腐令嬢、詐欺られる


「解釈違いやジャンル違いで争うのは、また今度にしてください。新入生がせっかくいらしてくれたんですよ? そんなことをしていたら、ますますクラティラスさんと紅薔薇支部の評判が悪くなってしまいます! この部を盛り上げるも衰退させるも、皆様次第なんですからねっ!?」



 リゲルに正論で叱られ、六人はしゅんとなった。


 これはこれで、非常に気まずい空気だ。ここは秘技・イチゴ牛乳を投入するしかない!



「そ、そうだわ。ヴラスタリさん、イチゴ牛乳はお好き? 私達の部では、ケンカをした後は仲直りにイチゴ牛乳を口にするの。良かったら、ご一緒しません?」



 なるべく優しい笑顔を心掛け、私は蒼白して立ち尽くすヴラスタリさんに尋ねた。



「は、はい……大好きです。あの、でも」


「気になさらないで。怖い思いをさせてしまったんですもの、お詫びに、ご馳走させてほしいわ」


「そ、そうではなくて!」



 そこで初めて、ヴラスタリさんは強く声を張り上げた。



「し、失礼ながら…………レヴァンタ様と、二人きりでお話ししたいことがあるのです」


「わ、私と?」



 問い返すと、彼女はしっかりと頷き、眼鏡越しに上目遣いで私を見つめた。



「ご、ご無礼を承知で……お願いできませんか?」


「いけません」



 もちろん、と私が答える前に、すかさずステファニが異を唱え割り入ってきた。



「この学園は、確かに身分関係なく評価される場所です。生徒間でもその校風が反映されておりますし、クラティラス様自身も誰に対しても分け隔てなく接しております。しかし護衛の立場としては、初対面のあなたとクラティラス様を二人きりにさせるわけにはいきません」



 ヴラスタリさんが何か言いたげに口を開きかける。しかしステファニは発言を許さず、畳み掛けるように続けた。



「あなたもご存知の通り、クラティラス様は第三王子殿下の婚約者。この方の身に何かあれば、あなたが責任を問われます。たとえ不慮の事故等で、あなたに非がないとしてもです。その覚悟はおありですか?」



 ステファニの真意を聞くと、ヴラスタリさんはたちまち俯いてしまった。


 そうだよね……たまたま本棚が倒れてきて私が頭を打った、みたいなことが起こったら、ヴラスタリさんが『第三王子殿下の婚約者に危害を加えるために二人きりになった』なんて疑われてしまうかもしれないんだ。


 私は溜息をつき、左手の薬指を見た。そこには、プラチナ製のリングが嵌っている。


 アステリア王家の紋章である虎のモチーフの細工が施されたそれは、イリオスから渋々渡され嫌々受け取った婚約指輪だ。こういう時、実際の質量以上にその重みを実感する。あーあ、王子の婚約者って本当に面倒臭いなー。



「す、すみません……私、そこまで考えてなくて」


「ご理解いただけたのなら、私も同席いたします。私のことは置物だとでも思っていただければ結構。それで良ければ、クラティラス様とお話なさってください。もちろん置物ですから、会話については一切他言いたしません」



 ステファニからの提案に、ヴラスタリさんは再び顔を上げた。漆黒の瞳に迷いが映ったのは一瞬で、彼女はすぐに頷いた。



「はい、是非お願いします!」



 それを確認すると、ステファニはさっと部費から幾らかを取り出してリゲルに手渡した。

 即座にその意味を理解したリゲルは六名の部員に向き直り、笑顔で告げた。



「では皆さん、一緒にイチゴ牛乳を味わいに行きましょっ! 今日は天気が良いから、お外で男子の部活動を眺めながらというのはどうですか?」


「賛成ー!」

「イチゴ牛乳ー!」

「汗輝く男子とイチゴ牛乳で、二倍美味しいー!」



 そしてイチゴ牛乳大好き、妄想はもっと大好きな女子達は、リゲルの後に続いてぞろぞろと部室を出て行った。




「じ、実は私……白百合支部に、入ろうとしていたんです」



 初っ端から、ヴラスタリさんはとんでもない告白をかましてきた。私だけでなく、ステファニも一緒になって軽く仰け反る。


 自分のことは置物だと思えと言っていたのにな? ったく詐欺ファニかよ。



「だったらどうして、紅薔薇に? 同じ部といっても、支部それぞれで活動内容が全く違うんだけど」



 恐る恐る、私は率直な疑問を口にした。


 自分自身も百合物を嗜むので、百合女子に偏見はない。しかし百合好きならば、正反対の路線を行く紅薔薇に来るか? いや来ないだろ。


 となると……イリオス目当てで白百合に行ったはいいものの、門前払いを食らって紅薔薇に狙いを定めた説が浮上する。


 けれどヴラスタリさんは、とてもそんな打算的な行動に出るタイプに見えなかった。なので紅薔薇の門を叩いた理由が、全くわからないのだ。



「わ、私の興味の対象は、女の子同士の友愛というより……それとも、少し違ってて」



 そこでヴラスタリさんは、思い切ったように顔を上げて真っ直ぐに私を見つめた。



「は、はっきり言いますとですね! 私っ、レヴァンタ様みたいになりたいんでぐぬっ!」



 力強く述べた…………かと思ったら、噛んだ。ついでに舌まで噛んだらしく、口を押さえて小さく悶えている。


 アホ可愛いけれど……私みたいになりたいってどういうこっちゃ?



「それはクラティラス様のように、いつでもどこでも何でも、楽しく美味しく地雷なく没頭できる卓越した妄想力がほしい、という意味でしょうか?」



 私が戸惑っている間に、ここでもステファニが我先にと問い返した。置物になることは、捨てファニしたらしい。


 ヴラスタリさんは一つに束ねた髪ごと首をブンブンと横に振り、改めて私に向き直った。



「レヴァンタ様は……美人なのはもちろんですが、それ以上に清く強く逞しい心をお持ちです。私は見ての通り、野暮ったくて垢抜けないけれど……顔や家柄は変えられなくても、レヴァンタ様から人としての在り方を学んで変わりたいんです! 心だけでも、レヴァンタ様みたいに格好良いレディになりたいんです!」



 ウヒョー、マジか!


 これって、お姉様と呼ばせてください案件じゃない? おう、呼べ呼べ! ずっと可愛い妹の存在に飢えておったのじゃーー!!



「あなたはクラティラス様の何を見て、そう感じられたのですか? まだ入学して間もないはずですよね? この私はあなたとクラティラス様と接触なさっているところなど、見かけた覚えはありませんが」



 天まで届けと浮かれる私とは正反対に、ステファニはさらに質問を放った。


 この自称・護衛は元々融通が効かない性格ではあるが、私のこととなるとさらに慎重になるきらいがある。今もヴラスタリさんに注ぐ視線には、警戒心が満ち満ちていた。


 どうせこうなるってわかってたんだから、最初から置物設定なんてしなきゃ良かったのに。

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