腐令嬢、萎縮す
「と、とんだところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません」
王国軍の皆様に安全だと説明し解散してもらうと、私はディアス様を部室に招き入れ、席に座ったままの皆と一緒に頭を下げた。
おいコラ待て、頭下げたついでにテーブルに置いてあったイチゴ牛乳を飲んだ奴がいるな? ズゴーッてすごい勢いで吸引する音がしたぞ? イチゴ牛乳の誘惑に屈してんじゃねーよ、真面目に謝れ!
「い、いや、早合点してしまった私が悪いのだ。抗争やら兵器やら、物騒な単語を聞いて驚いてしまって。私にはよくわからないが、随分と熱心に活動しているのだな……」
「僕は止めたんですけどねー」
私のスケブを勝手に手に取り、ページを捲っては眉を顰めていたイリオスが冷めた声で言う。
軽くイラッとしたが、ディアス様がまたもや棒と化して悲しげに萎びていたので、黙っておいた。
「ねー、このタイトルにある『びーえる』ってなぁに?」
ここへ、クソノ……いやクロノ様が、BL用語集を掲げて明るい声で尋ねる。近くにいたリゲルが彼の傍に行き、用語集を開いてみせた。
「それなら、ここに書いてありますよ。あたしの書いた物語が、まさにそれに当たります。面白かったと言ってくださいましたし、興味がおありなんですか?」
ふわぁっと花開き光射すような麗し可愛いスマイルに、色恋に関しては百戦錬磨だというクロノ様も言葉を失い、見惚れてしまったようだ。
「あ、ああ、リゲルちゃんが書いた本みたいなジャンルを指す言葉なんだね。リゲルちゃん……あの、良かったら、君がいろいろ教えてくれないかなぁ?」
やっとのことで絞り出したといった感じの彼の声は、これまでと違ってチャラさが抜け、初々しい恥じらいが滲んでいた。
「ええ、あたしで良ければ喜んで。でも今日は忙しいので、また後日でも構いませんか?」
くぅぅ、さすが小悪魔! いや、聖女ヒロイン!
稀代のプレイボーイを蕩けさせた上で、オッケーしてからの後回しでヤキモキさせる攻撃に出たーー!!
これが無意識だってんだから、愛され爆撃機の通り名は伊達じゃねえーー!!
「忙しいって、部活の後は帰るだけなんじゃ……」
「球技大会の練習っすよ。じゃー皆、イチゴ牛乳飲み終わったら解散ねー。お疲れー。ディアス様も、本日はお疲れっしたー。あ、忘れ物だけはしないでくださいねー」
リゲルに代わってクロノ様に答えて差し上げると、私は皆に部活の終了を告げ、ついでにディアス様に向けて『このゴミは必ず持ち帰ってくれ』と暗に示した。
「リゲルちゃんは、何をやるの?」
「バスケです。さ、リゲルさん、行きましょう」
ステファニもリゲルを守るように、さっと割って入る。だがクロノ様は、諦めなかった。
「じゃー、見学させてっ。俺、こう見えてバスケ得意なんだよ? 小さい頃はお兄様にビシバシ鍛えられたし、留学先でも休み時間はよくバスケしてたから。リゲルちゃんにアドバイスしてあげる!」
あーあ、しつこい男は嫌われるぞー。
イチゴ牛乳の紙パックを回収しながら、私はうんざりと空を仰いだ。
「それなら、あたしよりクラティラスさんをお願いします。実はクラティラスさん、プレイスタイルですごく悩んでるんです」
と、ここでリゲルから思わぬ発言が飛び出た。
ちょ、ちょちょちょちょっと待って! 何で私に矛先を向けるの!? 紙パックと一緒に、そのゴミも捨ててこいって言ってんの!?
「ああ……置いておくだけで有害物質を放つ廃棄物にも、使い道はまだありそう、ですね」
「なるほど……その手がありましたか。これなら確かに、クラティラスさんの悪い癖も直るかもしれませんな」
同時に、ステファニとイリオスが何かを閃いたらしい。そしてそれは、二人が目線で確認し合っている様子から窺うに、同じ考えであるようだ。
しかし、何だろう…………とてつもなく嫌な予感がする。
ステファニとイリオスの企みが明らかになるのは、それから十五分後。もちろん、私の嫌な予感はど真ん中ストレートブチ抜きで大当たりした。
ありえん。
こんな恐ろしいこと、現実に起こるはずがない。
これ、夢だよね? 私、お家に帰ってネフェロに寝かし付けてもらって、スヤスヤとオネムの真っ最中なんだよね?
ネフェロ、どうか早く起こして。ナイトメアでバッドトリップした先が、とってもヘルでインフェルノなの。
お願いネフェロ、この悪夢から私を救って……これからは起こされても不機嫌にならないから! 瞼にやたらリアルな目を描いて、起きたフリしたりしないから!!
「ララちゃーん、どうしたのー? こっちはいつでもカモンバッチコイだよー?」
笑顔で手を振るのは、第二王子のクロノ様。
「クラティラスさん、なるべくこちらには来ないでくださいね。死にたくないので」
この上なく嫌そうな顔で訴えるのが、第三王子のイリオス。
「手加減なしで構わぬぞ。しかし兄弟三人が揃って、こうして遊ぶのは久々だな」
さらに、普段の近寄り難い雰囲気はどこへやら、楽しそうに横揺れしている801棒は、第一王子のディアス様。
ボールを持つ私の前に、彼ら三人の王子が勢揃いして立ちはだかっている。
我らがチームメンバーのみならず、同じように練習していた一年生も部活動に勤しんでいた生徒達も手を止めて周囲に集まり、固唾を呑んで見守っていた。おかげで体育館は、恐ろしいほどの静寂と緊張感に包まれている。
ステファニとイリオスの提案が、これ――『狙うはハートのゴール★迫るプリンス達を華麗に躱して安全プレイを学んじゃ王子!』作戦だ。
名付けたのは、ステファニ。クソダセェしクソウゼェけど、今は笑えねーよ。
ちなみにイリオスは参加する予定じゃなかったのに、二人の兄に説得されて無理矢理参加させられた模様。
三人の中じゃ、あいつが一番突破しやすそうだけど……ダメダメ! だってディアス様がいるんだよ? 彼の前でイリオスをぶん殴ったら、それこそ死罪にされかねない!
クロノ様に関しても然り。ディアス様はイリオスたんだけでなく、クロノたんもラブだもん。クロノ様を張り倒しても、終身刑くらいは余裕で食らいそうだ。
となると、ディアス様を狙うしか…………いや、それこそアカンわ。次期国王とされる王太子様よ? 万が一、怪我でもさせようもんなら、私だけじゃなくてレヴァンタ家全員が処刑されちゃうかも……。
ねえ、本当に待って!
どこをどついてもヤバいんだけど!?
どいつもこいつも噛んだ瞬間爆発する、電子レンジゆで卵みたいなもんやん!
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