腐令嬢、平定す


 部室に向かう階段の途中から、既に凄まじい戦の音色は聞こえていた。


 今回は、いつもにも増して激しくやり合っているらしい。悲鳴と怒号の源となっている部屋の前に辿り着くと、私は勢い良く扉を開いた。



「ゴルァァァァ! 貴様ら、何さらしとんじゃあああああ!!」



 同学年とはいえ、私は部長。こんな時は、こうしてしっかりと威厳を見せなくてはならない。


 部員達は倒したテーブルをそれぞれ砦にし、左右三人ずつに分かれていた。


 部長の一喝で一瞬だけ喧騒が止まったものの、奴らはすぐに喚き始めた。



「だ、だってクラティラスさん! この半端な夢主クソ女、リバを否定したのよ!? 相手が二人の男プラス女一人、しかも逆ハーに限らないっていうなら、BLに腐女子がおまけでついた3Pリバと変わらないじゃない!」



 左陣営の隊長と思われるリバ好き才女のドラスが、まず声を上げる。



「全然違うわよ! 私は攻めとか受けとか、そういうのを超えた次元にいるの! 言うなれば、神視点で彼らを愛でているの! そして時に彼らの前に降臨して慈愛で包み、包まれたいのよ!」



 それに真っ向から立ち向かったのは、右陣営の隊長らしきリコ。


 更衣室逃亡事件の際、『リフィノンもアエトも両方好きで、片方だけ選ぶことができなくてずっと悩んでいる』と打ち明けられ、この紅薔薇の面子に相談することを勧めたのだ。


 そこでわかったのは――彼女は『三人で仲良くしたい』『二人が仲良くしている様を眺めていたい』という二つの願望を併せ持つ、夢女子とBL好きのハイブリッドだということ。理解できたらスッキリしたらしく、それ以来、国際交流部とこの部を兼部するようになったのだ。



 だけど何というのか……頭の良い奴が二人揃うと萌えトークも白熱するもんで、このように戦が勃発しやすくなってしまった。



「何が神よ! 至高のカプに自分を参入させるなんて邪道よ、邪道! 己の存在が相手の尊い関係を汚すとは思わないの? そんなこともわからず驕っているのなら、神ではなく悪魔だわ!」



 ミアの隣からアンドリアが、銃の形にした指から輪ゴムを放つ。


 前に愛するヴァリ✕ネフェカプに自分の感情を混同して、痛い目見たもんな……彼女だけは、この先も夢女子など受け入れられないだろう。



「悪魔だって結構よ! 夢見るくらいいいじゃないの! 現実に叶わないのだから、想像で満足するくらい許されるでしょう! 私だって、人外と結婚したいんだからーー!!」



 反撃とばかりに、両手で輪ゴム鉄砲を放ったのは人外萌えのミア。


 七月の課外授業で目撃した大きなサイクロプスに一目惚れしたんだって。まさかと思ったけれど、私が描いたジョンさんの絵と特徴が一致していたらしいよ。


 ジョンさん、あなたって罪な男ね……。



「できないことを妄想する、この部では確かにそれを推奨しています! けれどリアリティがないのでは、その妄想はただの独りよがりになるのではありませんか!? だったらチラシの裏にでも書いとけよ! んなもん絵にできるか! と私は声を大にして言いたいです!!」



 珍しく、普段は大人しいイェラノまでも荒ぶっておられる。


 模写はかなり上手くなったけど、脳内にあるオリジナルキャラをなかなか形にできないと行き詰まってたからなぁ……相当ストレスが溜まってたみたいね。



「私だって、オジ攻めを嗜もうとしたわよ! でもダメなの無理なの不可能なの! オジサマは受けじゃなきゃいけないの! しかも夢主やるとしたら、私が攻めになるのよ!? そんなこと、できるわけないじゃない!!」



 デルフィンに至っては、涙まで流していた。


 彼女なりに妄想の幅を広げようとしてたのは、私も知ってる。でもわかるよ……無理なものは無理だよねぇ。



 全員の言い分を聞くと、私は深々と溜息を吐いた。


 これさぁ、三対三じゃないよね? 陣営内でも噛み合ってないし、一対五が六人いるって感じよね? 毎度ながら、疲れるわー……。


 するとそこへ、背後に気配を感じた。リゲルとステファニだ。


 私が伝えた通りに、彼女達は素早く飛び交う輪ゴムを掻い潜り、両陣営の隊長に兵器を突き付けた。



「あぅ……」

「くっ……」



 ドラスとリコの動きが止まる。



「それが欲しいなら、とっとと終戦して人質を解放なさい。でなければ」



 私の声に合わせ、リゲルとステファニは手にした兵器――という名の、それぞれの好きカプと好きシチュのイラストが描かれた紙――を破ろうと、掴むその手に力を込めた。


 腐腐腐フフフ……部長はね、こんな時のために部員達の好みをしっかりと把握して、全員分の萌えイラストを描き溜めているのよ!



「ま、参った」



 ドラスとリコが、声を揃えて敗北を宣言する。人質に取られていたセメオスちゃまとウケオスちゃまも解放され、ステファニは手元に戻った愛する二人をぎゅっと抱き締めて、切なげに眉を寄せて無事を喜んでいた。



 うむ、本日の戦争も平和的に終結したようだ!



「はーい、それじゃ輪ゴムを片付けて、机と椅子を元に戻してー。終わったら、仲直りのイチゴ牛乳だよー」



 私が手を叩いて促すと、皆に笑顔が戻った。



「イチゴ牛乳ー!」

「わーい、イチゴ牛乳ー!」

「甘くて美味しいイチゴ牛乳ー!」



 喧嘩の後には、この消火剤が一番効く。


 リコですらニコニコしながら、同じくニコニコしてるドラスと一緒にテーブルを運んでるんだから、イチゴ牛乳は強い。ウチの部の女子は、皆揃ってイチゴ牛乳が大好きなのだ。



「あの……」



 席に付いて期待に目を輝かせる皆に、ステファニが購買で買って来てくれたイチゴ牛乳のパックを配ろうとしたところ、リゲルが恐る恐る私に声をかけてきた。



「後ろに……」



 制服の裾を引っ張られ、振り返った私は腰を抜かしそうになった。


 戸口にいたのは、第二王子殿下の捜索から呼び戻されたらしいスーツ姿の集団――中身は王国軍――と、唖然とした顔で室内を覗き込んでいるディアス様。


 そして兄と同じく、ぽかんと目と口を開きっぱなしにしたクロノ様。


 ついでに額を押さえて項垂れているイリオスを加え、三バカ王子全員が我が部室に集合していた。

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