腐令嬢、克服す


「えい!」



 動くに動けず、センターサークルで固まっていた私から、クロノ様が素早くボールを奪った。そしてそのまま、あっさりとスリーポイントシュートを決める。



「はーい、ララちゃんの負けー。デート一回、加算でーす」



 切れ長揃いの二人の兄弟と異なり、猫のように大きく丸いアーモンドアイを細め、クロノ様は無邪気に笑った。



「デートって、そんな約束してませんよ!」



 投げ返されたボールを受け止めると、私は抗議の声を上げた。



「あ、そっか。ララちゃんはイリオスの婚約者だもんね。じゃ、リゲルちゃんとのデートにしよっ」



 夏に見た海よりも深く透明度の高い碧の瞳が、リゲルに向けられる。ついでに、投げキッスまで送りやがった。


 こんの野郎……大人しくしてりゃ、調子に乗りよって!


 リゲルに気を取られている隙を突き、私はクロノ様が抜けた穴を突破せんとドリブルして走った。だが、ディアス様の長身と長い手足を使った強力なディフェンスに阻まれ、またもやボールは奪われてしまった。


 何度挑んでも、軽くいなされるばかり。フリースローラインにすら入れやしない。


 一度もディフェンスを抜けず、一つも攻撃が通らないという不甲斐ない私に哀れみを感じたのか、ディアス様はやる気なく突っ立ってるだけだったイリオスと同じく、全くプレイに絡んでこなくなった。こうなれば、ほぼクロノ様とのワンオンワンだ。


 さすがにイラッとして、ファウル覚悟で突っ切りたい気持ちが爆発しかけたけれど、歯を食いしばって堪えるしかない。


 だって……これを耐えることが、練習なんだから!



「…………そんなんでいいんですかぁ?」



 二人の王子にこてんぱんにやられ、立ち上がる気力も失って座り込んだまま荒い息を吐いていた私の元に、間延びした声と共にボールが投げ寄越された。



「反則をしないのと、プレイに消極的になるのとでは、全然違うと思うんですけどねぇ? それとも王子三人を相手に、乙女ぶって媚びてるんですかぁ? へー、可愛いところもあるじゃないですかぁ。しかし、僕は普段の暴力的なプレイを散々見せられてますからねぇ。なので今更しおらしくされても、気持ち悪いだけですよぉ?」



 言葉を発しているのは、間違いなくイリオス――だったけれど、それは明らかに江宮えみやの口調だった。



 凛と佇む銀髪紅眼の美しい少年に、いつも猫背気味に項垂れていたキモダサ眼鏡野郎の姿が重なる。そいつがいつも浮かべていた嫌味ったらしい笑みが、イリオスの口元に見事にリンクして現れた瞬間――私は吠えた。




「だぁぁぁれぇぇぇがぁぁぁ……お前なんかに媚びるかぁぁぁ! キモ百合豚野郎が!!」




 あっさり挑発に乗せられるのも、私の悪い癖だ。けれどそんなことも忘れて、何なら相手が王子であることも忘れて、私は再び攻撃に出た。


 速攻で行こうとしたものの、すぐにクロノ様がカバーに入る。上手いというのは自称ではなかったらしい。


 しつこいディフェンスに苛立ち、考えるより先に体で突破しようとした私だったが、華やかなエールがそれを止めた。



「クラティラスさん、頑張って! 勝ったらあたしとデートしましょっ!」



 デート……。

 リゲルと、デート……。



 リゲルとは何度も二人で遊んだことがあるけれど、それはデートではない。デートとは、これがデートだと双方が認識し合って初めてデートとして成り立つのだ。



 目の前でニヤニヤしてるヤリチソパリピ野郎を、リゲルの初デート相手にするわけにはいかない。


 イリオスもダメだ。ディアス様でも許さない。



 この私が! リゲルの! 初デート相手に! なるんじゃーー!!



 そのためには、死ぬのも牢獄にぶち込まれるのもお家断絶も回避せねばならない。



 そこで私は、咄嗟の思い付きでクロノ様の股下からボールだけを通した。



「えっ……」



 そのまま左から抜けてボールを取り、ゴールに向かう。



「ソッ、イヤー!!」



 フェイントはうまくいったものの…………うっかりハンド式のジャンプシュートでボールを打ち下ろしてしまい、結局この攻撃も得点はならなかった。



 オフェンス側になればシュートの邪魔する奴を跳ね飛ばし、ディフェンス側になるとボールを奪うために敵を蹴散らし、前世でも『ボールを餌と勘違いした獣』と揶揄されるほどだった私のラフプレイは、三人の王子の協力によって少し落ち着いた。


 三人はシュート練習にも付き合ってくれて――といっても彼らはゴールの下に並んで立っていただけだが、この『禁断の王子ボーリング』のおかげで、ゴールのコツも体で覚えられた……気がする。


 何度か全員を自慢の『大神おおかみ弾丸シュート』で薙ぎ払ってデストライク決めたけど。スペアの時は『クソ惜しい!』ってつい地団駄踏んじゃったけど。


 またトラベリング防止のためには三拍子の歌を歌ってみたらどうだろう? とクロノ様が提案してくれて、皆で歌いながらパス練習をした。


 私の歌を音痴だと嘲笑ったイリオスは、顔面にボールをぶつけて黙らせたよ。うっかりミスを装って誤魔化したけど、もちろんわざとだよ。



 何にせよ、王子様方に大きな怪我をさせることもなく、私はちょっとだけバスケへの苦手意識が克服できた。


 リコも休みの日はリフィノンとアエトの二人に特訓を受けているらしく、苦手な運動をほんの少し好きになれた上に、萌え萌えなひとときを楽しんでいると嬉しそうに語ってくれた。



 きっとこのチームなら、優勝できる。


 球技大会は全員で力を合わせて、我らの絆を見せつけてやるんだ!






「あんなに頑張ったのにな……」


「仕方ありませんよ、こればかりは……」


「ええ、世の中とはうまく行かないものなのですよ……」



 球技大会当日、私とリゲルとステファニは晴れ渡った空の下、その光が作る強い影のようにソフトボールチームの隅っこで陰気に項垂れていた。


 猛威を振るい始めたアステリエンザにやられ、本日は一年生の多くが欠席。


 その結果、今回の球技大会はソフトボールのみで行われることとなった。


 リコ、リフィノン、アエトの三人もアステリエンザにやられ、学校を休んでいる。イリオスは病魔の手から逃れたものの、せっかく戻ってきたクロノ様がまぁた脱走したそうで、ケノファニ共和国の首相来訪を祝う式典に駆り出されることになり、こちらもお休みだ。



 てことで、我らバスケチームはこれまでの成果を発揮することができなかった。



 行き場のない憤りを発散すべく、出番が回ってきたらパッカンパッカン打ってやったよ! その甲斐あってか、五組のソフトボールチームは優勝したよ!



 お目当ての学食特製ランチはゲットできたけれど…………でも、コレジャナイ感でいっぱいだ。

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