、私にしては珍しく空腹を感じる余裕もなかった。
「ありがとう、ステファニ。私一人だったら、リゲルがいじめられてることにも気付けなかったよ。気付いたとしても考えなしに突撃して、もっと事態を悪化させてたと思う」
部室を出る前に、私は改めてステファニにお礼を述べた。
するとステファニは軽く琥珀色の目を伏せ、躊躇いがちに言葉を発した。
「実は私も……士官学校にいた時、いじめに遭っていたのです。助けてくれる人もなく、どうすることもできず、ただ一人で耐えるばかりでした。その内に私をいじめてもメリットはない、むしろ時間を無駄にするだけだと悟ったようで、いつのまにかいじめはなくなりました。けれどあの頃に受けた仕打ちは、今も忘れられません」
突然の告白に、私は声を失った。
「私はリゲルさんを、何としても助けたい。幸いにも彼女には、私の時とは違って心配してくれる人がおります。いじめられている者にとっては、一人でも味方がいるということは大きな力になるのです。ですから、クラティラス様」
ステファニが私の手を取って、ぐっと握る。私も彼女の手を握り返し、力強く宣言した。
「うん、私達は何があってもリゲルの味方。二人で力を合わせて、必ず彼女を救おう!」
教室に戻ってみると、リゲルの姿はなかった。イリオスに尋ねたところ、具合が悪くなったから帰ると言って早退したそうだ。
ステファニと顔を見合わせて溜息をつく私の耳に、独り言じみた彼の呟きが届いた。
「半端な真似をするくらいなら、余計な手出しは無用。やるからには徹底的に……ですよ?」
見事な曲線を描く美しい横顔に、
そういえば江宮も、一年の頃はクラスメイトのイキリヤンキーによく絡まれていた。ずっと適当に躱してるだけだったのに、ある日突然ブチ切れて……あ、思い出した。そいつ、確か休み時間に江宮の背後からいきなり抱き着いて、耳元で金貸せよって囁いたんだ。
その後の江宮は、とにかく凄まじかった。そいつを背後に突き飛ばしたかと思ったら、机を薙ぎ倒して仰向けに転んだ野郎の顔面目掛けて、自分の椅子を振り下ろしたんだよねー。
本人曰く、当てるつもりは最初からなかったそうで、ギリで椅子の足は相手の顔も体も反れて床に打ち下ろされただけで済んだけど――隣の席にいた私には、本気で殺しにいったように見えた。そのくらい、あの時の江宮は全身から殺意を漲らせていた。
相手は気弱そうな男子を狙って金をせびることで有名なクソ野郎だったから、当時は能天気に『江宮もやる時ゃやるじゃん! いいぞ、正義のヒーロー・オタイガーX!』なんつって称えてたっけ。今ならわかるけど、あれって金がどうとかじゃなくて『触られた』のにムカついて暴走したに違いねーな……接触嫌悪症は前世由来らしいし。
でもまあ、あのくらいやる覚悟でいけって奴なりに鼓舞してくれているんだろう。もうちょいストレートに言えやと思わなくもなくもなくもないけどね。
「おう、任せとけ。何たって私は、正義のヒーロー・レヴァンターXだからね!」
笑顔で胸を叩いてみせると、イリオスはやれやれと肩を落とした。
「生物学的には一応女の子に分類されてるんだから、せめてヒロインって言えないもんですかねぇ。それでも、あなたなら……きっと何とかしてくれる、ような気がしなくもありません」
イリオスも、リゲルのいじめ被害には気付いていたようだ。ステファニと同じで知ったからといって動くに動けず、考えあぐねていたのかもしれない。一応は王子だし、奴が庇うと余計に嫉妬買ってひどいことになりそうだもんね。
だけど、私はやる。考えるだけじゃなくて、ちゃんと行動する。
一人で我慢するしかできなかったステファニ、一人で解決するしかなかった江宮――リゲルは、この二人のようにはさせない。必ず彼女を救って、全力で守ってみせる!
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