腐令嬢、仕掛ける


 十一月が終わる前に観測された初雪は、そのまま時を置かず、毎日空から舞い落ちるようになった。


 アステリア王国が白いヴェールを纏った頃に訪れる十二月。



 十二月最初のイベントといえば、やっぱりアレですよね!



「お誕生日、おめでとうございます!」



 何も知らずにのんびり登校してきたイリオスは、教室の扉を開けるや、盛大に打ち鳴らされるクラッカーと勢揃いしたクラスメイト達に出迎えられ、驚いて仰け反った。



「えっ……え? あ、ありがとうございます……?」



 まだ何が何だか分かっていない彼の前に、私が代表して進み出る。打ち合わせ通り、リゲルとステファニも後ろから付いてきた。



「今日はあなたのお誕生日でしょう? だから皆でサプライズを企画したのよ」


「は、はあ……それは、どうも」



 皆のために一応は微笑みを作ってみせているけれども、あまり嬉しくなさそうである。だが安心しろ、この私が最高の誕生日にしてやるからよ!



「ということで、イリオスには今日一日、これを身に着けていただきまーす!」



 目で合図すると、まずステファニが手にした王冠を掲げた。厚紙を適当に切って貼りました感満載、初等部の学芸会でももっとマシな小道具作るだろ感満点、はっきり言ってダサくてちゃっちい。


 イリオスも王子様フェイスを保てず、ウソやん? といった表情で固まっていた。


 そうだろうそうだろう。何たって、自分だったら超被りたくねーってのを目指して作ってやったからな。この私が!



 だが、拒絶はできないはずだ。何故なら、そこにはクラスの皆の寄せ書きが記されているのですから。



 続いてリゲルが差し出したのは、目にも痛い蛍光ピンクが眩しいマント。これはお母様のオショレセンスが炸裂するあまりお蔵入りとなっていた、私のポンチョのリメイク品だ。前を留めるファーのポンポンが、蛍光グリーンというのもポイント高い。


 こちらには、『花園の宴』白百合支部と紅薔薇支部、全員からのお祝いメッセージが書き込まれていまーす!


 地獄のような色彩のマントを前にすると、イリオスの顔からさらに血の気が引いた。


 ククク、絶望するのはまだ早いぞ?



「着用については、先生方に前もって許可を得ているから心配しなくて大丈夫よ。それと、これ」



 イリオスが二人に手渡された王冠とマントを死んだような目で身に着け終えると、私は制服のポケットに忍ばせていた最終兵器を取り出した。



「今日は一日、学校にいる全員にイリオスのことを『ハッピーバース殿下』と呼んでもらうの。たくさんの方に、お誕生日を祝っていただきましょう!」



 手にした幅広のタスキには、『★本日お誕生日★一日ハッピーバース殿下に改名します★』の文字が前後にデカデカと書いてある。


 私はそれを、イリオス改めハッピーバース殿下の肩にかけ、ズレないよう安全ピンでしっかり留めて差し上げた。


 そして真正面から奴を見据え、ニヤリと笑ってみせる。



「十三歳のお誕生日、おめでとうございます、ハッピーバース殿下。さあ、皆も一緒に!」


「おめでとうございます、ハッピーバース殿下!」



 私の掛け声に続き、クラス全員が唱和する。


 愛しの悪役令嬢様の笑顔に萌えるどころか、声も出せず震えるほど感動してくださったらしく、ハッピーバース殿下は蒼白したまま、引き攣り笑いを浮かべるのみだった。



 当然のように例の旧音楽室に呼び出されて怒られまくったが、相手は一人出オチコントみたいなカッコしたハッピーバース殿下。どれだけ罵られたって面白いだけで、私は死ぬかと思うほど笑い転げた。


 いやー、最高の誕生日だったわー。


 ハッピーバース殿下はどうだったか知らんけど、私にとっては奴と出会ってから一番笑顔になれたイリオス生誕祭だったよ!




 そんなアホなことをしている間に一年の二学期も終了し、冬休みが到来した。冬休みに入ればすぐに年末、そして新年だ。


 今年も両親とお兄様はサヴラの家にお呼ばれしていたので、新たな年を迎えた挨拶もそこそこに、アズィムを伴って朝早くから慌ただしく出かけていった。


 一応お見送りをしたのだけれど、文化祭の一件から期待することを諦めてしまった私はお兄様と目も合わせず、形ばかりのお気を付けての言葉をかけるのみだった。


 動き出した車が、目の前を通り過ぎていく。お兄様は真っ直ぐ前を向いていたので、横顔しか捉えられなかったけれど――初めてパスハリア家に連れられていった時のように、その表情はどこか痛々しくて悲しげで、私の目には今回も売られていく仔牛みたいに見えた。



 でもそれはきっと、灰色に澱んだ空が暗いからそう映っただけ。落ちてくる牡丹雪が窓を覆って、お兄様の顔に浮かんでいるはずの婚約者に会える喜びの表情を隠しただけ。


 何たって、キスまでした仲だもんね。



 家族の中で一人だけ取り残された私が寂しがると思ったのだろう、今年はネフェロが杵と臼を用意してくれて、使用人達と一緒に餅つき大会を開催した。


 西洋風の館の中で餅つきとは……なんて、突っ込んでくれるな。ここはそういう何でもアリな世界なの!


 ちなみに私もステファニと組んで餅つきしたんだけど、杵を振り下ろされるタイミングが早すぎて、危うく手をペッタンコにされかけた。



 あんな高速の餅つき、初めて見たわ! ペッタンペッタンじゃなくて、ペペペペペだったし!


 そんな苦労をしてついた甲斐あって、手作りのお餅の味は格別だった。パスハリア家で用意されているであろう御馳走なんかより、皆と笑顔で食べるお餅の方が美味しいに決まってるよね!



 来年もやりたいけど、ステファニとコンビを組むのだけは勘弁願いたい。といっても、あのコンボ技みたいな杵連打に付いていける奴なんて、ウチには一人もいなさそうだよなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る