腐令嬢、格闘す


「いだぁっ! 何すんだよ、リゲル!」


「クラティラスさんがさっきやった体当たりを、そっくりそのままお返ししたんですっ!」


「ぎゃあっ! ステファニ、待って待って! 腕外れる!」


「先程、私の腕を掴みましたよね。これは、そのペナルティです」


「無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ! ギブギブギブ!!」



 リゲルに思い切り張り倒された挙句、続け様にステファニによって腕十字を極められると、私は全力で絶叫した。



「何というのか、バスケというより格闘技ですよねぇ。日毎に暴力度のレベルが上がってる気がするんですが」



 その様子を見ていたイリオスが、呆れたように肩を落とす。



「ご、こめんなさい、イリオス様。こんなふうになるはずじゃなかったんだけど……」



 ボールをドリブルしながら行ったり来たりしていたリコが立ち止まり、申し訳無さそうに眉を下げて謝った。


 ちょっと、何でイリオスに詫びてんの? ひどい目に遭ってるのは私でしょーが!



「おい、リコ! 何また勝手に休んでるんだよ!」



 すると、1ON1で練習していたアエトから叱責の声が飛んできた。


 汗に濡れたオレンジの短髪を、鬱陶しげにかき上げる姿がとてもカッコ良い。普段は控えめで落ち着いた雰囲気だけれど実はリーダーシップがあって、このチームでも彼はその能力を発揮し、皆の動向を細かくチェックしている。



「もう何回同じ注意をしてると思ってるんだ? 運動が嫌いなのはわかるけど、クラティラスさんだって苦手を克服するために頑張ってるんだぞ? お前も少しは見習って、真面目に練習しろ!」


「アエト、そうキツく言うなって。リコも女の子なんだからさー。女子なら誰だって、王子様に憧れるもんだろ? きっかけがあればお近付きになりたいって思っても、おかしくないじゃん?」



 軽口を叩いたのは、アエトにオフェンスを仕掛けていたリフィノン。こちらの黄色い髪は、汗をかいてもツンツンと尖ったままだ。


 いかにもお調子者といったキャラの彼は、空気を読んでムードを和らげるのが得意なタイプである。


 今の発言も、そのつもりだったように思うのだけれど。



「そ、そんなんじゃないわよっ! 婚約者のクラティラスさんが側にいるんだから、いい加減なこと言わないでよね!」



 しかしリコは受け流すことができなかったらしく、顔を真っ赤にして怒り、手にしていたボールをリフィノンに投げ付けた。



「いってぇな、何すんだよ!」



 左腿にそれを受けたリフィノンが、悲鳴を上げる。親友の身から弾かれたボールを拾うと、アエトはリコに詰め寄った。



「リコ、今のはいくら何でもひどいぞ。リフィに謝れ。元はといえば、練習をサボっていたお前が悪いんじゃないか。ただでさえ運動が苦手なんだから、人一倍頑張るんだって自分で言ってたのに」



 アエトに真顔で説かれても、リコは俯いたまま何も言わない。



「ったく、可愛くねーよなー。そこら辺も、他の女の子を見習えっつーの」



 リフィノンが不貞腐れ気味に言う。そこでリコは、やっと顔を上げた。



「か、可愛くなくて結構よっ! どうせ運動オンチの私がいたら、足を引っ張るって思ってるんでしょ!? 練習も大会も、私抜きでやればいいんだわ!」



 そして叫ぶように吐き捨てると、彼女は体育館から飛び出していってしまった。



 取り残された私達に、重い沈黙が落ちる。


 それを破ったのは、イリオスだった。



「リコさんの名誉のために言っておきますが、彼女はサボっていたのではありません」



 リフィノンとアエトが、弾かれたようにイリオスを見る。



「自分が案を出したクラティラスさんの特訓がうまくいかなくて、不安で不安で、様子を見ずにはいられなかったんだと思います。彼女は責任感の強い人です。君達だって、よく知っているでしょう?」



 淡々としていながら、厳しくも優しくも聞こえる不思議な声音だった。自分の勘違いで友人を傷付けたとわかり、リフィノンとアエトはしゅんと項垂れてしまった。



「よし、皆でリコを追いかけよう! まだ間に合うよ!」



 黙り込むしかできなくなった二人に代わり、私は元気良く提案した。隣にいたリゲルも大きく頷き、リフィノンとアエトに優しく微笑みかけながら、諭すような口調で訴えた。



「リコさんに謝って、仲直りして、また練習しましょう? チームというのは、一人でも欠けちゃダメなんです。それぞれの弱点を補い合い助け合いするのがチームなんですから」



 さっすが私のリゲル、いいこと言う〜!



「こういった不測の出来事があってこそ、絆は強く深くなり、美しく輝くもの。例えばセメオス様がチンチラに襲われるウケミヤ様を救う展開、セメミヤ様がウケオス様を忘れようと当て馬の誘いに乗る展開……このように何らかの事件が起こらねば双方の距離は縮まらず、萌え萌えがキュンキュンし、キュンキュンが萌え萌えする結末には導かれないのですよ」



 よーし、ステファニ、お前は少し黙ろうな?


 前半は良かったが、後半で何もかも台無しにしてるからな? ついでにイリオスが、バスケットボールで私の脇腹をグリグリ抉って八つ当たりかましてることにも気付こうな?



 ということで我々は散開し、リフィノンとアエトが昇降口へ、イリオスとステファニが教室へ、リゲルと私が更衣室へと三手に分かれてリコを探すことになった。

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