腐令嬢、苛立つ


「ウソ……本物のイリオス様だわ!」

「イリオス・オルフィディ・アステリア殿下よ!」

「第三王子殿下をこんなに間近で見られるなんて、夢みたい!!」



 騒ぎを聞きつけた他の女子達も、こぞってそちらに釘付けとなるものだから、チラシ配りどころではなくなってしまった。私達が入学して間もない頃も、こんな状態だったっけねぇ……どうせすぐに見飽きるのに。


 と思ったら、私なんかよりクソほど目にしてきたはずのステファニも一緒になって奴に熱視線を送ってるではないか。三年も側近やって、さらには中学でも同じクラスで一年過ごしてきたってのに……アホなのか、こいつは。


 いや、逆に考えよう。いつまでも一つの対象に萌え続けられるって、素晴らしいことじゃない。私だって、いまだに初恋の壇上だんじょう神之臣かむのしん様を忘れられないもの。もちろん、東鷺城ひがしさぎしろ雪之丞ゆきのじょうとのカプとセットで。


 そうして前世から愛するBLカプの妄想に心奪われている間に、奴は真っ直ぐこちらへとやってきた。


 女子生徒達の熱い眼差しを受けながら、淡雪のように舞い散る花吹雪をエフェクトに近付いてきたるは、王子の名に相応しい気品と美貌を兼ね備えた絶世の美少年。

 春の陽射しに透け輝く銀色の髪、妖しい色気を漂わせる紅の瞳――くちびるの形に鼻の高さに輪郭、指先から足先、髪の跳ね具合のバランスに至るまで『この世界の創造主』によって計算され尽くして生まれた存在。



 それが彼、イリオス・オルフィディ・アステリアなのである。



「クラティラスさん、大変そうですねぇ。よろしければ、お手伝いしましょうか?」



 私の元に到着すると、奴はアステリア王国の女子なら一目で堕ちる兵器のような麗しい笑顔、通称イリオスマイルで話しかけてきた。



「いいえ、結構。イリオスは今日も面接で忙しかったのでしょう? 私のことは気にせず、どうぞお帰りになって?」



 引き攣りそうになりながらも、私は必死で令嬢らしい微笑みを保って答えた。簡単に訳すと、余計なお世話じゃクソボケとっとと失せろ、だ。



「そうですねぇ、今日もたくさんの入部希望者が部室に詰めかけてきましたから。しかし残念ながら、まだ面接を突破できた者は一人もいないんです。全く、困ったものですよ」



 そう言いながらも、イリオスはニヤニヤしている。


 明らかに一人も希望者がいない私の部に対する当てつけですよね? あーあ、こいつにピンポイントで隕石落ちてこねーかなー。地面の奥底にめり込んで、二度と見えなくなってしまえばいいのになー。



「あらー、そーなのー。あんなに大勢の希望者がいらっしゃったのに、白百合支部は厳しいのねー。私は見ての通り暇じゃないので、ごきげんようお達者でさようならですわー」



 どうせ部室にいたら自分目当ての新入生共が見学と称してイリオス王子観賞会を開催するし、そんな奴らでもいちいち面接しなきゃなんねーからストレスが溜まって、八つ当たりに私をからかいに来たんだろう。


 あームカつく! オラ隕石、今だ! こいつの頭にカモンヌ!



「そう冷たくしないでください。僕達は、婚約者同士ではありませんか。せっかく同じ学園にいるのですから、せめてその間くらいはクラティラスさんのお側にいたいのです。僕の気持ちは、ご迷惑ですか?」



 背を向けようとした私に、イリオスは悲しげに表情を曇らせるという卑怯な技を繰り出してきた。


 女子生徒達の視線が、嫉妬を帯びて剣呑なものへと変わる。


 この野郎、心にもないことを抜かしくさりよって! というか、初等部の子どもにも負けるレベルの演技力だった去年に比べて随分と芝居がうまくなったな!? おかげで皆、騙されとるやないか! ただでさえ希望者がいなくて困ってるってのに、何さらしてくれよるんじゃ!!


 もう隠すこともできなくなって、憎悪に満ちた目で睨み付けようとしたら――ここへさらに面倒臭い奴が現れた。



「あ、いたいたー! リゲルちゃーん! ファニーちゃーん! ララちゃーん!」



 その声を聞くや、全身から血の気が引いた。


 その災厄は昇降口とは反対側、正門から手を振りながら駆け寄ってきた。


 時代の先を行き過ぎて迷子になっていた髪色は、弟と揃いの地毛の銀に戻したらしい。南国の海を思わせる深く澄んだ碧の瞳がキラキラ輝く様は、まさに好奇心旺盛な猫といった感じで可愛げはあるものの、獲物を狙い定める野性的な雰囲気を孕んでいる。


 奴まで現れると、集まっていた生徒達は声を上げることも忘れて呆然と見つめるだけとなった。



 何故ならこのアホそうなチャラ男は、高等部に入学したばかりのイリオスの兄――――クロノ・パンセス・アステリア第二王子殿下でいらっしゃるのだから。



「ララちゃんって呼ぶのやめてくださーい。何しに来たんですかー?」



 ここまでくると令嬢らしく振る舞うのも嫌になって、私は適当極まりない問いを口にした。一応の仕方なしに、チラシもついでに渡す。



「部室に行ったら、ここだって聞いて! 途中で迷っちゃって、一旦高等部に戻って女の子達と喋ってたら、また忘れちゃってさー。遅くなって、ゴメ〜ンにょん?」


「キモッ」



 私より先に率直な感想を吐き出したのは、ファニーちゃん呼ばわりされているステファニだ。


 イリオスの側近として王宮にいた三年間、こいつには大層不快な思いをさせられたんだろう。普段は滅多なことじゃ感情をあらわにしないステファニが、見るからに『隕石はまだか、早くこいつを地の底へ沈めてたもれ!』とでも言いたげに嫌悪感剥き出しにして顔を歪めてるもん。



「クロノ様、クラティラスさんに何か用があったんですか? わざわざ部室にまで探しに行くなんて」



 ステファニと二人で静かに隕石の落下を願っていると、無言で放置されているクロノ様を可哀想に思ったらしく、リゲルが可愛らしく小首を傾げて尋ねた。



「えへへ……実はねっ、『花園の宴 紅薔薇支部』に入部したくてっ。この学校に合格したら、この部に必ず入るって決めてたんだぁ」


 へにょんと蕩けた笑顔で、クロノ様が答える。



 うっわぁ……。



 私とステファニは、何とも言い難い表情で顔を見合わせた。

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