腐令嬢、モヤる
詰まる胸を押さえて閉塞感に耐え忍んでいたら、ふと視線を感じた。顔を上げてみると、こちらに背を向けたお兄様の肩越しにサヴラが私を睨んでいる。
きっと、邪魔しに来たと思われたのだろう。
はいはい、ごめんねごめんね。お呼びでない妹は消えますから、二人きりの時間をとくと堪能してちょうだい。
心の中でそう返し、私は二人に背を向けた。私だってこれ以上、お兄様が他の人と仲睦まじく笑い合っているところなんて見たくなかったから。
「ヴァリティタ様、頬に何か付いておりますわ。先程お召し上がりになられた、スコーンの欠片かしら?」
が、サヴラの声で私はあっさり振り向いた。
だって、ほっぺに食物くっつけてる男子って美味しいじゃーん! それが、外ではスカした面してるお兄様なら尚更ですわよぉーう!
「えっ? 恥ずかしいな、そんな顔のまま歩いていたのか」
軽く狼狽えながらも、お兄様はポケットからハンカチを取り出した。けれどその手を制し、サヴラはにっこりと微笑んだ。
「あたくしが取って差し上げますわ。少し屈んでくださる?」
その言葉に従い、お兄様がサヴラに顔を寄せる。
するとサヴラは――――彼の両頬をなよやかな手で包み、そっとくちびるを重ね合わせた。
キスである!
リップトゥーリップ、正真正銘のキスである!!
しかもサヴラは私に見えやすいように角度まで調整してくださったので、二人のくちびるがしっかり触れ合ったところがばっちり確認できた。
突然すぎる出来事に、キスされたお兄様も初めてキスなるものを目撃した私も、時が止まったかのように固まった。レヴァンタ兄妹の石像の完成だ。
「クラティラスさーん、いたいたー! まぁた、作品の閲覧者をチェックしてたんですねー!」
石像と化した私を砕いたのは、背後から浴びせられた能天気なリゲルの声だった。
「良さげな人、いました? 勧誘できました? ……あれ、ヴァリティタ様じゃないですか。お久しぶりでーす!」
屈託ない笑顔で挨拶するリゲルから、私は恐る恐るお兄様へと目を向けた。
お兄様は、何とも言い難い表情をしていた。
怒っているとばかり思っていたのに悲しげで、睨んでいるとばかり思っていたのに泣きそうに瞳を揺らがせ――そしていつもは頑なに引き結んでいるくちびるを、微かに震わせていた。
「い、行きましょう、リゲル。二人の邪魔をしてはいけないわ」
私は慌ててお兄様に背を向けた。
「…………失礼しました」
そしてやっとのことで声を絞り出してそれだけ告げると、リゲルの腕を引いてその場から逃亡した。
だって、お兄様が何か言いかけていたようだったから。
何を言おうとしたのかはわからない。けれど今、お兄様の声を聞いたら、胸の中に溜め込んだものが爆発してしまいそうだったから。
……お兄様の、バカ。
キスしてるところを妹に見られたくらいで、動揺してんじゃねーよ。自分から突き放したくせに、縋るような目してんじゃねーよ。
あんな焦った顔してさ……まるで『これは違うんだ、自分の意志じゃないんだ』って言い訳しようとしてるみたいに見えたじゃねーか。
バカバカ、ヴァリティタのバカ!
何がしたいのか、さっぱり意味不明なんだよ。嫌いなら嫌いで行動統一しろよ。下手に期待させるんじゃねーよ。
もういい。もう知らない。
私だって、お兄様なんか大っ嫌いになってやるんだから!!
その日の夜は、どうしてもお兄様の顔を見たくなくて、『晩御飯は要らない』と告げて部屋に引きこもった。
誰も入るなと伝えたおかげで、BLイラストが捗る捗る。この頃は誰かのために描くことが多かったけれど、今夜は久々に自分が前世で大好きだった二次絵を描いた。
至高カプ、
奴と初めて言葉を交わしたのは、ゼロとリッツの語彙力消滅するくらい尊い姿を拝めるゲーム『ラスクエ』がきっかけだったっけ。
あの時は、まさか同時に死ぬことになるとは思わなかった。死んでも世界を共にすることになるなんて想像もしなかった。
最期に見た、猫の足跡が刻印されたピンクのソールが脳裏に蘇る。
確か、猫耳の女の子達がアイドルになって活躍するほのぼのアニメ『にゃんこーる!』と某有名スポーツメーカーがコラボした限定商品だったかな? 江宮はピンクの他にブルーのバージョンも持っていて、ずっと部屋に飾ってあったのを覚えている。ブルーは奴好みのクール系キャラのイメージモデルだったから、永久保存するつもりだったんだろう。
スニーカーは履くものだけどさ、にしてもあの面とガタイでピンクはねーよな。身長180センチ越えのキモサい男が身に付けていいもんじゃねーだろ。だってアッパーからシューレースホールまで、ネコネコデザインだったんだよ?
百合アニメの影響で、他の持ち物もえらい可愛らしいのが多かったよなぁ。ペンケースの中なんて、小学生女児みたいだったもん。
フヒっと思い出し笑いを漏らすと、オタイガー江宮をからかいたくて仕方なくなって、嫌がらせのメッセ送ってやろう、あいつまだ起きてるかな、そういやスマホはどこだっけ、充電まだあったかな等と考えて――そんなものはない、そんなことはできない世界にいるのだと我に返り、打ちのめされた。
はー……つら。話したい時に話したい相手と話したいことを話せないって、地味にストレス溜まる。
たとえこの世界に携帯電話が普及してても、用もないのに江宮に連絡なんてできなかっただろう。あれでも一応、王子様だもんな。
私は溜息を吐き出し、筆記用具を片付けて寝室に向かった。
今日は部屋に鍵をかけてあるからネフェロに怒られる心配はない。なので、いつもより派手に服を脱ぎ散らかし、パン一のまま一曲歌いながら踊った。
一人だけのオンステージはとても楽しかったけれど…………それでも、胸のモヤモヤは全く晴れなかった。
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