腐令嬢、爆発す


「仲間を蔑ろにするような人を、リコは好きになったの? いいところがたくさんあるから、好きになったんじゃないの? なのにどうして、自分の好きな人を信じられないの?」



 いきなり恋心を暴かれて驚いたようで、リコは私を呆然と見つめて少しの間固まった。


 けれどすぐに両手で顔を覆う。それでも華奢な指の隙間から、嗚咽混じりに答えてくれた。



「わかってる……二人が悪いんじゃないの。悪いのは、私。自分に自信がなくて、余裕がなくて……そのくせプライドばかり高くて、大切な二人にまで敵意を向けてしまったわ。こんな子、嫌われて当然よ」


「嫌ってないってば。嫌ってたら、わざわざ探しになんて行かないよ」


「だとしても、それは昔のよしみだからよ。私のことなんか、ずっと恋愛対象として見てくれない……だって私、全然可愛くないもの」



 それを聞いて、私はぽかんとした。



「可愛くない? リコが? は? 意味わかんない。こんなに可愛いのに、まだ足りないと?」


「慰めはよしてよ! バカにしてるの? 自分がブスだってことくらい、嫌でも理解してるわっ!」



 そう叫ぶと、リコは私の手を振り払った。



「クラティラスさんはいいわよね……美人で家柄も良くて、王子を一目惚れさせたほどの魅力の持ち主ですもの。羨ましくて妬ましくて、比べては落ち込む私の気持ちなんか、わからないでしょう!」



 唖然としていた私だったが、ボロボロと涙を零しながら自嘲的に笑うリコを見ていると、無性に腹が立ってきた。



「だったら、代わってくれる?」

「え……?」



 今度はリコが、唖然とする番だった。



「羨ましいと思うなら、代わってよ。好きでもない人と無理矢理婚約させられて、それを幸せだと思うよう強いられて。自由をどんどん奪われて縛られて締め上げられて、心を押し潰されて、泣き言も漏らせなくて……何もできないまま生涯を終えることが決定している私と、お願いだから代わってよ」



 リコが黙ったのをいいことに、私はこれまで溜め込んできた鬱憤を吐き散らした。



「私だって、憎たらしいほど周りを羨んでるよ! 何なの、好きな時に好きな人を見付けて、好きなように遊んで好きなように生きられるって。ズルいよ、同じ人間なのに何でこんなに違うの? 私が何か悪いことした? 私だって、やりたいことがたくさんあるのに!」


「クラティラスさん……」



 リコが悲しげに私の名を呼ぶ。じり、と胸を焼く痛みから逃れるように、私は続けた。



「自分がどれだけ恵まれてるか、考えたことある? 私の何が羨ましいって? この顔と一爵家の家柄とあのクソ王子か? だったらまとめてくれてやんよ! これからは私がリコ・クレマティになってやる! リフィノンもアエトも、力技の力付くの力任せでモノにしてくれるわ! 何なら全世界の男を支配して、生涯をBL王国の建立に注いでやる!!」



 しかし――熱く激しく夢を語ることができたのは、ここまでだった。



「うえええ〜ん……やっぱり無理ぃ。お父様が好き。お母様が好き。お兄様も、ネフェロも、アズィムも、皆好き。大好きな皆と離れたくないよぉ……。もう離れ離れはやだよぉ……皆と一緒にいたいよぉぉぉ……」



 胸の痛みが爆発すると、前世の家族のことまで思い出して―――私はリコの目も憚らず、大泣きした。


 会いたいのに会えない。どれだけ願っても届かない。今の家族だって、数年もすれば別れることになる。


 死ぬのは怖くない。でももし、また記憶を持ってどこかで生まれ変わったら、私はさらに苦しむんだろう。大神おおかみ那央なおとクラティラス・レヴァンタ、二人を慈しみ愛してくれた大切な家族を想って。



「…………クラティラスさん、ごめんなさい。私、自分勝手だった。自分が持っていないものを持っているからと、卑屈に歪んだ目であなたを見ていた。あなたにだって辛いことがあるのに、それを隠して明るく振る舞わざるを得ないのだとも知らずに、勝手に嫉妬して……きつく当たってしまったわ」


「きつく当たられたことなんかないよ! リコは優しいよ! だって私のために、名案を考えてくれたじゃん!」



 泣きながら訴える私に、リコは静かに首を横に振った。



「違うの。あの案は、二人から自分より綺麗で可愛いあなた達三人を引き離したかっただけなのよ……本当に、最低よね」


「それでも……私はリコのおかげで、苦手なバスケを頑張る気になれたんだよ? リコがいなかったら私、チームのお荷物でしかなかった。リコは私にとって、救世主なんだよ。だからリコ、お願い」



 私はリコにしがみつき、涙と鼻水でぐだぐだになった顔で懇願した。



「足を引っ張るなんて思わないで。私にもチームにも、リコが必要なの。それに……リコは、自分が思ってる以上に可愛いよ? リフィノンだって、本当に可愛くないと思ってたら逆にあんなこと言えないはずだもん」



 するとリコは、顔をほんのり赤くして目を逸らした。



「そ、そんなこと……」


「そんなことあるの! 他人に厳しく自分にはさらに厳しくするのがリコだから、求めるレベルが高すぎるだけなんだよ!」



 私は彼女の言葉を遮って、先制で反論した。



「そ、そうなのかしら……?」



 己の造形を確かめるように、リコが自分の頬に手を当てる。


 肉の薄い瓜実顔に横長の涼やかな目、小さくまとまった鼻と口。派手な顔立ちが多いこの世界では、確かに彼女の楚々とした容貌は地味に映るかもしれない。けれど内側から滲み出る神秘的な雰囲気は、一度目を留めると吸い込まれてしまいそうなが魅力ある。


 こんなに尊みある美顔を持ってるのに気付かないなんて、バカと天才は紙一重って本当なんだな。



「それにしても、クラティラスさん……」

「何?」



 呼ばれて顔を上げた私を見て、リコはぷっと吹き出した。



「あなた、美人なのに……泣き顔はすごくひどいのね。ちょっと、これは引くわ」



 えーえー、よく知ってますよ。前世でも『泣き顔世界一ブス殿堂入り』って言われてましたからね!



 リコがくれたハンカチで顔面を掃除すると――私はそっと彼女の耳に口を寄せた。



「ね、リコの好きな人って、リフィノンとアエト、どっちなの?」



 リコは至近距離にある私の顔を見て、それから諦めたように溜息を吐いた。




「クラティラスさんになら、言ってもいいかな。私が好きなのは…………」




 昇降口を探していたはずの二人も、教室に向かったイリオスとステファニも、既に目的地周辺を探し終え、それぞれ移動してリコの捜索活動に勤しんでいたそうな。そのせいで、なかなか捕まらなかったらしい。


 捜索する人達を捜索するという不毛な任務を成し遂げたリゲルが呼びに来たのは、それから一時間も過ぎた頃だった。行き違うことを恐れてそのまま待機していたのだけれど、あんまりにも遅いから、私とリコは雑談に花を咲かせつつ、暇潰しに始めた明日の予習まで終えてしまったよ。


 やっと体育館で全員が合流すると、まずリコが謝り、続いてリフィノンとアエトが謝り、こうしてチームは新たに強い絆で結ばれた。



 しかし――夜の学校をたった一人、半泣きで彷徨い歩く羽目になったと、リゲルにギャンギャン八つ当たりされたのが、何故か私オンリーだったことだけは納得いかなかった。



 一番面倒なことをさせて申し訳なかったとは思うけどさぁ……チームなら、そこも連帯責任でしょーが!

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