腐令嬢、浴衣る
全クラスの特別課外授業が終了する頃になると、すっかり雨の影は失せた。日に日に陽射しが強くなり、それにつれて蝉の合唱も熱を帯びてくる。抜ける青空に響くその声は、炭酸水が弾けるような音にも聞こえて、耳障りなのに心地良くもあった。
季節はいよいよ夏。
憂鬱な期末テストを乗り越えれば、待ちに待ったの夏休みの到来だ!
ところが、さすがはエリート校アステリア学園、宿題の量がパネェ。聖アリスの二倍、いんや、三倍以上はある。
全教科五冊のドリル、加えて作文やら工作やら自由研究やら……こんなの毎日やっても終わる気がしないんですけど?
「当然です。休暇期間に入ろうと、我々は誉れ高きアステリア学園の生徒。休みの日も学校に行っている時と同じように、いえ、それ以上に勉学に励むべきなのです。文句ばかり言っていないで、手を進めてください。そろそろ頬肉がもげますよ?」
「ふぁい……」
ステファニの厳しい意見に返事をすれば、顔面にびっしり取り付けた洗濯バサミがカチャカチャ悲しげな音を立てる。
受験勉強の時に散々泣かされた洗濯バサミ勉強法が、この夏リニューアルしてリバイバル!
洗濯バサミを新調したおかげで肉を挟む強度がぐっと上がり、それぞれに取り付けられた紐も従来品に比べると短くなって、手綱代わりに先端を握るステファニは小さなアクションで罰のパチーンを与えることができるようになりました!!
はい……中間期末と両方で爆死した結果、通知表が大炎上したんです。それを見たお父様とお母様が憤慨して、私とは真逆に好成績を収めたステファニに『あのおバカを何とかしてくれ!』と泣き付いたんです。
またこれをやることになるとはな……ハハッ、世の中ってのは世知辛ぇもんだよ、全く。
それでも受験の時と違い、お父様もお母様も遊びまでは禁じなかったし、恒例の海水浴にも連れて行ってくれた。
代わりに、来年受験を控えるお兄様がお留守番。
とはいえ、理由がなくてもお兄様は来なかっただろう。この頃は反抗期も拗らせてるみたいで、夜になると両親と何やら言い合いをしているようだから。
一応お兄様へのお土産に綺麗な貝を拾って、家に戻ってから部屋の前にそっと置いておいた。翌朝には添えた手紙ごとなくなっていたので、取り敢えずは手に取ってくれたらしい。
捨てたか、読まずに食べたかまでは知らんけど。
部活動は週に一回程度、出られる者だけが出席することになった。
アンドリアは家族で長期旅行だし、ドラスとミアは父親同士も幼馴染だそうで、童心に帰って遊びたいという彼らに付き合ってアウトドア三昧だし、デルフィンは同じ四爵家の母方のご実家に顔を出しに行かなきゃだし、イェラノは暑さに弱くて倒れがちだから活動が制限されているし、サヴラ達は連絡先すら知らないけど多分何かしてるだろうしで、何やかんや皆忙しいのだ。
お暇なのは、部長の私と副部長のリゲル、会計書記のステファニくらい。なので部室に集まるのは、いつもほぼ三人だけ。
萌え語りも燃料がなければつまらないから、男子の部活を見学させてもらったり、図書館で萌えキャラが登場したり萌え展開が妄想できそうな本を探したり、また大量の宿題を協力し合って進めたりして過ごした。
おかげでリゲルにまで洗濯バサミ顔を見られちゃったよ……ステファニめ、学校でまでやることないじゃん!
リゲルも人の顔見てゲラゲラ笑ってんじゃねーよ! 黙っててもクッソ痛いんだからな!
ちなみに白百合支部は、夏休みは丸ごとお休みにしたんだって。まー仕方ないわな、肝心の部長がクソ忙しいんじゃ活動にならないもん。
その部長であらせられる何様俺様婚約者様のイリオス様ですが、八月の終わり頃、私宛にお手紙を寄越してきやがりました。
それがさー、聞いてよ!
きんもいことに『夏祭り最終日の花火をお城で一緒に見ませんか?』なんて誘って来たんだよ。
しかもね、縦読みに斜め読み、アナグラムに炙り出しといろいろ試したものの、何も細工が見付からなかったの!
国王陛下に言われて渋々呼んだんだろうとは思うけれど、それにしても普通の手紙を送ってくるなんて初めてだ。逆に怖いわ。
きっと何か企んでるに違いない。
そう考えて適当に理由を付けて逃げるつもり満々だったのに、両親がノリノリで新しい浴衣まで用意しちゃうもんだから、断るに断れなくなってしまった。
ああ、浴衣? この世界にゃ普通にありますよ?
だって本編では、ヒロインが選択した攻略対象と浴衣デートするからね。
もうその辺は大分受け流せるようになったよ……突っ込んだら負けだ。
白に近い淡い水色地にパステルブルーの大きな花が描かれた浴衣を着付けてもらい、いつも下ろしてる髪をシニヨンスタイルでまとめて
ええ……服装が変わったくらいじゃ、悪役令嬢の肩書は取れません。
肝心の似合うかどうかについては、何というのか……正直、全くわからない。前世でも浴衣なんて、ほとんど着なかったからなー。最後に浴衣ったのは、小学校低学年くらいだったかな?
お父様もお母様も、ネフェロもアズィムもステファニも褒めてくれたけど、鏡に映る自分の姿は控えめに言って『クラティラスの和装コスプレ』にしか見えなかった。
何が悲しいって、このカッコでモロ洋風の城に行かなきゃならないことだよ。明らかに浮くよなぁ。
はぁ……第三王子殿下に笑いを提供するのも婚約者としての役目なの? 一般的に婚約者ってのは、将来を約束した伴侶だろーが。ただでさえ死亡フラグ山盛りの特盛りだってのに、これ以上面倒臭い役割を押し付けるなっつーの。
憂鬱な気分でイリオス様のお部屋に案内されると――驚いたことに、何とそこにはもう一人コスプレ芸人がいた。
「グフッ……フヒッ、おま、それ」
「国王陛下が『着ろYO』と言ったんです! 僕だって着たくて着てるんじゃありません!」
可哀想に、イリオスも浴衣を着せられていた。
こっちは銀髪な分、さらにコスプレ感が高い。
だがしかし、白地の変わり織りに銀糸の刺繍でアクセントが入った浴衣はなかなか似合っている……と思う。これはこれでアリでしょ、見慣れないから変な感じするだけで。
「クラティラスさんは、その……か、可愛らしいですな。ちょ、ちょっと今日は、直視できないかもしれません」
「え、そお? 後ろの方の髪とかどうなってる? 自分じゃよく見てなくて」
答えたついでにくるりんぱと回転してみせると、イリオスは床に跪き、私に向けて手を合わせ始めた。
「神……神が降臨なされた……! クラティラス嬢の浴衣姿のみならず、美しいうなじまで拝めるとは! いつものストレートロングも麗しいですが、まとめ髪も女らしさがアゲアゲモエモエで尊きことこの上なしですぞー! 神! イズ! ゴッドーーォォォ!」
神は普通にゴッドだよ。アホな私でも知ってるわ。まさか神と髪をかけたギャグのつもりか? 激寒ー、一気に涼んだわー。
お高そうな浴衣を汚しては勿体ないので、萌えを崇める五体投地をとっとと切り上げさせてから、私はイリオスに尋ねた。
「ねえ、また国王陛下に誘うよう命令されたの?」
「はあ、まあ……そう、です」
広いバルコニーに設けられた花火観賞用の椅子に隣り合って腰掛けたものの、イリオスはこちらを見ようともせず、モジモジしている。
ああもう、鬱陶しい!
「で、何企んでんの?」
面倒になって、私は単刀直入に切り込んだ。
「は?」
やっとこちらを向いたイリオスが、切れ長のラインを描く目を大きく見開く。
「だって普通の手紙だったし……もしかして私が気付かなかっただけで、どこかに何か仕込んでたの?」
「いや、何も仕込んでませんけど」
「じゃあ、やっぱりおかしいじゃん! お前が悪口一つ書かないなんて、ありえないし!」
もしや上からタライが落ちてくるとか、実はここがセットでクシャミの合図で崩れるとか、騙して連れ込んだこの場にドッキリが仕掛けてあるんじゃないだろうか?
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