腐令嬢、湿気る


 今季初の部活動予算会議が行われたのは、中間テスト期間が終わった五月の下旬だった。


 新入生のみならず、アステリア学園では新学年に進級するたび五月までに入部する部活を決めなくてはならない。しかし実際に活動してみると思っていたのと違う、やっぱり他の部に変えたい……という声も多く、途中で辞めてしまう者もいるため、それらが落ち着くこの時期に開催されるんだそうな。



 もちろん、私とイリオスも出席しましたよ!



 前世では中高それぞれハンドボール部と美術部で部長を務めてきたけれど、予算は全部先生方が決めていたので、こういった会議に参加するのは初めてだ。


 広い大会議室には、部を代表してやって来た部長達がぎっしり詰まっていた。比喩じゃなくて、本当にみっちみちなの。ざっと見積もっても、五十人以上はいる。ほえー、この学校にゃこんなに部活動あるんかー、って改めて驚いたわ。


 室内の座席は大学でよくある階段状になっていて、部活ごとに座る場所が決まっている。ディアス様が他人と接触したくない病の弟を気遣ったのか、我々『花園の宴』は壁際に配置されていた。


 一つの部に部長が二人いるから片方は内側に座らなきゃならないけど、そこはさすがに私が折れたよ。教壇に立って議事進行するディアス様に見咎められて、愛しの弟をいじめてると勘違いされたら怖いもん。


 それにしても、どの部も熱量がすごい。より多くの予算をもぎ取ろうと、自分の部のアピールポイントを推しまくる推しまくる。


 しかし、我々だって負けていられない。新しく設立した部だからまだ功績はないけれど、熱意はここに集まる皆と同じくらい……ううん、それ以上にあるんだから!


 紅薔薇支部からは部内会報と新用語集のサンプルを提示し、そして白百合支部はいつのまにか手を組んでいた『ドレス製作部』や『美麗ビレディ部』といった他の女子部とのコラボ活動を武器に、自分達の部活動を売り込んだ。


 その甲斐あって、我らの部は想像していた以上の予算を獲得し、私とイリオスは喜びのコサックダンスを踊った。



 お次は、その予算の分配についての部内会議。


 これは割とあっさり決まった。まだお互いの支部でどれくらいのお金が必要になるかわからないから、部員の人数の割合で分けただけなので。


 ちなみに予算は、本物のお金ではなく『アステリアン』という学園内のみで使用可能な仮の通貨で配布される。外部で使用したい時は生徒会に申し出て手続きし、学園事務長を通して支払いをするのだ。学生に大金持たせるわけにはいかないもんね。落としたり盗まれたりしたら大事だし。


 紅薔薇支部の予算管理は、会計書記のステファニにお任せした。彼女なら、私が無駄遣いしようとしても手刀一発で止めてくれるだろうからね。




 この世界にも梅雨前線というやつがあるのか、アステリア王国でも六月は日本と同じように雨が多くなる。これもゆるゆるコンセプトなゲームの仕様だ。相合傘のシーンにはやっぱり、二人を見守る紫陽花の背景は外せないもんな。


 しかしそんなロマンティックな場面以外では、湿気に満ちた雨ばかりの天候は鬱陶しいだけだ。


 ゲームでは、ヒロイン相手にロマンティックの相手役を務める攻略対象の一人も然り。ゆくゆくは私を死に導く存在である上に、今現在も敵として目の前に立ちはだかりくださりやがる。鬱陶しいを通り越して、目障り極まりない。



「要りませんよ、こんなの」

「私だって、んなもん要らねーよ」



 互いにこれまでの成果として形にした冊子を渡し合うと、私とイリオスは睨み合い、恒例の如くバチバチと火花を散らした。



「ま、まあまあ落ち着きましょう。せっかくの初顔合わせなんですから、ね?」


「そうですよっ。仲良くケンカするのは後にして、早く発表を済ませちゃいましょ?」



 部長同士の対立を止めたのは、それぞれの支部の副部長だった。


 白百合支部の副部長は、ロイオン・ルタンシアという名の大きな眼鏡をかけた男の子。同じ眼鏡男子でもオタイガーのようなキモさはなく、ダークブラウンの柔らかな癖毛と繊細な細面が愛らしい、守られ受けちゃんタイプだ。


 強引な攻めに『煽ってきたお前が悪い』なんて迫られてそうだよね。もしくはヤリチソ攻めに恋をして『男のボクに想われたって、気持ち悪いだけだよね……』とひっそり長い睫毛を濡らすのも良きかな良きかな。



「あだっ!」



 そんなふうに妄想に耽っていたら、頭部に重い衝撃が落ちた。イリオスが、紅薔薇支部で製作したBL用語集の冊子で殴ったのだ。



「ウチの副部長でおかしなことを考えないでくれます? 死ぬほど気持ち悪いんで」



 バレていたらしい。



「リゲルさん、あなたもですよ。ロイオンが怯えてます、そんな目で見るのはやめてあげてください」



 追加で放たれたイリオスの注意に隣を見ると、可憐な顔に極悪な笑みを浮かべていたリゲルがはっと我に返ったところだった。


 やっと黒い視線から解放されたロイオンは、ほっとした表情で胸を撫で下ろしていた。リゲルに後でどんな妄想してたか、聞かなくちゃ。



 本日は生徒会に申請して旧校舎の一室を借り、『花園の宴』白百合支部と紅薔薇支部、初の第一回合同会議を開催した。


 一応は同じ部活なのだから、互いにどんな活動をしているのか報告し合うべきだとイリオスが提案し、こうしてメンバー全員が集まったという次第である。


 初めて白百合支部の面々と顔を合わせたんだけれど、ロイオンを含め二十人、揃いも揃って男の子ばかりだ。ぱっと見、ちょっとおどおどしてる感じの気弱そうやタイプが多い。百合好きってより、女の子と話すのが苦手……でも女の子をこっそり見るのは好き! って感じっぽいな。


 オタイガーなんかと違って可愛いのう。くれぐれも部長みたいなキモオタになるなよ、反面教師にしろよ。


 ちなみに普段は部室に近付きもしないサヴラ達も、今日は招集に応じて席に座っている。


 お目当ては、恐らくイリオス。


 さり気ない風を装ってるけど、明らかにいつもと態度も表情も違うもん。家では鏡見ながら、自分が一番可愛く見える角度とか研究してそう。ううん、間違いなくやってる。


 彼女にはお兄様という婚約者がいるけど、萌えるだけなら自由ですからね。ステファニにやらかし認定されて、闇に葬られないよう気を付けてさえくれりゃいいや。

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