腐令嬢、命ず


 ――アステリア王国第二王子殿下が、留学先から戻って来られた。


 ――しかし護衛の隙をついて逃げ、行方が分からなくなってしまった。


 ――アステリア学園周辺で目撃情報があったため、もしかしたらご兄弟に会いに向かわれたのかもしれない。



 そんなとんでもない知らせを受けた学園長は、真っ先に親族である第一王子と第三王子の二人にこのことを伝えた。


 第一王子のディアス様は真剣な表情で『なるべく早急に発覚せねば』と訴え、学園警備員達と共に学園内の監視カメラをチェックしつつ、怪しいと思われる箇所に教職員に擬態させた王国軍の者を配置。第三王子のイリオスは兄に命じられ、監視カメラの少ない旧校舎の捜索を任された。


 ご存知のように、この学校には二人の王子が在籍している。今更一人増えたところで教員も生徒達もそこまで驚かないだろうし、防犯の面でもそこらの貴族のお宅より万全の体制を誇る。


 が、この第二王子が侵入したのだとしたら、放置しておくわけにはいかない。何たって性格に大いに難ありの危険人物なのだから。



 アステリア王国第二王子、クロノ・パンセス・アステリアといえば、女と見れば誰でも口説き、男だって好みのタイプならオッケーバッチコイ、果ては人外にまで手を出したという噂もあるイケイケゴーゴーなヤリチソ。


 こんなものを放っておいたら、学園内に彼のベイビーが氾濫しかねない。アステリア学園が、クロノ王国になってしまう。



 現に今――高等部生徒会室に連行され、兄であるディアス様に説教を食らっている間も、クロノ様は被害報告の聴取のためにと一緒に連れて来られた私を相手に、あれこれと喋りかけてきた。


 一応、暴言を吐いたことについては謝っといたよ。『許してほしいならデートして』と言われたから、『許してくれなくていいんで死んでもデートしません』と返しておいたけど。


 こんだけ全力で拒否ってるのに、ちっとも懲りないってすごくない? はー、ウッザ。脳内でミュート機能発動しとこ。むしろブロック案件だろ、これ。



「あのー、もう行っていいですかー? 私も忙しいんでー」


「僕も忙しいので」



 私がそっと帰りたい旨を伝えると、これまで置物みたいに黙ってたイリオスまでもが便乗してきやがった。ハズレ王子三兄弟でよろしくやってりゃいいのに。



「ああ、クラティラスくん、この度は申し訳なかった。後で、必ずお詫びをさせていただく。イリオスたん……えふんえふん、イリオスも、本当に済まなかったな。まさかお前の婚約者が狙われるとは、私にも考えが及ばなかった。今後このようなことがないよう、クロノたん……げふんげふん、クロノにもきつく言っておくから、今回はどうか許してくれないか?」


「はあ、まあ……特に何もなかったみたいですし、兄上が悪いわけではありませんから」



 愛するイリオスたんの言葉を聞くや、萎びていたディアス棒はぽわぁんと赤く染まり、元気よく奮い立った。


 うん……まだ801棒に見えるんだ。このブラコン兄貴が、ブラコンパワーを発揮する時に。あーあ、我ながら変な自己暗示かけちゃったなぁ。



 一礼してその場を去ろうとしたその時、室内にノックの音が響いた。



「失礼いたします。こちらにクラティラス・レヴァンタがいると窺って……」


「あー! ファニーたん!? うわうわうわ、すっかり綺麗になっちゃってー! 元々可愛かったけど、すっかり大人のレディだねっ! いよいよ俺のお嫁さんになる日も近いー!?」



 騒ぎ立てるクロノ様の姿を確認すると、ステファニは人目も憚らず舌打ちした。


 うっわ、鉄壁の仮面を誇るステファニがここまであからさまに嫌悪感を剥き出すことって、滅多にないぞ? すげー嫌われっぷりだな。



「あの……」



 ステファニの後ろから、小さな顔を出したのはリゲル。


 ちょっと、何でこんなところに来ちゃったの!? バカバカ、今ここには野獣が……!



「っええーー!? 何何何ぃぃぃ!? この学校、こんな可愛い子もいるのー!? 名前は? 何年生?」



 案の定、クロノ様は超絶美少女リゲルにターゲットロックオンし、止める間もなく彼女の元に駆け寄った。



「あ、あの……リゲル・トゥリアン、中等部の一年生です」



 見知らぬ男にいきなり手を握られ、軽く仰け反りながらも、リゲルは素直に答えた。



「リゲルちゃん……ああ、あの本の作者さんは君だったのかあ。すごく面白かったよ。俺はクロノ・パンセス・アステリア。イリオスのお兄ちゃんだよっ、ヨロピ! ねねね、彼氏はいる!?」



 初々しい反応に気を良くしたようで、クロノ様はさらに顔を寄せてリゲルに迫った。



「あ、第二王子殿下のクロノ様でいらっしゃったのですね! わあ、あたしの書いた本を読んでくださったのですか? 嬉しいです、ありがとうございます! えっと、彼氏は一人じゃ物足りない尻軽浮気性の質なんです。なのでこの前ついに百人斬りを果たし、今は千人目指して男漁り中ですよっ!」



 曇りない黄金の瞳をクロノ様に向けたまま、リゲルはそう言って可愛らしく微笑んだ。



 彼女が言う彼氏とは無論、脳内彼氏のことである。


 リアルでは『キスはレモン味かメロン味か』と真面目に私と議論するレベルで、三次元の生身の男と付き合った経験などいない。



 しかし、この清楚可憐な外見を打ち砕く発言は破壊力絶大だったらしく、盛大に勘違いしたクロノ様のみならず、事情を知っているはずのイリオスまでも、魂を彼方にふっ飛ばされて立ったまま屍と化していた。



「えーと……ステファニ、リゲル。こんなところにまで来るなんて、何かあったの?」



 高等部生徒会室にまで呼びに来るとは、ただ事ではない。そこで二人に尋ねたところ、恐るべき答えが返ってきた。



「クラティラス様、部室でまた抗争です」


「ステファニさんの力も及びませんでした。新入りの奴、頭脳戦にも長けてるものですから」


「え、待って。ステファニでも止められないってどういうこと?」



 私の質問に、ステファニはチラリとシカバネオスを見て俯いた。



「ひ、人質を、取られてしまったのです……私の愛する、セメオスちゃまとウケオスちゃまを、それぞれの過激派グループに」



 セメオスちゃまとウケオスちゃまとは、裁縫の得意なアンドリアに教わって彼女が初めて作った、掌サイズの人形の名である。何を模して制作したかは、わざわざ説明するまでもない。



「ステファニは部費で消火剤を用意してきて。リゲルは教室に行って、私のバッグを取ってくるのよ。私は先に戦場に入って、時間を稼ぐ。バッグの中には例の兵器が入っているから、あなた達は合流したらそれで即座に攻撃して。では、ゴー!」



 状況を理解した私は二人に指示を飛ばし、高等部生徒会室を飛び出した。



「ちょ、ちょっと待ちたまえ! 君達、学校で何を……」



 ディアス棒が背後から話しかけてきたが、今はそれどころじゃない。戦争が始まっているのだ!

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