課外授業騒乱

腐令嬢、仕返す


「やれやれ、今日もまた雨でしたね。明日は晴れると良いのですが」



 てきぱきと私の明日の支度を整えながら、ネフェロが苦笑いする。



「そうね、初めての課外授業ですもの。できたら行きたいわね」



 窓から夜になっても止まない雨を物憂げに眺めながら、私は呟くように答えた。



 早くも暦は七月、季節は初夏だ。なのに六月から降り続く雨は夏の到来を阻むかのように、アステリア王国全体を重い湿度で封じ込めてしまっている。一昨日は、ついに国内連続降雨最長記録を更新したらしい。


 アステリア学園に入って初の課外授業は、モンスターの生息地の見学。生まれてこの方、モンスターなど一度も見たことがないから、とても楽しみにしていた。


 おまけに場所は、北の森。そう、リゲルが生まれ育った森なのである。


 もちろん、奥までは入らない。入口付近からチラ見する程度だ。


 森の境界線にはバリアツリーなる特殊な植物が植えられていて、モンスター達はそれを超えてこちらに来ることはできない仕様になっているという。なので危険はなく安心安全。毎年行われている授業で、怪我人など一度も出たことがないんだそうな。


 例えるなら、野鳥観察に近い感じになるのかな?


 雨天なら中止となるので、どうにか一日だけでも晴れてほしい。人外萌えのミアのために生のモンスターの姿を研究したいし、それにリゲルが生まれ育った場所をこの目で見てみたい。


 この雨さえ上がってくれれば、その願いは叶うのだけれど――どうにもそれは難しそうだ。



「さあクラティラス様、もうお休みになってください。明日も早いのですからね」



 ネフェロが優しく微笑み、私の視界から闇と雨にけぶる外界を遮断するようにカーテンを閉める。私はその言葉に渋々従い、ワンピースを脱いだ。



「コラッ! またこんなところで脱ぎ散らかして!」


「だーかーらー、これは未来の王国の正式スタイルを先駆けているだけで……」


「裸んぼで部屋をうろつき回るのが、国の正式スタイルになるわけがないでしょうっ! 中学生になったのですから、もっと慎みのある行動を心掛けてくださいっ!」


「はいはーい」



 そう答えていつものように寝室の手前で靴まで脱ぐと、私はベッドに向かって恒例の抜け殻ダイブを決めた。



「もう! 明日のお弁当はクラティラス様の嫌いなものをたくさん入れてやりますからねっ!」



 プリプリ怒りながらも、ネフェロはクローゼットの中から通気性と肌触りが良い素材のネグリジェを選び、パンツ一枚の私に着せてくれた。


 嫌いなものを入れるとは言っても、作らないとは言わないんだよね。しかも本来なら世話係はそんなことしなくていいのに、ヘッドシェフに自分が作りたいと申し出たんだよね。ネフェロってば本当に優しい!



「ねえ、ネフェロ。ちょっと待って。こっそり話したいことがあるの」



 ふと思い付いて、私は上掛けを整えて出て行こうとしたネフェロを呼び止めた。



「どうしました? 何か、学校で困ったことでもありましたか?」



 不安げに顔を曇らせ、ネフェロが私の枕元に舞い戻ってくる。


 内緒話をすると見せかけ、私はその白く滑らかな頬に素早くキスをした。



「なっ……うげっ!」



 頬を押さえ真っ赤になって飛び退いたネフェロだったが、その弾みでサイドテーブルに細い腰を打ち付けて悲鳴を上げた。



「えっへへー、前にやられたからお返し! あーあ、私が男だったらネフェロをお嫁さんにしたのになー」


「お、おかしなことを言うんじゃありませんっ! 私は男ですよ!? お嫁さんなんかになれるはずないでしょうが!」



 涙目で狼狽えながらも噛み付くネフェロたん、とても可愛いです。美味しいです。萌え萌えです。



「お嫁さんになれるかどうか、今から試してみるかい……?」



 そこで私はペラリと上掛けをめくり、攻め様風に『来いよ』のポーズを取ってみせた。



「お嫁さんになるのは、クラティラス様でしょう! それに、あなたはイリオス殿下と婚約しているのですよ!? 他の男にこんな真似をしてはいけません! 殿下にバレたら、どうするのですかっ!?」


「嫁もらったから結婚は無理って伝えて婚約破棄してもらう! もしくはイリオスを愛人にして、ネフェロを正妻にするって言う!」


「バカッ! そんなふざけた言い分、通るもんですかっ! 私で遊んでないで早く寝なさいっ!!」



 悪戯が過ぎてついにマジギレさせてしまったようだが、それでもネフェロは上掛けを綺麗に整えて目覚まし時計までセットしてくれた。



「明日のお弁当で必ず仕返ししてやりますからね! 精々覚悟して、ゆっくりとおやすみなさい!」



 そして、このように何とも可愛らしい捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。



 くそぅ、ネフェロめネフェロめネフェロめ!


 あいつ、成分の90%以上が萌えでできてるんじゃないのか? いちいちいちいち可愛すぎなんじゃーー!!




 翌日は、何と素晴らしい快晴。夜半に雨が上がったらしく、玄関からアプローチに続く石畳はまだしっとり濡れていたものの、ソックスに撥ねて鬱陶しい水溜りの姿はなかった。


 これはきっと、萌神様ネフェロの晴れ乞いパワーのおかげに違いない。


 昨夜のことをまだ根に持ってたみたいでお弁当を手渡す時もツンツンしてたけど、中身を確認してみたら私の好物ばかりだったよ。


 やれやれ、ツンデレ乙です!

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