腐令嬢、育成に燃ゆ


 ステファニのガン付けに慄きつつも、ヴラスタリさんはおずおずと言葉を発した。



「せ、接触はしておりません。この前、ビラを配布されていた時に、私が一方的にお見かけしたというだけです。その……レヴァンタ様、クロノ様に対してちょっと……不躾な発言をなされましたよね? あの日です」


「え、ええ。覚えているわ」



 頷きながら、私は軽く戸惑った。


 女子には敵視されて当然といった悪役令嬢らしい言動だったと思うんだけど……あれのどこにお姉様と崇拝したくなる要素があったんだ? もしや前にクロノに口説かれ捨てられでもして、恨みを持ってて、ざまぁ代行してもらえたと感じたとか?



「あれって、副部長でいらっしゃるトゥリアン先輩をお守りするためですよね? レヴァンタ様があそこで自らを犠牲にして注意を引かなければ、トゥリアン先輩は大変な目に遭っていたと思うんです」


「えっ、ウソ!? わかってくれたの!?」



 思わず大きな声を上げて身を乗り出すと、ヴラスタリさんの眼鏡の奥の瞳が初めて柔らかに解けた。



「はい。それを見て、素敵な人だなぁと感動したんです」


「うわあ、嬉しい! ありがとう、ヴラスタリさん!」



 勢いに任せてヴラスタリさんの小さな手を握り、私は感謝の思いを伝えた。すると、隣のステファニがたちまち不機嫌になっていく。表情こそ変わらないけれど、二年も一緒に過ごしていればそのくらい空気でわかるのだ。



「ふんだ、私だってそのくらい理解しておりましたよ。口に出すのも野暮だと思って、言わなかっただけです。私の方が、クラティラス様を理解しております」



 ほらね、拗ねファニになっちゃった。後輩相手に張り合うとは、めんどくせーやっちゃなあ。



「はいはい、ステファニもありがとね。いつも助けられてるよ。ステファニがいなかったら朝は遅刻ばかりだっただろうし、赤点だらけで落第してたかもしれないし、部の方でもお世話になりっ放しだもんね」



 仕方ないのでステファニの手も一緒に握り、改めてお礼を述べる。


 ステファニは相変わらずの鉄仮面で、わかりゃいいんですといった風を装っていたけれど、ほんのり口角が上がったのを私は見逃さなかった。ステファニって、何だかんだで可愛いんだよね〜。



 しかし、今はステファニに萌えるよりヴラスタリさんだ。



「ところでヴラスタリさん、部活はどうする? 白百合は乙女の友愛がどうとか銘打って、本当は女の子同士のイチャイチャを妄想する部なんだけど、やっぱりそっちの方が良いの?」



 ヴラスタリさんは困ったように眉を寄せて、苦笑いした。



「それが……白百合の面接時に、イリオス様に『レヴァンタ様のような素敵なレディを目指したい』と正直に志望動機をお話ししたら、驚くほどドン引きされて。そこからすぐに追い出されてしまったんです」



 腹立だしいことに、奴がどんな顔をしたのか、容易に想像がつく。あの野郎、今度こっそりノートの表紙全部に全画力投入して臭い立つようなウン○チの絵を描いてくれるわ!



「でも、紅薔薇もあなたに合っているとは思えないわ。この部では、ひたすら殿方の絡みを妄想するのよ? おまけにさっきのような諍いも絶えないし……」


「レヴァンタ様のお側にいられるなら、頑張ります! 殿方同士というのは想像したことがありませんけれど……夢見がちだとよく言われるので、妄想は得意です!」



 大きな懸念を口にするも、ヴラスタリさんは真剣に食い下がってくる。



 はて、どうしたものか?


 BLに興味がないだけならまだしも、彼女は百合でもなく『理想のお姉様』を求めている。そんな子が、この部でうまくやっていけるんだろうか? どうにかして、彼女も楽しめるようにしてあげたいけれど……。



「慣れない内は、単体萌えから始めてみると良いのでは? クラティラス様御本人で妄想するなら部のルールに接触しますが、男体化させてしまえば問題ないでしょう。そこからリコさんのように夢主に自己投影し、妄想が捗るようになれば彼女も紅薔薇の気風に馴染んでいけるはずです。モブでも男を登場させることは許さず、エロはおろかキスも全面禁止と戒律の厳しい白百合と違い、我が部ではノマ夢もギリでアリですから」



 悩む私に、横からステファニが新人育成のために適切なアドバイスをしてくれた。


 なるほど! 単体萌えやノマ夢ならBL初心者に易しいし、それならいけるかも。


 初めてステファニがこの場にいてくれて良かったと思ったぞ!



 それからステファニは、ヴラスタリさんに顔を寄せて彼女の手を取った。



「ヴラスタリさん、クラティラス様を男体化させたクラティオス様は私もたまに妄想させていただいております。主に狂った腐男子という設定の三枚目親友ポジで活躍しておりますが、単体でのアクが強いため絵面のエグみが五割増しになるものの、私の推しであるイリ✕エミ、エミ✕イリを始め、どのカプの恋も不器用ながら懸命に応援してくださる男の中の男です。クラティオス様の妄想については、私が手取り足取り指南いたします。主役を張るには個性の濃度が高すぎて、攻め受けの属性を判別するどころではなく、お前がBLやるってか? クソワロタンバリンシャンシャ〜ン! なキャラですが、共にドチャシコなぶちおか設定を練りましょう」


「クソワロ……? ドチャ……? ぶち……? よ、よくわかりませんけれど、どどどどうぞ、よろしくお願いしまぬごぐむっ!」



 ドーリー美人な先輩に至近距離に迫られて焦ったのか、ヴラスタリさんは顔を真っ赤にしてまた噛んだ。この分じゃ、クラティオスからステファニを男体化させたスティーブンにとっとと鞍替えしそうだなぁ。


 にしても……私の男体化はクソワロタンバリンシャンシャンですか、そうですか。


 ステファニ、てめー覚えてろよ? クラティオスによるイリオスNTR絵描いて、泣かせてやるからな?



 こうして我が部に、待望の可愛い後輩が誕生した。


 我々が全員で一から育成する、ゲームでいえば裸装備のみの状態で現れたまっさらな子。彼女をどこに出しても恥ずかしくない立派な腐女子にするために、先輩として精一杯頑張らなくちゃ!



 あ? クロノ?



 あんなの知らないよ。相変わらずリゲルにばかりすり寄って、隙あらば二人きりになろうとするんだもん。恋愛禁止だっつってんのに、見えまくりの矢印で刺し倒すから、リゲルの笑顔も引き攣るようになってきたし。




 ――――しかしこの時、私はクロノの扱いをもっと慎重に考慮すべきだったのだ。


 仮にも彼は第二王子。学園では平等を謳っているけれども、人の見る目も彼の地位も変わらない。

 クロノ・パンセス・アステリアは第一王子殿下であるディアス・ダンデリオ・アステリアに次いで王位継承順位二位を保持する、アステリア王国における重要人物なのだ。


 クロノがあまりにもチャラくて、あまりにも無邪気で、あまりにもそこらへんの生徒達と変わらないから――私は、そんな大切なことをうっかり失念していた。



 そして後に、どうして早く手を打たなかったのかと、己の浅はかさを大きく悔やむこととなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る