レモメロン対立

腐令嬢、食い違う


 私もついに、アステリア学園一年最後の学期を迎えた。


 外気は凍えるほど冷たく、雪もずっと降り続いている。けれども、まだ遠いはずの春の息吹はそこかしこに芽生えていた。


 頭上に広がる暗く重い空にでも凍った地面で寒さを耐え忍ぶ草花にでもなく、登校時に見かける受験生と思しき学生達の姿にそれを感じ取ると、私は一人微笑んだ。


 隙あらば単語帳や参考書に目を落とす彼らに、去年の自分が重なる。受験勉強は、本当に大変だった。けれど今、夢叶って私はアステリア学園で青春を謳歌している。


 頑張れ、負けるな、努力はきっと報われる。


 睡眠時間を削って追い込みをかけているのか、目の下に隈を作った少年や小難しい顔をして暗記した公式を呟いている少女など、受験を間近に控えた学生達が側を通り過ぎる度、私は心の中から精一杯のエールを送った。


 この中の誰かが、アステリア学園に入学して後輩になるのかもしれない。そう思うと、つい先輩面したくなっちゃって。


 一緒に登校しているステファニも、立ち止まっては受験生達に合格しろしろと念を送る私の真似をしようとしていたけれど、はっきり言ってただのガン付けだったのですぐに止めさせた。


 新入生という桜は必ず四月に咲く。初々しく華やかに咲き誇る彼らをお出迎えするために、我々は先輩として、今から念入りに準備しておかねばならない。



「キスはレモン味だって、何度も何度も言ってるじゃん! お母様に聞いたんだから、間違いないの! ここの描写はレモンに書き直して!」


「絶対にメロン味です! あたしだってお母さんに聞きました! ここは直しません! クラティラスさんこそ、表紙でカプが食べさせ合ってるフルーツをメロンに描き直してくださいっ!」



 リゲルとは大親友という間柄だけれども、だからこそのぶつかり合いもある。本日も、私達は部室で激しく意見を戦わせていた。


 我々の戦いに口を出す者はいない。というか流れ弾が当たらない限り、こういった論争は止めずにスルーするのが紅薔薇支部の掟となっている。


 たまに全員巻き込んで抗争に発展することもあるけれど、萌え絵とイチゴ牛乳で解決するから無問題だ。なのでギャンギャン喚く部長と副部長を放置し、他の部員達はのどかに萌え活動に勤しんでいた。



「やだよ! メロンの食べさせ合いなんて、ちっとも色気ないじゃん!」


「はあ!? レモンこそ汁が目に飛んでギャアンってなるだけですよ!」



 私とリゲルが言い争っているのは、キスの表現について。新歓用に薄い本を一冊作ろうということになったのだが、文章担当とイラスト担当の感覚が一部のみ劇的に合わないのだ。


 だって、キスがメロン味なんてありえないよ。本物のメロンは甘くて瑞々しいけど、メロン味って謳い文句のお菓子は大体変な匂いと変な味しかしないじゃん。メロンパンだってメロン味じゃないし。


 しかしリゲルも、『レモン味だって同じですぅ〜、それにレモンは本物も酸っぱいだけですぅ〜、キスがそんな味だったらチュッってしたら口がギュンッてなりますぅ〜』と反論して譲らない。


 レモンは酸っぱいだけじゃねーし! 酸味の奥にめくるめく旨味があるし! レモンなめんな!!



 おでこを突き合わせて睨み合い、膠着状態に陥っていた我々だったが、突然リゲルがはっと閃いたように大きな目をさらに大きく見開いた。



「いい考えを思い付きました! こういうことは、たくさんの相手と経験してる奴に聞けばいいんですよ。これならお互い納得するでしょう?」



 ナヌ!?



「ちょっと、リゲル……まさか」



 恐る恐る尋ねると、リゲルはニタリとヒロインらしからぬ悪どい笑みを浮かべた。



「そのまさかですよ…………クロノ第二王子殿下、奴に聞けば間違いありません! 何といっても奴はパリピのヤリチソと名高い男、キスなら百億千万回くらいは余裕でかましてるはずです!!」



 いやいやいやいやいや!


 それはそうだろうけど、でもリゲルがクロノ様にそんなことを聞くなんて危なすぎる!


 俺が教えてあげるよからのその先も知りたいだろう的な、いとはかなしヴァージンブレイクせしにて、ヤリ捨てられし候なんてことになりかねないよ!!



「ダメダメ、クロノ様にそんなこと聞くなんて! 何されるかわかったもんじゃないよ!?」



 私は慌ててリゲルの肩を掴み、引き留めた。が、彼女は例の暗黒スマイルを刻んだまま、挑発的な眼差しを向けてきた。



「あれれれれぇ? もしかしてクラティラスさん、自信がないんですかぁ? クロノ様に聞けば一発でわかることなのに。そんなに焦ってるところを見ると、やっぱりレモン味説に自分でも疑いを感じているんじゃ……」


「疑ってねーし! 絶対にレモンだし! メロンなわけねーし! じゃー会って聞いてくればいいでしょ! 後で泣いても知らないからね!」



 売り言葉に買い言葉というやつで、私はフンと顔を背けてリゲルから手を離した。



「もちろんですとも。来週の月曜、クロノ様にBLレッスンをする約束をしていますので、その時に聞きます。大丈夫、相手は老若男女を経て人外にモンスター、噂じゃ神と悪魔まで食ったという男ですよ? それだけの刺激を味わった身では、今更人間相手に欲情できるとは思えません。ましてやあたしなんかに手出しするほど飢えてませんって。楽しみにしててください!」



 リゲルがまだ薄い胸を張り、ドヤ顔を決める。


 あたしなんか、じゃないよ……あんただから心配なんだよ。ったく、どうして乙女ゲームのヒロインってのは、スペック高いくせに自分の魅力を理解してなさすぎるアホばっかりなんだろうね!


 でもまあ……いくらクロノ様でも、狙ってる女の子を無理矢理襲うなんてことはしない、か。


 BL講義の名目で冬休み中も何度か二人きりで会ってたというけど、お喋りするというよりリゲルによる一方的なガトリングガン方式の萌え語りに気圧されたみたいで、やっぱり指一本触れられなかったそうだし。



「わ、わかったわ。私も、一応心当たりがないこともないから聞いてみる。レモン味とメロン味、どちらが正しいか勝負よ!」



 そこで私も負けじと悪役令嬢スマイルを放った。けれど多分、いや間違いなく威力不足だったと思う。


 だって、クロノ様よりも確実そうな相手なんてアステリア王国全土探してもいないに決まってるもん。


 それに……心当たりは三人いるけど、どれもこれも聞きにくい奴らばかりなんだよなぁ。

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