腐令嬢、儚む
旧校舎の古びた廊下に、上履きが擦れる音が響く。耳障りとも心地良いともつかないこの音色が、私は意外と気に入っていた。
目的地である白い扉には、メンバーの中で一番可愛らしい文字を書くデルフィンとデザイン力が高いイェラノの合作となる『花園の宴 紅薔薇支部』の看板が掛けられている。
ノックをして扉を開けると――――ロの字型に長机を並べた奥の席に、見知らぬ人物が座っていた。
「ええと……あの?」
「あ、お疲れちゃーん。今いいとこだから後でねー」
手元の本から目を離さず、そいつはそれだけを告げて黙り込んだ。
やや俯き加減のため顔貌の全容は見えないが、確実にイケメンだ。背後の窓から差し込む西陽に照らされる様は、光と陰影が作るバランスまで計算された彫刻を思わせるほど美しく、ともすれば荘厳ですらある。
しかし、格好がどうにもいただけない。
頭頂部から毛先に向かって、パープルにブルー、ブルーにグリーン、グリーンにイエローへと移り変わる目にもうるさいミディアムロングという髪型もさることながら、服装もクレイジー。シルバーの革ジャンに黒と赤の斑模様のズボンて。おまけにアクセサリージャラ付け上等て。
うお、よく見たら耳のピアスもヤベェやん。ヘリックスにアウターコンク、トラガスからスナッグにロックにダイスまで、軟骨埋め尽くされとるがな。しかも耳たぶ部分はオービタルかよ……ピアスホールの掃除も耳掃除も大変そう。
ページを捲る度にニヤニヤしたり、蒼白したり、涙ぐんだりと表情もうるさかったので、何を読んでるのかと気になって私は本を覗いてみた。
で、ぶったまげた――それは何と部室に置いてあった、リゲルの書いた小説の製本だったからだ。
「あー、おっもしろかったー! ねえ、この作者さんの本、他にないの? 超読みたいんだけど」
服装のセンスはさておき、顔だけは麗しき美青年は屈託なく笑って、側で固まる私に尋ねてきた。
「お、面白かった……ですか?」
「うん。挿絵も良いよね〜。お話のイメージにぴったりだった。でもこの絵を描いた人の名前、どっかで聞いたことあるんだよなぁ?」
首を傾げて思案に暮れるその人に私は思わず駆け寄り、深々と頭を下げた。
「あ……ありがとうございますっ! 私達が作った本をそのように褒めていただけるなんて、夢のようです! 作者にも、必ず伝えておきますーー!!」
「う、うん……って、思い出した! そうだよ、クラティラス・レヴァンタ! 君のことだよね!? じゃあこの絵を描いたのは、やっぱり君!? 絵が得意だって、噂で聞いてるし!」
大きな声で名前を呼ばれ、私は再び固まった。
ええと……どこのどちら様だ? こんな変な奴になんざ、会ったことはないと思うんだが。あ、レヴァンタ家の家紋入りの髪飾りしてるから、私が誰かわかったのかな?
「えっ……ええ。そうですけれど、あの、あなたは?」
「わー、やっと会えたぁ! うっわ、写真より全然可愛いじゃーん! 俺が出会った可愛い女の子ランキング、一気に最高更新しちゃったかもぉー!」
そいつは椅子を蹴倒して立ち上がると、馴れ馴れしく私の両肩を抱き、キャッキャと子どもみたいに喜んだ。
写真?
もしや集合写真とか記念写真とかが出回っていて、それを見て個人情報を調べ上げた上でついに学校にまで忍び込んだストーカーだったりするんじゃ……?
ありえる。大いにありえる。だってこいつ、見るからに頭イカれてるもん。
毒虫すら逃げると言われたあのオショレディのお母様をあっさり超えるレベルのオショレっぷりだよ? これで正常なわけがない!
でででででも、どうしよう?
イカれストーカーだとわかったところで、私は無力な女子。下手に抵抗したら、どんな目に遭わされるかわからない。
ここはやっぱり、大人しくして……。
「クラティラスって呼びにくいから、ララちゃんって呼んじゃおっかなぁ? 俺だけの呼び名にするの。ね、いいでしょ、ララちゃぁぁん?」
ところが、そいつに耳元で囁かれた瞬間、耐え切れず私は叫んだ。
「無理ー! きんもーー!! っていうか、ララちゃんって何それクソダセェーー! 原型残ってねーー! 私が出会ったクソゴミセンスの持ち主ランキング、一気にワースト最低最悪更新じゃーーーー!!」
魂の絶叫が届いたのか、ここでタイミング良く部室の扉が開かれた。
「クラティラスさん、いるんですか!? 大変です! 今とんでもない知らせがあって、この辺に……」
入ってきたのは、真っ青な顔をしたイリオス。それを見て、私はがっくり肩を落とした。
これはまた、クソの役にも立たねえ野郎が来ちまいましたなぁ……できたら図書室に本の返却に行ったステファニっていうSSRを引きたかったのに。救助者ガチャ大爆死もいいところだよ。
「え、あの、こんなところで何をなさっ……」
「あっ、もしかしてイリオスぅぅぅ!? 暫く見ない内におっきくなったねーー!」
するとキモストーカーは私から手を離し、唖然として固まるイリオスの方へと向かって行った。
「イリオス……この髪色から頭の中まで発狂カラーに染め上げられてるパッパラパーのチッチキチー、お前の知り合いなの?」
「知り合い、というか……」
イリオスがよくわからない謎の踊りで喜びを表現するストーカー越しに、困惑した顔を覗かせる。
第三王子殿下が他人との接触を嫌うことまで知っているようで、キモストーカーは彼にはベタベタしなかった。ぐねぐねうにょうにょと全身を伸び縮みさせ、とてつもなく気持ちの悪い動きを繰り返すもんだから、激しくドン引きされてはいたけれども。
「その…………兄です」
「あっ、自己紹介忘れてた! クロノだよっ、ヨロピ★」
辛気臭い面した中身がオタイガーの第三王子と、片手を挙げてウィンクし、ついでにペロリと舌ピアスを披露してくれた第二王子が並ぶ姿を見て、私は気が遠くなった。
そして、思った――――アステリア王国、終わったな、と。
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