腐令嬢、竦む


 新入部員は、とてもほしい。BLを楽しむことを目的とした部だけれど、男子だって大歓迎だ。何なら我が家の執事アズィムも、齢六十にしてBLに目覚めた腐男子だもん。


 でもなぁ、クロノ様はちょっとなぁ……。


 私達が初めて手掛けたBL本を読んで面白いと言ってくれたし、部で製作した用語集も網羅したそうだから知識もバッチリだし、彼が入部することで他の男子も呼び込みやすくなるとは思うんだけど…………何分、性格に難がありすぎて。


 実はこの男、王子の品格とやらはどこへ捨ててきたと問いたくなるほどチャラい。昨年まで留学していた隣国プラニティ公国では数々の浮名を流し、老若男女人外モンスター問わず好き嫌いなく食べ尽くすと悪名高いヤリチソのパリピ野郎なのだ。


 今のところ、我が部には女子しかいない。彼女達に手を出すのではないかと心配だというのもある。



 けれど、それ以上に不安なことがあって。



「リゲルちゃあん、お願いっ! 副部長の権限で、ララちゃんを説得してもらえないかな?」



 私の様子から厳しいと察したらしく、クロノ様はリゲルに懇願した。おいコラ、手まで握ってんじゃねーよ!


 これが大きな不安の種。

 どうもクロノ様は、リゲルにご執心みたいなのだ。


 個人的に『BLについて教わりたい』っつって呼び出しては何度か二人きりで会ってたらしいの。でも、ヤリチソのパリピのくせしてリゲルには全く手出ししなかったそうな。


 彼が留学先からアステリア王国に戻って、半年ほど経つ。なのに浮いた噂一つ流れないのは、国王陛下に釘を刺されて大人しくしているのでもなければヤリ散らかしても綺麗に後始末してもらっているのでもなく、リゲルに本気で恋したからなんじゃないか、と思うんだよね。



「えーと……そこは部長判断ですから。ご自分の口で、熱意を説明された方が良いと思いますよ?」



 ごもっともな返答を吐くと、リゲルは俯いた。女子達の突き刺すような目に耐えられなくなったんだろう。


 私は誰かさんが婚約者なんてもんに仕立てやがりくださったせいで慣れてるし、性格的にも凹むよりやり返す質だから平気だけど、普通の女の子にはキツいよな。



「リゲルの言う通りですわ。クロノ様、本気で入部したいのなら私におっしゃってくださる? それとも、ご自分の力では何もできないのかしら? 第二王子殿下ともあろう御方が、誰かに頼らねば部活に入部することもできないなんて……全く、お笑いですわね!」



 なのでリゲルを守るために自分にヘイトを向けるべく、私はわざとクロノ様を貶めるような発言をぶちかました。春休みの間に練習して悪どさを増したオホホ高笑い、とくと食らうがいい!


 するとクロノ様はリゲルの手を離し、こちらに向かってきた。


 その顔からは、笑みが消えている。初めて見る、クロノ様の真顔だ。



 あ、これ、やっちゃった感じ? 度が過ぎて、怒らせた……みたいな!?



 こうしてチャラさが抜けると、やっぱりさすがは王子様といいますか……怖い。

 イリオスにはマジでガチギレされたことあるし、第一王子殿下のディアス様も初対面では凄んできたし、両方すんげー怖かったけど…………クロノ様はごめん、ちょっとなめてた。怒らなさそうなキャラが怒ると、怖さが倍増する。


 猫みたいに愛嬌のある美形が、今は獰猛な肉食獣に見えるよ…………うわぁ、顔寄せてきた! 怖い怖い怖い! 頼むから食い殺すのだけは勘弁して!



 目を見開いたまま恐怖で固まっていたら――――クロノ様の口元が動いた。



「…………ララちゃん」

「ひっ!? はいぃ!?」



 齧られるかと思って身構えていたのに、そのくちびるはやけに穏やかな調子で私に勝手に付けたあだ名を呼んだ。



「…………かぁっこいい! すっげー、超強めな令嬢様って感じで見惚れちゃったよう! ララちゃんって、こんな一面もあったんだー。仏頂面で睨んでるか、素っ気なくあしらうか、暴れるか怒ってるか焦ってるか、そんなとこしか見たことなかったから、感動したっ!」



 は、はあ?


 私がいつ睨んで素っ気なくして、暴れて怒って焦って…………ましたね、はい。一度会ったきりだけど、ろくな対応してませんでした。誠に申し訳ない。



「いーなー、イリオス。こんなララちゃんを、影でこっそりデレさせてるんだろ〜ぉ? 俺、こういう子、一回も落としたことないんだよなぁ……はぁ、マジ羨まなんですけどぉ?」


「そんなことナイデスヨー。ワー、ソーナンデスカー。ソーデスカ、ソーデスカー」



 クロノ様の登場から息を潜め、空気と化していたイリオスが、雑な相槌を返す。しかし弟の白けた反応など気にもしてないようで、クロノ様はひとしきりブーブーと文句を垂れてから、再び私に至近距離で迫ってきた。



「ねー、ララちゃん。一緒に部活させて? 何でも言うこと聞くから。これからはちゃんとクラティラスって呼ぶから。俺のこともクロノって呼んでいいから。敬語もいらないから。お友達になろ? ねっ!?」



 救いを求めてイリオスを見遣れば、奴はさっと目を逸らした。


 わかりやすいほどの、知りません関係ありません関わりたくありませんアピールだ。本当にクソほど役に立たねー奴だな!



「わ、わかりました……」



 ぐいぐい顔を近付けてくるクロノ様から、必死に首を背け後退して距離を取りながら私は小さく答えた。



「やったー! ララちゃん……じゃなくてクラティラス、ありがとーっ!」



 歓喜の声を上げて、クロノ様が飛び上がる。いきなり呼び捨てかよ……まあ、ララちゃんよりはマシか。



「で、でも、王子殿下であろうとルールは守っていただくわよ! まずウチの部では恋愛禁止ですから、それをお忘れないように!」



 ビシッと指を突きつけ、私は今思い付いたばかりの新ルールを告げた。


 こう宣言しておけばリゲルへの牽制にもなるし、クロノ様目当ての女子も来ないだろう。イリオスの部活の二の舞は演じたくないからね。



「えっ!? そうなの!?」

「そんなんですか?」

「そうでしたか?」



 クロノ様に続き、リゲルとステファニも首を傾げる。


 ここは空気読んで合わせろやあ!



「そ、そうよ。今まで女子ばかりだったから、わざわざ注意する必要もないかなと思って言わなかっただけで……」


「異議あり! それは偏見ですぞ!」



 …………はい、出たよ。空気読めない世界代表が。


 空気になったまま静かにしときゃ良かったのに、空気読めない奴シリーズのラストを飾りに満を持しての登場ってか? 勉強はできるのにバカって、こういう奴のことをいうんだろうなー。

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