腐令嬢、魂抜ける
「うう……自信ない」
「そんなに難しく考えず、おじいちゃんになっても側にいてBL妄想したいと思える相手を選べばいいんじゃないですかねぇ?」
イリオスがさらに助言を投げて寄越す。
おじいちゃんになっても、かぁ。
「ゲームの推しは一応、ペテルゲ様だったけど。ペテルゲ様は、年食った方が男っぷり上がりそうな感じする……かな?」
「ああ、ヴォリダ帝国第四王子殿下ですな。彼とは実際に、何度か会ったことがあります。ゲームと同じで、堂々とした雰囲気のイケメンでしたぞ。アステリア王国に彼が来ることがあれば、僕から紹介しましょう!」
「えっ!? しょしょしょ紹介なんていいよ! ペテルゲ様って、典型的なスパダリ攻め様じゃん。私なんかより、華奢で睫毛長くて日焼けしても赤くなるだけの色白で、コテンと首傾げてふにゃりと笑って桜に攫われがちな儚い美人受けちゃんの方が相応しいよ……」
ペテルゲ様とは、アステリア王国の北側にあるヴォリダ帝国の第四王子。アステリア学園には高等部から留学してくるだが、褐色の肌に赤毛が一房入った黒髪が特徴のワイルド系イケメンだ。
ちょいと怖そうな見た目に反して実は好きな子にはシャイで、うまく愛情表現ができずに密かに悩んじゃうというギャップが美味しく、『アステリア学園物語〜
多くの攻め様達の中でもエリートの部類に入るペテルゲ様には、はっきり言って私などでは釣り合わない。私どころか、正ヒロインのリゲルを隣に置いても物足りなさを感じるくらいだ。
彼の右側に立つのは、やっぱり男じゃなくちゃ。それも、性別受けちゃんでなくては認めない!
「あー、はいはい。そうですか、わかりました。とにかく気に入った男が見付かったら、僕に言ってください。全面的に協力しますんでー」
私が熱く持論を語ると、イリオスはうんざりと眉を下げて投げやりに話を終わらせようとした。
そう、そこ!
オタイガー計画の2に当たる、その点も問題だと思うのよ!!
「ねえ、上から目線で協力するとか抜かしてるけど、お前なんかに何ができるの?」
腕を組み、私はクラティラス・レヴァンタらしく不遜にフンと鼻を鳴らしてみせた。
「おお、萌え……いえ、王子の権限を駆使すれば、訳はないでしょう。二人きりになれる機会を増やすとか、急接近できる状況を作るとか、いろいろ方法は考えてますよ」
「でも、そういう恋愛シチュの演出には多少の心得が必要だよね?
ケチを付ける私から軽く目を反らし、イリオスは銀の髪を掻いた。
こんな何気ない動きも、いちいちイケてるのがムカつきますわね。照れたイリオス、略して照れオスもなかなか萌えるな……と思ってしまった自分に腹が立ちますわね。
「あー……もう時効、ですかな。うん、まあ言っても問題ないですよね。僕も
「何だよ?」
睨み上げながら凄むと、イリオスはこの上なく気まずそうに答えた。
「実は僕……彼女がいたんですよね。高校卒業をきっかけに別れたんで、付き合ってた期間は半年くらいですけど。なので三次元の男成分が乾涸びていた大神さんに比べれば、僕の方が僅かながら恋愛偏差値は高いと思いますぞ?」
――――衝撃のあまり、頭が真っ白になった。
オタイガーに、彼女。
オタイガーが、お付き合い。
オタイガーが、私より恋愛偏差値が高い……だと?
イリオスが江宮だと知った以上のショックに見舞われ、私は目と口を大きく開けたまま、石像と化した。
それでも、何とか失神しなかった自分を褒めたい。
「クラティラスさんクラティラスさん、生きてますか? 魂が抜けてるみたいですけど、どこに置き忘れてきたんです?」
部室でぼへーっと虚空を見上げるばかりの私をつっつき、リゲルが生存確認する。
「遠い過去の彼方に……。今日は戻って来られないかもしれないなぁ……。スポーンと勢い良く飛んでっちゃって、行方が知れねえんだ……」
へへっと薄く笑い、私はそのままゆっくりと机に崩れ落ちた。
「それじゃ今日の活動は、あたし達がまとめておきますね。クラティラスさんは、ゆっくり魂を探し求め揺蕩っていてください」
役立たずの生ける屍と化した部長の肩を優しく叩くと、リゲルは隣で部員達から集めた自己PR文のチェックを始めた。
副部長に任命した時は自分なんかにそんな大役は無理だとはわわしていたけれども、彼女の働きは素晴らしく、いつも助けられてばかりだ。
また反対隣では、会計書記となったステファニが黙々とBL用語集の編纂を進めてくれている。
皆に迷惑をかけて、申し訳ないとは思う。
でもごめん、今日だけは黄昏れさせて。ショックがデカすぎて、どうやってこの部室まで辿り着いたかもわかんないくらいなんだ……。
だって…………江宮が付き合ってたのって、私の友達だったんだよ!?
脳裏に、長い黒髪を三編みにした色白で線の細い女の子の姿が浮かぶ。前世の愛しき
彼女とは高校の美術部で出会い、互いにBL好きと判明するやすぐさま意気投合した。私とは正反対で大人しくて物静かなタイプだったけれど、好みが近くて話が合ったから、行動を共にすることも多かった。イベントにもよく一緒に出掛けたし、私がオフで本を出す時は勧んで売り子を引き受けてくれたし、本当にすごく良い子だった。
なのに……なのに、何でええええ!?
何で、オタイガーなんかに走ったああああ!?
しかも、告白したのは美鈴の方からだというじゃねーか。江宮は断ったらしいけど、好きになってくれなくてもいいから側にいたいと食い下がられ、皆には内緒にするという条件で三年生の九月から付き合うことになったんだって。
九月っつったら私、推薦用の作品制作の追い込みでクソ忙しかったもんなぁ。気付かなくても仕方ないよなぁ。クリスマスとかイベントとか誘っても、美鈴には断られてばっかりだったけど、受験勉強が忙しいんだと思ってたしなぁ。
…………ダメ、無理。やっぱり落ち込む。
オタイガーなんかに先越されたってのもショックだけど、それ以上に美鈴が打ち明けてくれなかったことが辛い。
私に伝えたって、やめとけ考え直せと全力で反対されるだけだと思ったんだろう。それどころか、軽蔑されるんじゃないかと不安だったのかもしれない。
反対は……多分、いや絶対にした。美鈴ならあんなゴミよりもっと良い人がいるよって無神経なアドバイスもしたと思う。わかってる、美鈴は何も悪くない。私が友達として頼りにならなかっただけなんだ。
はぁぁぁぁ…………私、美鈴の前でも死ぬほどオタイガーのことディスり倒してたんだけど?
知らなかったとはいえ、好きな人をこてんぱんに貶されて美鈴はどんな思いをしてたのか。きっと傷付いただろうし、私のこと嫌な奴だと思ったよね。
もぉぉぉぉ…………自己嫌悪のズンドコだよぉぉぉぉ……。
でもでも、これだけは言わせてほしい!
「美鈴ぅぅぅ、あんなモブ以下の道っ端のウ○ンコみたいな奴の何が良かったんだよぉぉう! お前、俺様気質の溺愛系スパダリ好きだったじゃねえかぁぁぁ! どうしてウン○コなんかに道を踏み外してしまったんだぁぁぁ!?」
「え? ああ、本当だ。スパダリの項目が抜けていました、早速追加しておきます。魂を失うという大変な状態にも関わらず、お気遣いくださったのですね。ありがとうございます、クラティラス様」
「クラティラスさんって、本当にすごいですよねっ! 魂がどっか飛んでっちゃってもBLの芯はきちっと通ってるんですもん。我々腐女子の鑑です! お手本です! 見習いたいですっ!」
ワンワン泣きながら訳のわからないことを叫ぶばかりの私にも、現世の腐レンド達はとても優しかった。
二人共、本当に本当にごめんよ……前世でダメダメだった分、今世では精一杯大切にするから。
だから今だけ、ほんの少しの間だけ、過去の不甲斐ない自分を悔やませておくれ。
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