新年度前進
腐令嬢、暗示解けず
さぁぁて、今回も期末試験は惨憺たる結果に終わったわけですが……だからといって、嘆いている暇はない。
ゆっくりと雪が解けていくにつれ、鈍色に澱んでいた空は明るさを取り戻し始めた。大気にも仄かな温もりが感じられるようになってくれば、いよいよ春の到来である。
ああ、そうそう。実はお兄様が、アステリア学園高等部に合格したの。
私が初等部の頃には妹と同じ学校に行きたいっつって受験を目指してたけれど、その妹と仲が悪くなったんだから目的もなくなったわけだし、とっくに諦めたと思ってたよ。受験してたのも知らなかったせいで、お父様とお母様に合格したことを伝えられてビックリしたわ。
でもよく考えたら、お兄様はヒロインの攻略対象。だったらアステリア学園に入学するのも必然なんだよね。
さらに驚かされたのが、クロノ様。
あいつもいつの間にか受験してて、しかもしっかり合格したらしいのさ!
ヤリチソパリピのくせに、実は賢いとかズルくない? いちいち腹立つわー。
クロノ様がわざわざアステリア学園を選んだのは、間違いなくリゲル目当てだろう。入学したら、他の攻略対象に牽制する可能性もあるよね……ったく、面倒臭いことしてくれたもんだ。
その内に折を見て、そっと釘を刺しておかなきゃ。クロノ様が本気なら応援してあげたくもなくもないけれど、何より優先したいのはリゲルの気持ちだからね。
三月第一週のその日は素晴らしい快晴で、今年に入って最も気温が高く、まさに小春日和だった。
空気はまだ冷たいものの、冬物の制服に落ちる陽射しが心地良い。それ感じながら、私は高等部の正門前に立っていた。中等部の卒業式の後に行われる卒業生の見送りを抜け、駆け付けたのである。
サボりじゃないよ? 是非来てくれってご指名を受けたの!
ゲーム本編となる、高等部の校門を見るのは今日が初めてだ。
だけど、そんな感慨に耽る間もなく、校舎から門までずらりと花道を飾る高等部在校生達から歓声が上がった。
「あ、ディアス様が見えてきましたよー。うん、今日はちゃんと笑顔です。しっかり言い聞かせた甲斐がありましたわぁ」
私の隣からクスクスと笑みを零すのは、アフェルナ・ネモーニ様。
貴族の中でもそれほど身分が高くない五爵家の令嬢だが、ディアス様御本人が選んだ『王太子の婚約者』だ。
彼女からこっそり教わった話によると、ディアス様と親しくなったきっかけは初めて出席した第一王子殿下の生誕を祝うパーティーだったそうだ。庭で迷子になっていたディアス様を保護して以来、パーティーでダンスの指名を毎年受け、そこから仲良くなっていったんだって。
この国の王子と婚約したかったら、パーティー会場でおとなしくダンスの指名待つより会場周辺を張ってりゃいいんじゃないの? といっても、残りは自分のパーティーすらドタキャンしてすっぽかすクロノ様のみだけど。
「クラティラス様も、会場の外で迷っていたイリオス様をお助けになられたことでお知り合いになったと窺っております。迷子さん繋がりで、これからも仲良くしてくださいねぇ」
アフェルナ様の言葉に、私は空笑いで誤魔化した。迷っていた、ねぇ……あの出会いはそういうふうに改変されてんのか。
屈託なく笑うアフェルナ様は、ゆるふわ系といった感じで非常に親しみやすい。
けれどセミロングに伸ばしたラベンダーモーブの髪は見惚れてしまうほど美しいというほどではないし、ほとんど黒に近いダークピンクの瞳も小粒で、よく言えば愛らしいけれど悪く言えば十人並み。おまけにぽっちゃり体型で、さらにはディアス様より一つ歳上ということもあり、何故この女が……と様々な者から妬みや中傷の的になっていると聞く。
普通なら精神を病んでしまうくらいの嫌がらせを今も受け続けているそうなのに、彼女は初対面の私にも優しく接してくれた。
ディアス様は、アフェルナ様のこういったところに惹かれたのだろうな、とほっこりしていたら。
「何しに来たのよ、デブス! とっととディアス様の側から消え去りなさいよ!」
何と、ディアス様の卒業を祝うために来ているアフェルナ様に、花道から在校生の女子らしき誰かが暴言を浴びせてきたではないか!
腹が立って言い返そうとした私だったが、それを察したアフェルナ様がふくよかな指で肩を叩き、押し留めた。
「いいのよ、クラティラス様。言わせておいてあげて。そのデブスに負けたことも認められない行き遅れの粗大ゴミが、風にそよいで騒音を立ててるだけだから。ふふっ、今日も間抜けないい音を奏でているわねー」
聖母のように柔らかな笑顔で放たれるは、その正反対を清々しいまでに突き抜けた痛罵の言葉。
「アフェルナ様はとてもしっかりされた方なので……下手な手出しは無用ですよ、クラティラスさん」
私の心中を推し量り、イリオスが背後からそっと助言してくる。
そ、そういえば前にディアス様が、私のことを『自分の婚約者より曲者』だとか言ってた気がするな。なるほど、こういう意味だったのか。
「やだもー、イリオス様ってば! 私はしっかりなんてしてませんよぅ。落ちてるゴミなんかいちいち気にしないという、ズボラなだけですからぁ」
イリオスの言葉を聞いて、アフェルナ様が軽やかな笑い声を上げる。
ひょえー、ゆるふわ口調でキッツイことを言いよるわ。このくらいの器がないと、王太子の嫁なんて務まらねーってか? うわぁ……王室の闇をチラ見した気分だ。
「それより、クラティラス様」
「は、はいぃ!?」
そのアフェルナ様に向き直られ、私は軽く仰け反った。
「実はね、イリオス様がご婚約されたと聞いてから、とても不安だったんです。お相手は、下流の私なんかと違って一爵令嬢。しかも国王陛下にまで褒め称えられたという美人で、誉れ高いアステリア学園の生徒。私など見下され、挙句にはディアス様まで奪われてしまうのではないか、なんて失礼なことを考えていたの。でも……良かった」
アフェルナ様はそっと微笑み、私の両手を取ってぎゅっと握った。
「あなたは私のために、心ない暴言を吐き散らすゴミに怒ってくださったわ。ここで私を庇えば、自らも周囲の反感を買う。学園内で先輩となる彼らに、今後何をされるかわからない。それすら顧みずに、あなたは私を助けようとしてくれたのね。本当にありがとうございます」
「いや……この人のことだから、何も考えずに突っ走っただけだと思いますよ。可哀想なくらいアホなので」
めっちゃいい話にしてくれてるのに、イラネオスが要らん横槍を入れてくる。けれどアフェルナ様は、それにも笑顔で応えた。
「イリオス様がそんな砕けた物言いをするのは、クラティラス様に対してだけでしょう? 彼女を心から信頼している証だわ。それに、ディアス様も」
「アフェルナ! それにクラティラスくんに、イリオスたん……いやいや、えふんえふん、イリオスも」
振り向くと、充血……いや、ほんのり赤くなったディアス棒がこちらに向かってくる様が映った。
はぁぁぁ…………今日くらい、801棒化の暗示は解けてほしかったなぁぁぁぁ……。
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