腐令嬢、仲間を得る


「ディアス様! ご卒業、おめでとうございます!」



 まずはアフェルナ様が、お祝いの花束をお渡しする。その時だけはディアス様の棒化が解け、私の目にも輝くばかりの美貌が捉えられた。


 心から愛し合うお二人が、互いを慈しむように微笑みを交わす姿は素敵の一言に尽きる。美しいながらもどこか冷ややかで、氷の貴公子とあだ名されるディアス様の張り詰めた空気が、あたたかなアフェルナ様に触れることで柔らかに溶けていくようで……不覚にも感動してホロリとしてしまったよ。


 が、感動も束の間。


 代わってイリオスが進み出ると、銀髪紫瞳の麗しき氷の貴公子は再び801棒に変化した。



 一気に興味を失って白けていると、アフェルナ様が私の耳元に小さな声で囁きかけてきた。



「あの……ディアス様との『交換日記』は今日で終わりになりますが、できたらお手紙という形で続けてあげてくださいませんか? ディアス様からお出しになるといろいろとうるさいので、差出人は私の名前にしますから……お願いできません?」



 何と! 秘密の交換日記の存在まで知っておられましたか!!


 ディアス様にとって、アフェルナ様は本当に心から信頼できる大切な相手のようだ。誰にも言えなかった弟の萌え語りを話せるくらいに。



「わかりました。何たって、可愛い可愛いイリオスたんのことが気になって気になって仕方ないようですからね」


「ええ、助かりますわ。可愛い可愛いイリオスたんのことを、これからもいろいろと教えてさしあげてください」



 ひっそりと、私とアフェルナ様は顔を見合わせて笑い合った。



「ク、クラティラスくん……その、ありがとう。君にはいろいろと世話になったな」



 イリオスの後に、私もディアス様に花束を手渡した。すると棒化した殿下がへにょりと萎え、申し訳なさそうな声を漏らす。



「いいえー、ディアス様には大変お世話になりましたから。あ、そうそう。アフェルナ様とすごく気が合ってですねー、これから『文通』することになったんですよー。私達、きっといいお友達になれると思うんです」



 後ろに控えるアフェルナ様を見遣り、私は軽くウィンクしてみせた。



「そ、そうか! これからも仲良くしてくれるか! 本当にありがとう、クラティラスくん!」



 途端に、たちまちディアス棒は隆々とおっき……いや、いきり立ち……いやいや、元気に……もう何と表現しても卑猥になるから割愛するけど、とにかく意気揚々とした声で私に答えた。


 見えなかったけど、多分いい笑顔してたと思う。



 ディアス様が卒業写真を撮影している間に、私は今一度アフェルナ様に声をかけた。



「良かったら、アフェルナ様にもお手紙を書いてよろしいでしょうか? 良いお友達になれそうだと思ったのは、嘘ではありませんから。私、アフェルナ様ともっとたくさんお話ししたいです」



 ここで初めて、アフェルナ様は戸惑った表情を見せた。



「そう申されましても……私と仲良くしたところで、何のメリットもございませんよ? 王太子の婚約者という身ではありますが、ご存知のように、私はレヴァンタ家になど足元も及ばぬ貧乏五爵家の者。貴族の中でも最下層で、裕福な庶民の方が豊かな暮らしをしているくらいの身分です。見ての通り、取り立てて器量が良いわけでも頭脳に長けているわけでもありません。ですから、息子の選んだ人だからと寛容に受け入れてくださった国王陛下はさておき、王妃陛下を始め、王家に関わる者の多くに疎まれております。むしろ私と親しくなることは、クラティラス様にとってマイナスになりますわ」



 次期王太子妃として、これまでにも媚びへつらって近付いてきたくせに期待外れだったといって離れていった者がいたのかもしれない。アフェルナ様の口調は、ひどく冷めていた。


 けれど私はそれをへっと鼻で笑い、今度はこちらから近付いて彼女の両手を握った。



「私は、自分が仲良くしたい人と仲良くするだけですわ。マイナスだとかプラスだとか、そんなもの気にしません。何を言われたって平気よ。だって、風に煽られてカサカサ抜かしてるだけのゴミですもの」



 アフェルナ様は一瞬ぽかんとしたものの、すぐに口元を緩めた。



「クラティラス様って、面白い方なのね。一爵家の令嬢といったら、おしとやかでおとなしいだけか、高慢で鼻持ちならないか、どちらかだと思っていたのに。でも良かった……おかげであなたのことは、潰さずに済みそうだわ」



 すると、これまでのゆるふわスマイルが一転。彼女は穏やかな顔立ちからは想像もできないほど、邪悪な笑みを口元に湛えてみせた。



「私のことは、これからアフェルナと気軽に呼んでちょうだい。どうぞよろしく、クラティラス・レヴァンタ一爵令嬢様」



 強く手を握り返され、軽く気圧されながらも私は負けじと悪役令嬢笑いで応じた。



「あら、一爵令嬢には二種類のタイプしかいないと思ってらしたの? 偏見もいいところですわ。未来の王妃陛下になられるのですから、もっと知見を広げるべきよ。何でしたら、私がアフェルナのお手伝いしてさしあげましょうか? 手間をかけて潰すより、そちらの方が有用でしてよ? そうそう、私もクラティラスで構いませんわ。様を付けると、舌を噛みそうになる名前ですので」



 睨み合いの時間は、ほんの僅かだった。我々はすぐに吹き出し、それから改めて手を握り合うと、さらなる友好の育成を約束し合った。



「クラティラスー! 来月末の結婚式には、必ず来てねー!!」



 最後に、アフェルナはディアス様と共に車に乗り込もうとしてもう一度振り向き、晴れやかな笑顔で私に手を振った。


 その笑みは、タンポポの綿毛のように頼りなさげに見えるほんわかさもゆるふわさもなく、太陽に向かって強く太く、高く逞しく咲くヒマワリのようだった。あれが、彼女の本当の笑顔なんだろう。



「すっかりアフェルナ様と仲良くなってましたなー。あの方、ああ見えてかなりガードが固いんですけれど……ま、まさかアフェルナ様まで腐れBL沼に引きずり落としたなんてことはありませんよね!? やたら二人でこそこそ話してましたし、その間にBLォースを与えたり、BLァイヤーを灯したりしてませんよね!?」



 お二人のお見送りを終えて中等部の敷地内に入ると、これまで借りてきた猫みたいだったイリオスはオタイガーに戻り、キモうるさく私に問い質してきた。



「んー、それはまた今度だなー。アフェルナって、どういうのが好みなんだろ……ディアス様がお相手ならやっぱスパダリ? でも国王陛下みたいな心の広いイケオジもイケそうな感じだったよなぁ」



 せっかくなら、彼女にも新たな世界を教えてあげたい。


 窮屈な王宮で、支えになるのがディアス様の存在だけでは心許ないだろうから。



「そういうのをやめろと言ってるんですよ! これ以上、気持ち悪いBLの被害者を増やさないでください! もうクラティラス改め、ラティラと名乗ったらどうですか!?」


「んだと!? 変なあだ名付けるんじゃねーよ! だったらお前も、これから百合オスって呼んでやるわ! それともイリオタがいいか!? 好きな方を選ばせてやんよ、喜べ!」


「どっちも嫌に決まってるでしょーが! 腐ラティラ腐さんは確定ですけれどね!」


「勝手に確定すんな! じゃー百合オスとイリオタ合体して、まとめて百合オタにしたるわ!」


「そこまでいったら原型留めてませんぞー! ただの性癖暴露ですぞー!」



 ぎゃあぎゃあ喚きながら私達は誰もいなくなった教室から荷物を取り、ぎゃんぎゃん吠えつつ旧校舎に向かい、ぎゃおぎゃお罵り合ってからそれぞれの部室へと別れた。


 イリオスは音楽室があるのと同じ、三階の白百合支部へ。私は二階の紅薔薇支部へ。


 今日は卒業式なので、授業はない。けれど部活は、お休みではないのです!



「皆ぁ、お待たせー! ちょっと聞いて聞いて! 仲間にしたい人がいるのー!!」



 ドアを開けると、私は揃っていたメンバー達に満面の笑みでマシンガントークを始めた。

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