腐令嬢、祝い返される


 過去最低を叩き出した試験の結果は、見事に成績表に反映された。あまりのひどさに進級すら危ぶまれたけれど、泣きながら追試を繰り返し、さらに山程の課題提出をクリアしたおかげで、私は何とかギリギリといったところで二年生になれることが決まった。


 もちろん、お父様とお母様にはクラティラス人生最大級といったレベルで叱られましたよ。その上、またもや両親に泣き付かれたステファニによって、楽しいはずの春休みはみっちりと勉強の予定が詰め込まれてしまいましたとさ。



 しかし一日だけ、勉強地獄から解放される日があった。



「え……何これ?」


「イリオス殿下お手製のティアラです。一つ一つの紙には、クラスメイト達から寄せ書きをいただいております」



 焦る私の頭に、ステファニが木枠から蔦やら草やら紙やらが短冊みたいにワサーっと垂れた訳のわからないものを被せる。


 いやいやいや、ティアラって何か繊細で綺麗な被り物だよね?


 これ違う、ティアラ違う。


 おちゃらけすぎて有り難さ皆無な、呪いのしめ縄リースやんけ! 最早、被り物ですらねーよ!



「こちらも、イリオス様のお手製だそうですよ……ぶふっ。これはヒドッ……いえ、一つしかない、オリジナル、ですね……ンフッ!」



 凍り付く私に、リゲルが笑いを堪えながら麻袋の底と両脇に穴を開けただけのお粗末にも程がある衣服未満のものを着せる。


 こちらには、『花園の宴』の全員からいただいたお祝いコメントが色とりどりの折り紙に書かれ、適当極まりないバランスで全体に留められていた。



 恐る恐るイリオスを見遣れば、美しい銀髪の隙間からこの上なく楽しそうに輝く紅の瞳が迎え撃つ。



「さあ、このタスキを掛けていただければ完成です。お誕生日おめでとうございます、クラティラスさん。いえ、今日は一日『ハッピーバースディラス』さんと呼んでいただきましょう。街の皆様にもね!」


「ま、街の皆様!? ちょっと待って! どういう……」


「では参りましょう。クラスの皆様と、花園の宴のメンバー達全員を呼んでおりますので」



 戸惑う私に『★本日お誕生日★一日ハッピーバースディラスに改名します★』と大きく書かれたタスキを素早く装着したステファニが、ぐいぐい背を押す。



「あたしのオススメの焼肉食べ放題店で、これからお誕生日会するんですよ。イリオス様がこっそり予約して、全員分のお金も出してくださったんです〜!」



 ついでにリゲルも、困惑する私の手を引く。黄金の目は既に、無残な姿にされた私など映しておらず、逸る食欲に恍惚としていた。



「天気も良いことですし、歩いて向かいましょう。大丈夫、お疲れになられたら用意した台車に乗っていただきますから。もちろん、僕が押しますよ。通り過ぎる皆様にも、お祝いしてもらいながらゆっくり行こうと考えておりますので。さあ、クラティラスさん、手を。僕がどこまでもエスコートします」



 優雅に差し出されたのは、白い手袋を纏ったいつもより大きな手。ダンスの時と同じく、内側に何枚も手袋を重ねて完全防御しているに違いない。


 おまけにこの野郎、今日に限っていかにも王子ですといった銀刺繍の白のジュストコールに赤のマントで着てきてやがる。


 こいつがこんな大層なカッコしてきたのは、私の誕生日を祝うためなんかじゃない。わざと注目を集めて、ダセェのズンドコに叩き落とされた私を晒し者にして嫌がらせをするためだ。



 少し跳ねて鋭利なラインを描く銀の髪に、ミステリアスな紅の瞳。形作るパーツの一つ一つが洗練された彼は今、誰の目に見ても憧れの王子様。


 ついでに護衛達も王国軍の礼装スタイルでバシッと決めてきているので、さぞ人目を引くことであろう。



「サプラーイズ! ハッピーバースディラスさん、十三歳のお誕生日、おめでとうございまーす!!」



 呆然とする私の手を取り、イリオス第三王子殿下はこの世界最高の造形美を誇るお顔に、オタイガー特有の嫌味に満ちた、腹立つことこの上ない笑みをいっぱいに浮かべて宣言した。



 お誕生日の仕返しは、お誕生日で――誠に江宮えみやらしい作戦である。


 王子様だろうがイケメンだろうが、私にとってこいつは今も昔も変わらず敵だ! エネミーだ!



 プラチナで飾ろうとも、ウン○チはウ○ンチなんだ!!




「こんの……クソ野郎があああああ!!」




 蕾綻び始めた花に彩られたレヴァンタ家の玄関口を突き抜け、三月の終わりの麗らかな空に向かって私の絶叫が轟いた――。




 倍にしてやり返されたのは、正直とても悔しい。悔しいし悔しいし、悔しいったらない!


 だけど、こんなクソ野郎なんかに負けてたまるかっつーの!!


 まだまだこれからだ。猶予は、五年ある。死亡フラグが折れればいいけど、折れなくたって、私は私であることを変えるつもりはない。



 だから覚えてろよ……イリオス・オルフィディ・アステリア、いいや、江宮えみや大河たいが



 死ぬまでに必ず、お前をBLで萌えさせてやる!


 そしてこの世界に、BLという新たなジャンルを確立するのだ!!




 何もかもが新鮮で、いろんな人々と出会い、様々な経験をしたアステリア学園中等部一年はこうして修了した。


 二年生には、どんな日々が待っているのか。どうやって仲間を増やしてやろうか。


 期待と闘志に胸を膨らませながら、私は顔面洗濯バサミ地獄勉強責めの合間に、BLイラスト絵の練習、そしていつか使うかもしれないと我が必殺技・オホホ高笑いの鍛錬に励み、残りの春休みを過ごした。






【中等部一年生編】了



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