腐令嬢、蹴飛ばす


 まず私とイリオスは、それぞれの支部についての活動方針を説明した。


 これまでは白百合支部は『乙女の睦まじい友愛』を、紅薔薇支部は『殿方の熱く深い絆』を研究し創造性を豊かにする……なんて形式ばった言い方をしていたけれど、それはもうやめにして、それぞれの本質をぶっちゃけた。



「要するに白百合は女の子同士のイチャイチャが見たい奴が、紅薔薇では男同士のアレコレを妄想して萌えたい者が集まっているのよね。だからやることは同じでも、相容れないから別々に分けたってわけ」


「あの……すみません。萌えとは何ですか?」



 私の発言に対して、白百合の男子から恐る恐るといった感じで質問が飛ぶ。



「その単語については、今メンバーの皆に回している我々が作った用語集を参照してちょうだい。全く、こんな初歩的な言葉も浸透していないのね。イリオス、あなたは何をしていたの? ただ部長の椅子にぼんやり座っていただけ? 我々がこれから求めていくもの、それこそが『萌え』であるはずなのに基本も教えていないなんて、どうかしているわ。何なら私達を真似て、用語集を作ることを許可してあげてもいいわよ?」


「くっ……そ、そうですね。そうします」



 底意地が悪い微笑みと嫌味な口調で告げると、イリオスは唇を噛みながら小さく答えた。


 頬をほんのり染めて震えているところを見るに、皆の前で小馬鹿にされた悔しさと悪役令嬢らしく振る舞ったクラティラスへの萌えの狭間で揺れているらしい。他愛もない妄想でうっとりしてた私なんかより、こいつの方がよっぽどキモいと思うんですけどー。


 互いの支部の違いを理解していただいたところで、お次はメインとなる成果発表だ。


 我々は予算を使用し、各自のPRと推しCPの紹介を兼ねた部員名鑑、そしてBL用語集の作成を完了し、紅薔薇支部の人数分プラスアルファで十部刷った。


 対して白百合支部も同じく部員名鑑を作っていたのだが、穴を空け紐で綴った手作り感丸出しの我々のものと違い、何と写真入りの製本版ときた。また早速『美麗ビレディ部』と合同活動という名目でお茶会をしたそうで、その際の様子を撮影した写真も、活動一覧表と部内会報に掲載されていた。



 くっそー、こんなところで予算の差を見せ付けられるとは。フン、写真なんかなくたっていいもん。私が描いた皆の似顔絵だって可愛いもん。



 続いて、これからどのような活動をしていくかを報告し合い、その後に質問タイムを設けた。



「よろしいかしら?」



 真っ先に手を挙げたのは、何とサヴラ。どうぞどうぞと促すと彼女は立ち上がり、清楚を絵に描いたような微笑みを浮かべて口を開いた。



「紅薔薇から白百合に移ることは可能でしょうか? 白百合の活動を改めて聞くと、興味が出てしまいましたの」



 この女ぁぁぁ……興味があるのは『第三王子殿下のお側にいられる』って点だけだろうが!


 イラッとしつつも私も口角を上げ、頷いた。



「別にいいんじゃないかしら? 同じ部内の移動になるのだから退部手続きも入部手続きも不要だし、何よりやりたいことをやるのが一番ですもの」


「まあ、そうなのですね! お答えくださり、ありがとうございます」



 サヴラが嬉しそうに笑う。しかしその笑顔を奪ったのは、彼女の興味の対象であるイリオスだった。



「移動は構いませんが、白百合支部には入部テストがあるのでその点はご了承ください。新部活動を立ち上げるための勧誘の際にも、何十人と落としてしてますから突破は容易ではありません。ここにいる者は、その難関を突破した猛者達です」



 イリオスの言葉を受けるや、ロイオンを含む白百合男子の全員が申し合わせたようにサヴラを向いてニヤァ、と笑った。



 …………こっっっっわ!!



 軟弱そうなのを見繕って脅して騙して引っ張り込んだんだとばかり思ってたけど、こいつら全員マジもんの真正百合好きだったのかよ!

 ていうか、元々仲間のいる私ですら人数揃えるのに苦労してサヴラにまで声かける羽目になったってのに、無からこんなヤベーのを二十人も集めてくるって、すげえな!?



 初めてオタイガーを尊敬したかもしんない……もちろん悪い意味で。



 真正百合好き部隊の迫力に推し負け、サヴラは返事もせず無言ですとんと座った。


 残念だったね……でもやめといて正解だったと思うよ? 夢は夢のまま、王子様は王子様のまま、本性なんて知らずに妄想してる方がきっと幸せだ。



 それからいくつかの質問に答え、意見交換をし合い、『花園の宴』第一回合同会議は終了した。




「……初めての白百合との顔合わせでしたけど、何かいろいろとすんごい雰囲気でしたねぇ」


「ヤベーよな……人数も多いから、完全に圧されたわ。よもや、あそこまで強烈なメンバーが集まるとは」



 紅薔薇支部の部室に戻ると、私とリゲルはロイオンで膨らませた妄想を語ることも忘れ、溜息をつき合った。


 ステファニは、白百合支部の部室へ見学に行っている。サヴラはさすがにあの群れに飛び込む勇気が出なかったようで、取り巻きコンビやアンドリア達と一緒に帰ってしまった。



「それにしても、女の子同士かぁ……イリオス様って、こういうのがお好きなんですね。だから男同士のカプ好きなクラティラスさんとお話が合ったのかな?」



 白百合の会報をパラパラめくりながら、リゲルがそっと窺うような視線を向け、控えめに問いかける。婚約しているにも関わらず、イリオスとのことをほとんど話さない私に対して、彼女なりに触れていいのかずっと悩んでいたんだろう。



「その点に関しては、むしろ敵だよ。あいつ、BL嫌いだもん。たまに私を呼び出すのは、BLの悪口言うためなの。外面は平和主義者ぶってるけど、実は性格悪いんだよねー」


「えっ、そうなんですか!? あたし、てっきり二人でラブラブイチャイチャしてるものだと……」


「ないないないない! ふしだらはいけません! まだ中学生なんだから、変なことしちゃダーメダーメ!」



 全身に鳥肌を立てながら、私は全力で否定した。


 イリオス江宮えみやとイチャイチャとか、キモすぎる!

 リゲルってば、そんな恐ろしい誤解してたの? 超ショックなんだけど!!



「なぁんだぁ。次の小説のためにキスってどんな感じなのか、クラティラスさんに聞こうと思ってたのに」


「やーめーてー! イリオスとキスとか、想像するのもおぞましくて無理ーー!!」



 頭を抱えて雄叫びを上げると、リゲルはぷっと吹き出した。



「婚約してるのに、酷い言い草ですねぇ。…………でも、良かった。何だかクラティラスさんが、遠くに行っちゃったように感じてたから」



 私はぽかんとして、リゲルを見つめた。



「だ、だって、クラティラスさん、イリオス様とすごく仲良しじゃないですか。いや、婚約なさっているんだから当たり前なんですけどね? だけど同じ学校の同じクラスになったんだから、もっと距離が縮まるんじゃないかと思ってたのに、想像してたほど構ってくれなくて寂しいというか、その……」



 私の視線から逃れるように、リゲルがもじもじと俯く。



 ねえ待って。何なの、この可愛い生き物! この子ってば、どんだけ私を萌えさせれば気が済むの!?


 でもわかる、わかるぞ……私もレンドに彼氏ができてあんまり遊んでくれなくなった時は、本当に寂しかったもん。


 美鈴みすずの件でもすごい凹んだし。



 私はリゲルを抱き締め、萌えの限りに叫んだ。



「バカバカ、リゲルのバカ! お前、可愛すぎかよ! こうなったらとことん構い倒してくれるわーー!!」


「いたた、痛い痛い! クラティラスさん、力入れすぎ……って、どこ触って……アヒャヒャヒャヒャ!!」


「ここか? ここがええのんか?」


「ちょ待っ……くすぐるのは卑怯ですっ! ウヒュヒュヒュヒュ! えーい、私の攻撃も食らえっ!」


「オフッ、コラおま、何す……オヒョヒョヒョヒョヒョ!」


「クラティラスさーん、良かったらこちらの部室も見学を…………おおおおお!?」



 とここへ、死ぬほどタイミング悪く、何者かが室内に飛び込んできた。


 百合者の長、イラネオス萎江宮なえみやである。



「し、失礼、取り込み中でありましたか。いや、結構結構。遠慮せずどうぞ続けてください。丁度いい、ロイオン、あれがリアルの百合ップルです。しっかり見て、勉強するように」



 咆哮して仰け反ったイリオスだったが、さっと姿勢と表情を正すと、背後にいたロイオンを促して部室内に招き入れた。



「こ、これがリアルの百合……! ああ、とても……素晴らしいです……!」



 顔面の半分を覆うかというほど大きなグラスの奥の目を瞠り、ロイオンはハスハスと鼻息荒く、戯れが過ぎるあまり服まで乱して抱き合う私達に熱視線をぶっ刺してきた。



「なるほど、クラティラス様は百合とやらの方面にも造詣が深いのですね。さすが殿下がお選びになった方だけあります」



 ロイオンの隣からステファニまでが顔を出し、無表情のままうんうんと頷く。



 こ、こいつら…………せっかくリゲルと仲良く遊んでたところを邪魔した挙句、見世物扱いするたぁ上等じゃねーか!



 見れば、リゲルも同じように金の瞳を怒りに燃やしている。


 私とリゲルは顔を見合わせると目で言葉を伝え合い、同時に立ち上がって彼らに近付いた。



「くたばれ、イリオス!」

「無に帰せ、ロイオン!」



 私はイリオスに、リゲルはロイオンに――――それぞれの蹴りが、狙い定めたそれぞれのダブルゴールデンボールへと見事に炸裂した。

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