腐令嬢、モテ期を逃す


「なぁにぃ? 話って。私、チョー忙しいんですけどー」



 放課後、楽しい部活だワッショイワッショイと駆け出そうとしたところを呼び止められ、例の貸し切り秘密部屋である音楽室に連れ込まれた私は、不愉快丸出し剥き出しモロ出しの表情と口調でイリオスに用件を尋ねた。



「例の件で、良い考えが浮かんだのですぞ!」



 なのにイリオスは、私が全身から放つウザき者は滅せよオーラにも負けず、勿体ぶった調子で薄いくちびるを釣り上げてみせた。


 良く言えばマイペース、悪く言えば空気読めない系というやつですね。読めねえなら空気吸うな。死ぬまで息止めとけ。


 例の件とは、私の死亡フラグ回避についてだろう。


 良い考えとやらに興味を引かれ、私は苛立ちを押さえつつ彼の次の言葉を待った。



「クラティラスさんが他の男と愛し合い、結ばれればいいんです! どうです、素晴らしい案でしょう!?」



 銀の前髪の隙間から紅の瞳を輝かせ、イリオスはええこと言うたったぞ、オラ褒めろ崇めろ讃えろ感に満ち満ちたドヤ顔をキメくさる。

 対して私は、いきなりのトンデモ論にさっくり白けて、がっくり肩を落とした。



「ねえ……何でそうなるの?」


「これ以上に良い案が他にあります? あなたも幸せになれますし、僕は一人の女性を想って生きると宣言して生涯独身を貫くための大義名分ができる。皆ハッピーのウィンウィンですぞ?」


「バカか、お前! んなことしたら、悪役令嬢からの悪女に格下げからの断罪ルートからの死亡エンドまっしぐらじゃねーか!」



 王族と婚約している身で他の男に走るなんて、首つり台から飛び降りて断頭台に首を置きに行くようなものだ。死亡フラグ回避に協力するとか抜かしといて、遠回しに『来世に期待してヘイトを極めた上で死ぬというのも一つの案ですよ?』とでも言いたいのか、こいつは。



「その点は任せてください。確かにクラティラス・レヴァンタが第三王子の婚約者ということは、周知の事実。しかしその危険を承知であなたを愛する者が現れれば、間違いなく『我々の計画』に協力してくれるはずです!」



 自信満々にイリオスが語った計画はこう。




 1.クラティラス、好きな男を見付ける。


 2.イリオス、全面的に協力する。


 3.クラティラス、その男を落とす。


 4.イリオス、頃合いを見計らいその男と接触してクラティラスと別れたい旨を告白。


 5.イリオスとその男、申し合わせて人前で大々的に決闘を披露。


 6.イリオス、八百長試合で盛大に負け、クラティラスをその男に譲ると宣言。


 7.皆でハッピーエンド、イエア!




「ついでに僕の悪評も広めておけば、あなた方が世間から責められることもないでしょう。例えばとんでもないDV男だったとか、凄まじいモラハラ野郎だったとか、度を超えた変態だったとか。僕の方は謂れなき悪評を受けて白い目で見られようと、我慢する覚悟はありますぞ」



 悪評も何も、普通に私のこと殴るし、普通に人の趣味ディスるし、普通にド変態だし、間違ってねーじゃん。ただの真実の暴露じゃん。



 にしてもさぁぁぁぁ…………こんなんで本当にうまくいくのぉぉぉぉ?


 というか、まず1で躓くんだけど……どうしよう? やっぱり言わなきゃならないかな?



 ドヤ顔エッヘンモードでふんぞり返っているイリオスに、私は恐る恐る尋ねてみた。



「ええとさ、江宮えみやはそれでいいの? 愛しのクラティラス嬢にはリゲルと微百合ってほしかったんじゃなかったっけ?」


「くっ……そこを突かれるとやはり痛いですな。本音を言うと、クラティラス嬢が男とくっつくなんて死ぬほど嫌です。正直、この案を思い付いた時は悲しみのあまり涙が止まらなくなり、枕がビッチャビチャになりました。けれどクラティラス嬢を死の淵から救い出すためなら、僕は何でもすると誓ったんです……!」



 偉そうから泣きそうに顔を歪め、イリオスが唇を噛む。


 自分の微百合ドリームを諦めてまで推しの幸せを願うなんて、ファンの鑑じゃん。私まで泣けてきたぞ!



 そこまでの覚悟で提案されたんなら…………私もカミングアウトするしかない、よね。



「江宮って『誰とも恋できない』んだよな? 実はその……私も、ちょっと似た感じで、ね?」


「……は!?」



 イリオスがびょんと顔を上げる。唖然とした彼の表情を苦笑いで受け流しながら、私は続けた。



「恋ができないってほどじゃないんだけど……目覚めが二次元だったせいか、三次の男を一度も好きになったことないんだよねー」


「え、でも大神おおかみさん、舞台やらミュージカルやら声優のイベントやらに行って、三次元の男にも相当貢いでたじゃないですか!」


「あ、あれは原作ありきで、その人そのものが好きってわけじゃなくてな」


「いやいや、一年の時に三次元の男と付き合ってましたよね? ほら、中学で部活が同じだったとかいう、隣のクラスの……」


「あ、安永やすなが? 休みの日にはよく遊んでたけど、付き合ってねーよ。そういやあいつ、イベ用の原稿やってる修羅場の最中に家に来たことあってさ。問答無用で手伝わせてから、付き合い悪くなったんだよねぇ」



 半泣きになりながら、男同士のキスシーンに背景を書き込んでいた安永を思い出していると、江宮がここでとんでもない新事実を打ち明けた。



「…………もしかして、気付いてなかったんですか? 安永くん、大神さんのこと好きだったんですよ?」


「マジで!? って、何で江宮がそんなこと知ってんの!?」


「何故か、僕にまで牽制してきたんで。『馴れ馴れしくするな』って言われて困りましたねぇ……馴れ馴れしくされて迷惑してる側なのに。急に何も言ってこなくなったから、付き合い始めたのかと思ってましたぞ」



 私の知らない間に、二人はそんなやり取りをしていたらしい。そして知らない間に、最大のモテ期を逃してしまっていたらしい。



 でも安永に告られたとしても、きっと答えはノーだった。安永のことは嫌いじゃなかったけど、付き合うのは無理だ。


 だって、私は――。



「安永には申し訳ないことした、そこは反省する。でも私、好きになった男が女とくっつくところすら妄想できないんだよ? 棒があるならまだしも、生えてくる気配もない自分が男と愛し合うなんて、想像するのも不可能だって。物心ついた時から、キャラ萌え以上にカプ萌えで生きてきたんだからさぁぁぁ……」



 だから作戦変更で、と目で訴えると、イリオスは明らかにドン引きした表情で頬を引き攣らせていた。



「えええ……そこまで筋金入りのBL脳だったとは。さすがはウル、気持ち悪いにも程がありますぞ……」


「お前が言うな! オタイガーだって、大して変わんねーじゃん!」


「でもこの世界なら、どうです? 一応は三次元ですけど、二次元を立体化した二・五次元に近い感覚ですから、何とかなりません?」



 江宮の言う通り、目の前にいる彼のガワであるイリオスを始め、この世界は二・五次元の舞台俳優以上に原作を忠実に再現したイケメン揃いだ。


 だけど……誰かと結ばれたいなんて思えるだろうか?

 BL抜きで自分本人が恋をするなんて、この私にできるだろうか?

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