アステリア学園中等部二年
部員争奪戦
腐令嬢、配布す
淡く色付いた薄紅の花弁が、柔らかな春風に乗って軽やかに舞い踊る。その姿はまるで、物言えぬ身でもってして、新たな門出を迎える者達を優しく言祝いでいるかのように見えた。
散り始めた桜吹雪に彩られる中等部の校門の内側にて――そのパステルカラーとは正反対に、青みがかった長い黒髪と冷たく切れ上がるアイスブルーの瞳がいかにも『悪役』といった女は、しかしその印象を少しでも和らげようと必死に笑顔を作りながら、せっせと手作りのビラを配り歩いていた。
「『花園の宴 紅薔薇支部』でーす! 紳士の魅力について語り合う楽しい部活でーす! よろしくお願いしまーす!」
私以外にも、たくさんの生徒達が昇降口から出てくる新入生を待ち構えて声をかけている。それに負けないよう、私も腹筋を駆使して声を張り上げ、我が部活の存在をアピールした。
それにしても、新入生って全身から初々しさが溢れ出ているからわかりやすいなー。私も去年はあんなだったのかな? 眩しくて眩しくて、拝んでしまいたくなるほど煌めいているよ……!
「クラティラスさん、ぼんやりしてる暇はありませんよ。部長がノルマを達成できないと、昨日頑張ってくれた部員の皆様に申し訳が立たないんですからねっ?」
シャイニング新入生オーラにやられて蹌踉めいた私に、紅薔薇支部副部長のリゲル・トゥリアンが容赦ない言葉を浴びせてくる。こちらは私とは真逆で、桜の花がよく似合う守ってあげたい系の美少女だ。
ふんわりと柔らかなブラウンベージュのボブヘアに黄金の大きな瞳、そして華奢な身体とどこを取っても可愛さ炸裂。
この花吹雪は、リゲルの可愛さを引き立てるために天が降らしてる舞台装置なんじゃねーかと思うくらいだ。はー、可愛い。怒った顔も可愛い。呆れた顔も可愛い。可愛いったら可愛い。
「もー、ステファニさんからも言ってくださいよぅ! クラティラスさんってば、また妄想の世界に入り込んでしまったみたいなんですっ! あたしだってこの桜を舞台にいろいろと妄想し倒したいのに、ズルいですっ!」
リゲルに助けを求められ、機械的な動作でチラシを配る手を止めて振り向いたのは、これまた極上の美少女。ギブソンタックにまとめた赤い髪の下から、静かにこちらを見る様は琥珀の瞳はまるでお人形さんのようで、整いすぎてて怖い。
彼女は我らが紅薔薇支部の会計書記、ステファニ・リリオン。ついでに自称、私のボディガードでもある。
「クラティラス様、お疲れになったのでしたらこの私にお任せして、どうぞお休みください。百部くらい、一人で余裕です。全新入生に配布し尽くします」
機械音声のように淡々と告げると、ステファニはさらにスピードを上げてビラをシュバババと配り始めた。ここまでくると、ビラ配りマッシーンである。
高速なのは良いけど、新入生は明らかに怯えてるよね? これじゃアカンて!
「だ、大丈夫よ。疲れてなんかないわ。ただ新入生の皆に去年の自分を重ねて、物思いに耽っていただけ。私達もあんな感じだったのかなぁって」
そう言って無理矢理に微笑み、私は新入生に向けて声掛けしながら再びチラシを配り始めた。
私が描いたイケメンの二次イラストの効果もあって、チラシの反応はまずまずといったところ。なのに、まだ部室訪問には一人も来ていない。昨年新たに設立した新部活動だから、知名度が低いせいもあるのだろう。
アステリア学園中等部の入学式から早一週間。新一年生は、今月末までに入部する部活を決めねばならない。
リミットは残り二週間ほど、それまでに一人でもいいから入部希望者を獲得したいよ! 可愛い後輩、カモーンヌ!!
「……あら、あちらの方は、もしかしてレヴァンタ一爵令嬢のクラティラス・レヴァンタ様じゃありません?」
「まあ、あの方が? さすが『第三王子殿下のご婚約者』に選ばれただけあって美人ねぇ……」
ふと聞こえてたのは、私についての噂話。小声ではあったけれど、都合の良いことだけは聞き逃さないと有名な私の耳にはしっかり入ってきた。
やーだー、照ーれーるー。私ってば、そんなに美人? 美しすぎて注目集めちゃってる感じ?
ンフフ、もっと褒めてくれていいけれど、できたら王子のことは抜きにしてほしいな。この顔はお父様とお母様から賜ったものであって、あのクソ野郎にゃ細胞一片たりとも関わりはないので。
しかし、上機嫌でいられたのは一瞬だった。
「でも……意地悪そうな顔してるわよね?」
「そうね……美人だけど、ものすごく性格悪そう」
「イジメ最高、イビリ上等、リンチ大好物って雰囲気ね……」
…………な、ん、だ、とぉぉぉ?
聞こえてないと思って、ないことないこと好き放題言いやがって!
言いがかりにも程がある悪口を抜かしよったのはどこのどいつだと睨む前に、隣にいたステファニがゆらぁりと不穏な動作で振り向いた。
「クラティラス様を誹謗中傷した者を発見しました。新入生と思われる女子三名です。暫しお待ちください、即座に始末してまいります」
「ちょステファニ、待って待って待って! いいからいいからいいから! そんなことしたら、イリオスにも迷惑かかるよ!?」
慌てて私はステファニの暴挙を止めようとした。が、ステファニはとんでもないバカ力で、腕を掴んだ私ごと引きずっていく。
「そんなヘマはしません。証拠一つ痕跡一つ残さず消してみせますとも」
「ダメダメダメだって! リゲル、お願い! 一緒にステファニを止めて! 花吹雪が血飛沫になるーー!」
「ほぇ?」
私が叫ぶと、夢現で桜の木を見上げていたリゲルがやっとこちらを向いた。
「あ、すみません。桜の木の精である攻めに花吹雪で拐われてアンなことヤンなことをされ、桃色のベールに見え隠れする切なげでドエロい受けの表情を妄想してました。何か用ですか?」
「何それ、美味しい! この春最高のチラリズムの美学!」
素晴らしい腐妄想に我を忘れたのは、私だけではなかった。
「どれ、私もセメミヤ様とウケオス様で妄想してみましょう…………こ、これは美味です! さて、セメオス様とウケミヤ様ではどうでしょうか…………こ、これも極上です! 攻め萌えと受け萌えの素晴らしいマリアージュです!!」
無表情のまま、ステファニが萌えを叫ぶ。
良かった、リゲルが妄想に引きずり込んでくれたおかげで、ステファニの暴走は食い止められたようだ。さすがはリゲル、腐ってもこの世界の『正ヒロイン兼聖女』である!
気を取り直し、三人でまたチラシ配りを再開すると――――昇降口の辺りから甲高い歓声が上がった。
恐らく、声を上げたのは新入生の女子達。
そしてそれはきっと『遠目に見るしかできなかった憧れの存在』を目の当たりにしたせいだろう。
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