腐令嬢、出発す
一年生は全八クラス、一クラスに二十人程度なので合計160人程。
この課外授業は、ランダムに組み合わせた二クラス合同で日を分けて行われる。その第一弾が、一組と我らが五組。人外萌え星人のミアは三組なのだが、八組と共にラストの四日後になったそうでトップを飾る我らを大層羨ましがっていた。
北の森へは、学園専用のスクールバス二台で移動する。一台につき二十人、プラス引率の担任と副担任が乗るんだけど、生徒はクラスごとではなくランダムに混ぜられた。恐らく、これをきっかけに交流の輪を広めなさいってことなんだろう。
でもさあ……。
「イリオス様、よろしければスコーンをお召し上がりになりません? 私の手作りですの」
「それより、マカロンはいかがですか? この日のためにシェフに作らせた絶品ですよ!」
「その、まいう太郎というスナック菓子を食されたことはございますか? しょ、庶民の味に親しまれるのもたまには良いかと思いまして……」
トイレ休憩のためにバスが停まると、それを待ち構えていたかのように我々の座る後部座席にはわらわらと人が集まってきた。
「いえ、結構。クラティラスさんが僕のために、おやつをたくさん用意してくださったそうなので」
「えっ? 私、そんなこと言ってな……」
「皆様、クラティラスさんはバス酔いをして今にも吐きそうなのです。惨事に巻き込まれたくなければ、速やかに退いてください」
「ちょ待て! だから、そんなこと言ってな……」
「おっと、大声を出してはいけません。他のものまで飛び出す可能性があります。さあ、外に出ましょう、クラティラスさん。僕が介抱しますよ。大丈夫、吐瀉物に塗れようと僕は気にしませんから、遠慮なく頼ってください」
無表情のまま淡々と、余所行きの面構えでクソ野郎が心にもないことを垂れまくる。すると女子は私に羨望と嫉妬の眼差しを、男子はイリオスに憧憬と敬意の眼差しを向けつつ、イリオスの言う通りに体を座席に寄せて道を空けてくれた。
バスを降りると、私は怒りと悔しさをたっぷり込めた目でイリオスを睨んだ。サイッテーなんですけど!
そうなの……ランダムセレクトだっつうのに、運悪くイリオスと一緒の一号車になっちまったの!
おまけに王子殿下のワガママで席まで隣同士にさせられるわ、ゲロタンクの濡衣まで着せられるわで散々よ。しかもリゲルとステファニは、もう一台の二号車のバスに振り分けられた。一号車と二号車では走行ルートも違うから、休憩でも顔を合わせることができない。いきなり地獄もいいとこだ。
「仕方ないじゃないですかー。ああでも言わなければ、いつまで経ってもトイレに行かせてもらえそうにありませんでしたし。ああ、間に合って良かったですぞ」
排出を済ませ、スッキリ爽快となったイリオスがカラカラと笑う。
「トイレ行きたいだけだったんなら、おやつまで横取りすることなくない!? せっかくネフェロが私のために焼いてくれたのに!」
「このフルーツパウンドケーキは、ネフェロさんの手作りでありましたか。美味しいですなー、手も口も止まりませんなー」
「手も口も息の根も心臓の動きも止めてよ、バカ! 私の分がなくなっちゃうじゃん!」
休憩時間はまだ残っていたので、私達はトイレ設備を開放している公共施設を少し離れ、道向こうの人目につかないベンチで時間を潰していた。ギリギリまで戻りたくないと訴える奴のために。
「……ところで、そろそろ良さげな人は見つかりましたかね?」
ここでこそっとイリオスに振られ、私は久々にオタイガー計画について思い出した。いや、忘れてたわけじゃなかったんだけどね……。
エヘヘと笑って誤魔化す私の様子から何も考えてなかったことを察してくれたようで、イリオスは溜息をつき、思わぬ人物を推してきた。
「ロイオンはどうです? 第一印象は悪かったようですが、割とお気に入りでしたよね?」
「第一印象も何も、会議以降はまともに会話したこともないけど?」
ロイオンは一組なので、今回一緒に課外授業に参加している。けれど彼もリゲル達と同じバスだから、朝チラッと見かけて挨拶したくらいだ。
良い受けに成長しそうだとは思うが、まだ気に入るというレベルにまでは達していないぞ?
「今じゃなくて前世で、ですよ」
声を潜め、イリオスが付け加える。ますます私は混乱した。
前世でと言われましても……私、普通の日本人だったし、外国人の知り合いなんてよく行くケバブ屋の店長くらいしかいなかったし、そいつはムスタファって名前だったし、ロイオンとは似ても似つかないゴツい親父だったんだけど。
え、待って?
まさか彼も……転生者ってこと!?
陽気に踊るムスタファと恐ろしい想像とでゴチャゴチャになった頭を抱えていると、イリオスが呆れたように眉を下げた。
「クラティラスさん、もしかして攻略対象の名前も覚えてないんですかぁ? 口癖が『ボクの天使ちゃん』の、ちょっとナルシスト入った同級生がいたでしょーが」
「あっ……え、『ハニジュエ』!? コスメ販売手掛けてるっていう五爵家の!? 待って、あれがロイオンなの!? ウソでしょ、全く面影ねーじゃん!!」
言い訳をさせていただくが、名前を忘れていたのには理由がある。
その男、最初に『ボクのことはハニージュエルと呼んでおくれ』と抜かしたため、ヒロインであるリゲルも彼の本名をほとんど口にしなかったのだ。吹き出しに出る名前もハニージュエルなら、ゲームを進行すると開放されるスチルやボイスなどの名称もハニージュエル。何とルート攻略したラストの結婚式ですらヒロインはハニージュエル呼びだったんだから、本名を覚えてなくても仕方ない。
おまけにハニジュエは同じ茶色の髪でもストレートのミディアムロングだったし、眼鏡もかけてなかった。今のロイオンと共通するところといったら、幼い頃から実家の製品でお手入れしているらしいツヤツヤ滑らかな白いお肌くらいだ。
ねえ……あの純朴そうな彼が、数年後には初対面のヒロインに口に咥えた薔薇を手渡すっていうインパクト絶大な登場をするような男になっちゃうの?
何て未来は残酷なんだ!
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