腐令嬢、横取られる


「クラティラスさん、気を確かに。僕だってビックリしたんですから」



 混乱するあまり、いつのまにかケバブ屋の店長ムスタファに教わったセマーなるひたすら回転し続ける舞踏を踊り始めていた私は、イリオスの声ではっと我に返った。



「だ、大丈夫、ライはまだある。ハニジュエ……いや、ロイオンは無理だ。ごめん。私には荷が重い。いろいろと付いていけない」



『ボクの美しさを太陽が妬み、嘆き、落とす涙、それがこの雨なのさ』


『鏡越しではなくリアルに動く生のボクを見つめられる、キミの瞳になりたい』


『ボクの天使ちゃん、眩しすぎる光は暗く落ちる影を作る。そう、ボクは輝きの中に闇を秘めた、愛に飢えし堕天使なのさ。そうと知っても、このハニージュエルを愛してくれるのかい?』



 ……などと数々の迷言をかましてくれたハニジュエであるが、彼がああなってしまったのは『失恋』がきっかけ。


 ゲームで親密度が上がった時、ヒロインに向けてその苦しい胸の内を告白するイベントがあるのだ。


 恋破れたロイオンは、どんな女よりも美しくなれば彼女を忘れられる――そう思い込んで、誤った方向に突き進んでいく。その結果があのキモナル状態なのだと知ってからは、私も彼が嫌いではなくなった。むしろ可愛く思えてきて、好きキャラの一人になった。


 江宮がロイオンを百合沼に引きずり込んだのも、彼が直面するであろう悲恋もできるなら回避したい、という思いがあったのかもしれない。



 けどさあ……キャラとしては好きでも、付き合えるかっつったら話は別だよね。


 ハニジュエは萌えってより、懐いてきた珍獣を愛でるみたいな感覚で攻略したし。それに。



「同級生は、ちょっと恋愛対象には見られないんだよなー。私、心は十九歳だよ? 何ならこっちで生きてきた分、上乗せ成長して精神年齢はもっと高くなってるんじゃないかと思うの。中学一年生相手に恋するのは、さすがにキツいって」


「そういえばそうでしたね。クラティラスさんがあまりにも幼稚なので、うっかりしてました」



 イリオスが額に手を当て、シリアスに眉を歪める。


 幼稚なのは自分だって同じだろうが、てめえのことは棚上げしよってからに。今宵はその悩ましげな表情ごと、貴様をBLイラストの餌食にしたるわ。



「では、一組副担任のコアク・イアキンス先生なんていかがです? 二十五歳という適度な年齢ですしイケメンですし、おまけにイアキンス三爵家の次男っていう好条件ときてます。女子にも人気が高いみたいですよ」


「あー、イアキンス先生、イケメンだよね。でも私なんかより、守ってあげたい系なロイオンとの禁断の愛に進む方が……」


「そんなことばかり言ってたら、何も始まりませんぞ!」



 BL妄想に走りかけた私を、イリオスの怒声が止めた。



「命がかかってるんですから、グズグズと棒同士の妄想なんかしてないで少しは前向きに考えてください。取り敢えずターゲットをイアキンス先生にして、まず挑戦してみましょう。好きにならなければならないで結構、ならば次のターゲットを探すだけです。とにかくやってみないことには、何も変わらないんですから」



 早口でまくし立てられた私は、その迫力に圧されて思わず頷いてしまった。


 取り敢えずでいいからやってみる、か。


 うん、そうだよな……三次元で恋したことないからって閉じこもってちゃいかん、踏み出す勇気も大事だよな。



 言いたいだけ言って満足したのか、イリオスはフンと鼻を鳴らして二人の間に広げていたパウンドケーキを摘み、口に放り込んだ。


 せっかくネフェロが作ってくれたのにまだ一口も食べてないことを思い出し、私も手を伸ばした――のだが。



「あー!」



 パウンドケーキを入れてきたミニバスケットは、すっかり空になっていた……。




「クラティラスさーん!」



 二号車の方が先に到着していたようで、バスを降りるとリゲルが笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。


 青々とした空と緑豊かな森を背景に、生き生きと輝く彼女の姿の神々しさといったら! 今の今までクソばかり見てきた目には眩しすぎて、煌めきが痛く滲みて涙が出てきた。



「リゲルー! 会いたかったーー!!」



 愛しの友を抱き締め、私は叫んだ。



「どうして泣いてるんですか? 何か悲しいことでもあったんですか?」


「イリオスが私のおやつ、全部横取りしたのー!」


「え、イリオス様、最低ですね……」


「殿下、何とひどいことを……失礼ながら、ドン引き案件キタコレです」



 リゲルだけでなく、ステファニまでもがイリオスに白い目を向ける。



「いや、ちゃんと謝りましたし、バスケットぶっ壊れるくらい叩かれましたし、代わりに僕のおやつを全部進呈したんですけど……」


「クラティラスさん、あたしのおやつ一緒に食べましょ? お母さん特製の激辛バター餅がありますから」


「クラティラス様、ネフェロ様のパウンドケーキでしたら私のがまだ残っています。お分けしますので、どうか泣かないでください」



 言い訳するイリオスをスルーし、二人は私を宥めながら集合場所へと連れて行ってくれた。


 いたいけな女の子からおやつを横取りする行為は、万死に値するのだ。よく覚えておくがいい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る