腐令嬢、着手す
「クラティラス様ぁ、どうかお止めください!」
「このままではサヴラ様が、本当にゴブリン化してしまいます!」
ぽかんとする私に、駆け寄ってきたエイダとビーデスが半泣きで訴える。
対して、元『萌えBL愛好会(仮)』のメンバーは冷静だった。
「解釈違いで論争に発展するのは、よくあることですわ。私もこの前はミアさんと物理で殴り合いましたけれど、その時に作ったたんこぶも愛の証だと思っておりますもの」
栗毛の巻き髪をかき上げておでこにある痛々しい膨らみを披露し、カンヴィリア四爵令嬢デルフィンが言う。
「デルフィンさんのパンチだって、すごく効きましたわ。人外には年齢の設定など不毛と思っておりましたが、おかげで目が覚めました。年齢差から生まれる経験値の違いも、萌えのスパイスになるものよね」
紫の髪を二つに分けて結ったおさげを持ち上げ、こめかみ付近にできた青あざを見せて笑うのは、イヴィスコ三爵令嬢のミア。
デルフィンはイケオジ好き、ミアは人外萌えとそれぞれジャンルは異なるが、萌え語りに白熱するあまり一戦やらかしたらしい。
「設定は大切です……。髪色目の色肌の色、質感感触香りに至るまで詳細に妄想すれば、二次元だって三次元を超えます……」
緩くウェーブのかかった淡い桃色の髪を震わせ、メリスモーニ五爵令嬢のイェラノがぼそぼそと意見を述べる。彼女は二次元専門、また私の影響で絵を描くことにも目覚めたので、かなり設定にはうるさいのだ。
「それに設定を変えれば、ベースは同じでも別の楽しみが味わえますよねっ。ステファニさんの心の中にいらっしゃる『イリオス殿下』は、クラティラスさんと婚約している『イリオス様』とは設定が異なる別人……こう説明すれば、サヴラさんにもご理解いただけるんじゃありませんか?」
この世界の正ヒロインに相応しい、愛らしく愛おしい愛されスマイルを湛えて、リゲルがステファニとサヴラに向き直る。
入学初日にサヴラ一味から酷い仕打ちを受けたというのに、本人は全く気にしていないようだ。こういうところも、ザ・ヒロインって感じだよね。私なら問答無用で張り倒して、何が何でも詫び入れさせるわ。ええ、どうせ悪役令嬢ですから。
ヒロインパワーいつでも全開なエンジェル・リゲルの言葉を聞いて、私もようやく二人が何故バトルを始めたのかを理解した。
なるほどなるほど、原因はイリオスでしたか。ったくあの野郎、いてもいなくても面倒事を引き起こすんだから。どうやら疫病神の素質がおありのようですね、今からでも王子からジョブチェンジなさったらよろしいのに。
「でしたら、あたくしもイリオス様であれこれ妄想して良い、ということになるのかしら?」
意地悪く唇を釣り上げてサヴラが視線を向けたのは、目の前のステファニではなく私。
おお、言動といい表情といい思考回路といい、私より悪役令嬢って感じがするぞ!
いっそ代わってくれないかな? そんなに欲しけりゃイリオスも付けてあげるし、今なら死亡フラグも特盛り大サービスだよ!
……って知ったら、交代なんてしてくれないよなー。
「構わないわよ。あなたの婚約者であるヴァリティタお兄様でも、好き放題に妄想させていただいてるもの。イリオスだろうとディアス様だろうと、何なら国王陛下だろうとご自由に。ただし、自己責任でね?」
諦めて悪役令嬢の座に居座ることにした私は、挑戦者であるサヴラに対して、ゲームで何度も見たクラティラス様の極悪微笑を顔面に再現して迎え撃った。
「しかし私は同担拒否ですので、イリオス殿下の妄想については思うだけに留め、決して口にしないでください。特に夢妄想は地雷です。聞くだけで屠りたくなります。というか、間違いなく屠ります」
「私も以前は密かに夢妄想も嗜んでおりましたけれど、ナマモノだけにリアルと混同しがちになるせいで現実との折り合いが難しくて、卒業した経緯がありますの。今は固定派なので、ヴァリティタ様とのあれこれについてはできる限り客観的な視点からお伺いしたいわ。ネフェロ様に横攻めなんてさせたくないのよ」
続けて、ステファニとアンドリアが注意喚起を付け加える。
「萌えとか、同担拒否とか、夢妄想とか、ナマモノとか横攻めとか何なのよ! あたくしにもちゃんと説明してって言ってるでしょおおおお!?」
サヴラの絶叫のおかげで、我々はまず何をすべきかが見えた。
我ら『花園の宴 紅薔薇支部』の最初の活動は、部員の属性紹介、並びにBL用語集の作成に決定だ!
新しいこと尽くしで慣れない生活に奔走している間に、四月は慌ただしく終わった。
慣れないといえば、この世界には日本の風物詩だったゴールデンウィークがないんだよね。これには、いまだに慣れられない。
あの楽しい楽しいロングバケーションが存在しないなんて、本当に辛すぎるよ……。どうせ適当ゴリ押しの世界観なんだから、ゴールデンウィークも捏造してくれりゃ良かったのに。
ところでゴールデンウィークというと、その最中にある四月三十日は、私、
私が前世の記憶を取り戻したのは、二年前の五月。なので今年で二回目になるが、その日にイリオスと顔を合わせるのは初めてだった。休みでも何でもない、ただの平日だったからね。
しかし私達は、そのことについてはお互いに一切触れなかった。
何となく、口にしてはいけない気がして。
イリオスも同じだったんだと思う。だから私もイリオスも、素知らぬ顔で申し合わせたようにスルーした。
こうして初めて共に迎える命日も過ぎ、暦は新緑の眩しい五月へと移った。
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