腐令嬢、発見す
「クラティラスさん……やっぱり、気付いてない、ですよね?」
「何を?」
廊下を走ると怒られるので、競歩ばりに早歩きしながら更衣室に向かっていると、リゲルが遠慮がちに問いかけてきた。
「…………リコさん、リフィノンくんとアエトくんのどちらかに好意を抱いているみたいなんですよ」
「それを言うなら、両方にじゃない? 小学校からの付き合いだっつってたし」
「んもう、違いますよっ! 友達としてじゃなくて、恋してるみたいだって言ってるんです!」
リゲルの怒声に、私は思わず足を止めた。
「こい……? えっと、あの攻め様から受けちゃんに、受けちゃんから攻め様に抱くトキメキと切なさが入り乱れた甘くほろ苦い感情の、あの恋……?」
恐る恐る尋ねれば、リゲルが頷く。
「ちょぉぉぉうちょちょ、ちょうちょちょ待って! え、リコは攻めなの受けなのどっちなの? 三人の役割はどうなるの!? 無限ループの片恋トライアングルになっちゃうの!? こうなったらリバる!? リバるしかない感じ!?」
「落ち着いてください、クラティラスさん! これは腐要素皆無のノマ案件です! 男と女、リフィノンくんかアエトくん、それとリコさん、これノーマル、オッケー? 攻めナシ、受けナシ、リバナシ、恋アリ、オッケー!?」
「オ、オッケー、ノマ案件ね!? 妄想で男体化したわけでもなく元は男で女体化したわけでもなく、ガチでリアルのリコが、あの二人のどっちかをラブとして好きってことなのね!?」
リゲルから説明と説得を受け、私はようやく彼女の言わんとしていることを理解した。
にしても、何でリコが恋してるってわかったんだろ? 魔法かな?
「クラティラスさんがクソほど鈍いだけですよ。あたしもイリオス様もステファニさんも、すぐに察しましたよ? だってリコさん、わかりやすすぎるんですもん。あの二人もクラティラスさんと同じくらいクソ鈍いみたいし、クソスポーツクソバカなおかげでバレてないみたいですけど」
こそこそ声で恋を見抜いた秘密を聞いてみたところ、リゲルはうんざり感満載といった声と表情で答えてくれた。
えー……私、そんなに鈍いかなぁ? 三人が鋭すぎるだけなんじゃないのぉ?
「クラティラスさんって、BLならあちこちに恋の伏線を散りばめた素敵な妄想を語ってくれるのに、どうしてこんなに鈍いんですかね? 全部BL方面に吸い取られちゃったのかな?」
「あ、それはちょっとあるかも。BLのカップリングに脳が特化するあまり、他が犠牲になった的な……あー、電気点いてないねぇ」
一年生用に割り振られた女子更衣室は、体育館を出て廊下を真っ直ぐに行き、その突き当たりを曲がったところにある。更衣室は男女共に二重扉になっているのだが、磨りガラス越しに漏れる光はなく、中は真っ暗だった。
「こう人気がなくて暗いとアレですよね……何か、出そうな雰囲気、みたいな?」
ここでリゲルが、ぽつりと嫌なことを零す。
時刻は午後七時過ぎ。普通なら夕飯を食べて家族団欒している時間帯ではあるが、それが夜の学校となればイメージはがらりと変わる。
「やめてよ……私、そういうの苦手なんだから。リゲル、ドア開けて。一応、荷物あるかだけでも確認しとかなきゃ」
「えー……クラティラスさんが開けてくださいよぅ。あたしだってOBKの第一発見者にはなりたくないですっ」
「もー、何でそういう怖いこと言うかな!? じゃ一緒に開けよ? せーのっ!」
ノブに二人で手をかけて廊下に面している外扉を開き、怖気づく前に続けて一気に内扉も開けた。
「な、何か聞こえませんか……?」
リゲルが震えながら、私の体操着の裾を掴む。
「きっ、聞こえる……啜り泣き、みたいな?」
私も震える手で、リゲルの細い体にしがみついた。
そ、そうだ、電気! 明かりを点ければOBKだって退散してくれるはず!
思うが早いか、私はリゲルを片手で抱き締めたまま、左手にあるスイッチを叩いて押した。
「ぎゃーーーー!!!!」
室内に光が灯った瞬間、私とリゲルは揃って悲鳴を上げて腰を抜かした。部屋の奥、ロッカーの隅に潜むようにして蹲る白い人影を捉えたからだ!
「な、何なの……あなた達。いきなり大声出して、びっくりさせないでよね」
しかし、OBKは我々がよく知る声を発し、ロッカーの隅から立ち上がって我々がよく知る顔を見せた。
OBKと見間違えたのは、まさに私達が探しているその人――白い体操着のリコだったのである。
「リ、リコーー! 良かった、リコだあ!」
「リコさぁぁん! 良かった、リコさんだったあ!」
私とリゲルはリコに飛び付き、OBKとの遭遇回避と十分ぶりくらいの再会を大いに喜んだ。
「それじゃ、あたしは皆にリコさんが見付かったことを伝えてきます。すごく心配してるでしょうから」
そう告げると、リゲルは私とリコに背を向けて急ぎ足で更衣室から出て行った。
この役割分担は、前もって決めていたことだ。リコが逃げようとしたら、華奢で非力なリゲルでは止められない。リゲルに比べると私の方が身長は5センチ高いし、体重も○キロ重いし、それに家ではステファニの自己鍛錬によく付き合ってるから、多少なりとも鍛えられてる、という理由で。
「心配なんて誰もしてないでしょ。もう帰るわ、どいて!」
案の定、リコはロッカーから荷物を取ってこの場から逃亡しようとした。
「今、昇降口に行ったら、リフィノンとアエトに鉢合わせるよ? その前にぃ? 私の守りを破らなきゃならないけどぉ?」
足を開き、両手を掲げてディフェンスのポーズを取りながら、私は不敵に笑ってみせた。数々のラフプレーを嫌というほど見ていたリコはすぐに諦めて、荷物ごとぺたんと座り込んだ。
「何でほっといてくれないのよ……これ以上、惨めになりたくないのに!」
私を睨む目は、赤く充血して瞼が腫れていた。着替えることもできないまま、ずっとここで泣いていたんだろう。
私はリコの隣に腰を下ろし、嗚咽を堪えて震える肩を抱いた。
「リフィノンもアエトも、すごく反省してたよ。リコはサボってたわけじゃないのに、誤解してひどいこと言ったって。謝って、仲直りしたいって」
するとリコは激しく頭を振り、全身で私の言葉を否定した。
「嘘よ! クラティラスさん達にいいところを見せたいだけよ! 私なんて運動オンチだし、バスケも下手だし、練習しても全然上手くならないし! 本心では、いなくなって清々したと思っているわよ!」
「……何で、好きな人のことをそんなふうに言うの?」
耐え兼ねて、私はぶっちゃけた質問を繰り出した。
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