腐令嬢、壁削る


 さて今月、十一月の下旬にはアステリア学園名物の文化祭が二日間に渡って開催される。


 文化祭っつったら、ワックワクのイベントやん? ゲームでももんのすんごい盛り上がってた記憶あるし、期待するやん?


 ところがさー、中等部は学習発表のみなの。お店とかアトラクションとか、そういうのできないの。確かに中高共同開催なのに、ゲームじゃ盛り上がってるのは高等部だけだったなぁ。中等部の子がやってる店の描写がなかったのは、そういうことだったのね……。


 あーあ、超つまんない。

 皆で放課後に分担して作業したりだとか、日にちが近くなったら夜まで残って仕上げに頑張ったりだとか、やっと迎えた当日は思わぬハプニングに見舞われて大混乱したりだとか、終わったら片付けしながらこれまでを振り返って皆で涙ぐんだりだとか、そんな辛さを乗り越えてこその一体感が味わえないなんて。


 しかも一年生は恒例で、合唱をすると決まってるんだって。


 でもまあこれはこれで楽しかった。張り切って仕切るリコの口から『ちょっと男子っ、ちゃんと歌いなさいよ!』って定番の台詞も聞けたし。


 部活の方はフリー参加だそうだから、そちらではっちゃけよう! と思ったものの、球技大会やらアステリエンザの流行やらのせいで制作時間がほとんど取れなかった。


 まだ立ち上げたばかりの部だし、あまりディープなものをお披露目するのもな……と考えた私は皆と話し合い、今回はライトに『仲良く戯れるケモミミ男子三人組』をテーマに、ミニチュアセットを作ることにした。


 人物の造形デザインは私が担当して、リコとドラスの意見を参考にして配置とポーズを決定。それをアンドリアが型紙に起し、ステファニが縫ってぬいぐるみにする。背景はイェラノが流行に敏感なデルフィンと協力して、イマドキ女子に受けそうなピンクをベースにしたゆめかわいい舞台を製作。

 ミアとリゲルは、主役三人のお友達という設定の人外モンスターを紙粘土で作った。



 五十センチ四方のサイズに皆の好きを詰め込んだミニチュアセットは、作品発表展示の場となっている中等部の二階のアトリウムスペースに飾られた。


 なかなか評判は良かったみたいけど…………白百合が作ったオルゴールの方が目立ってたのが悔しい。


 どんなオルゴールかっていうと、木製の土台にはめ込まれた女の子達が、音楽に合わせて踊るの。白百合には手先が器用な奴が多いそうで、女の子ドールは一つ一つ木片を削って、丁寧に色付けしたんだって。


 しかもその十二人の女の子達がね、私達紅薔薇支部の面子になってるんだよ! まだ入ったばかりのリコも、幽霊部員のサヴラトリオもしっかり特徴を捉えてるんだよ!


 これには、さすがに負けたと思ったわ……活動は別にしているとはいえ、白百合は同じ『花園の宴』を構成している仲間。同じ部なのに、他支部にも配慮した作品を作るなんて私には考えも及ばなかった。


 今回に限っては、『花園の宴』としての部長の采配はイリオスの方が上だったと認めざるを得ない。


 だけど来年こそ!

 イリオスにも江宮えみやにも『えー、BLっていいじゃーん』と思わせられるような出し物をプロデュースしてやるんだから!!



 そんな決意を胸に、自分達の作品には目もくれず、白百合のオルゴールに群がって歓声を上げる人々を盗み見ながら、私は隠れていた大きな柱を爪でガリガリ引っ掻き、悔しさを噛み締めていた。



「……こちらですわ。こちらにお話していた作品がありますの!」


「ほう、こんな場所にも展示会場があるのですか。さすがはアステリア学園、文化祭も質が高くて見所満載ですね」



 聞き慣れた二つの声が、耳を打つ。私は更に身を縮め、柱の影から様子を窺った。


 するとサヴラに手を引かれて、ヴァリティタお兄様がアトリウムの空間に入ってきたではないか。


 もちろん来るなんて知らされていないし、それどころか口も聞いていない。最後に話したのはいつだったかも、もう思い出せないほどだ。



「これが、あたくし達の部で製作した作品ですわ。他の作品に比べると拙く見えるかもしれませんが、皆で力を合わせて一生懸命頑張ったのよ」



 我らが紅薔薇支部のミニチュアセットを前に、サヴラが頬を染めて、はにかんだ笑みを見せる。


 まー、嘘ではないわな。『あたくしが作りましたの』とは言っとらんもんな。製作には全く携わってないし、何なら白百合とのあの合同会議以来、一度も部室に顔を出してないけどな!



「ご謙遜を。よくできているではありませんか。このぬいぐるみなど、とても可愛らしい。男の私が言うのもおかしいかもしれませんが、部屋に置いて眺めて癒されたいとすら思いますよ」



 私とお揃いのアイスブルーの瞳に優しい光を湛え、お兄様が凛々しく引き締まった口元を柔らかく綻ばせる。


 自分がデザインしたぬいぐるみを褒められた嬉しさで、頬が緩みかける。しかし束の間湧いた喜びは、ぽっかりと空いた穴に吸い込まれて落ちていくようにすぐ消えた。


 お兄様の微笑みの先にいるのは、サヴラだ。あの笑顔は、サヴラに向けられたもの。私に向けられたものじゃない。


 お兄様があんなふうに私に笑いかけてくれることは、この先ずっとないのかもしれない。



 いつも傍にいたのに。私のことを、一番好きだと言ってくれていたのに。



「…………クラティラス?」



 お兄様の声が、久々に名を呼ぶ。私は思わず飛び上がりかけた。


 けれどそれは、こそこそストーカーじみた真似をしていた妹を発見したせいではなかった。



「ああ、サヴラ様もいらっしゃいますね。これはリゲルとステファニ、この子は確かアンドリア。クラティラスが家に連れてきたことのあるお友達が皆揃っている。これはすごいな……一目見ただけで誰なのか、すぐにわかりましたよ。こんなに小さな人形なのに、よくできていますね」



 白百合のオルゴールを発見したお兄様は、キラキラと目を輝かせた。そしてネジを巻き、オルゴールを奏でる。


 美しい調べに耳を傾けつつも、踊る私達の人形を見つめるお兄様の横顔は、昔と同じであどけなく、少年期に還ったように見えた。



「それは……イリオス様が部長を務める白百合支部の作品ですわ」



 しかしサヴラが躊躇いがちに伝えると、お兄様の瞳から潮が引くように光が失せた。



「ああ……そうでしたか。道理で完成度が高いはずだ」



 それまで身を屈めて熱心に見つめていたのに、お兄様はこれまた子どもが急に玩具から興味を失くすみたいにオルゴールから目を背けて上体を起こした。



 あの冷たい目には、見覚えがある。


 聖アリス女学院の卒業式の時に、イリオスへ向けたのと同じだ。



 もしかして、お兄様はイリオスのことを嫌ってる……?



 けれど二人は、まともに話す機会もなかったはずだ。

 極度のシスコン時代ですら私の婚約が決まっても、お兄様はイリオスを貶めるような発言などしたことはなかった。



 やっぱり……私のせい、なんだろうか?


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの要領で、イリオスもまとめて嫌われたんたんだろうか?


 その可能性は高い。同じ空間にいたくないとばかりに、家でもずっと部屋にこもって避けている妹の婚約者だもの。



 でも、仕方ないと理解していても悲しい。サヴラにはあんな優しい笑顔を見せるのに、同じ屋根の下で暮らす私とは目も合わせてくれないなんて。


 ずっと仲が悪かったなら諦めもつくけど、そうじゃないから。むしろ正反対で、すごく仲良しだったから。鬱陶しいと思うくらい全力で愛情をぶつけてくれたから、この状況がとてつもなく苦しい。

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