腐令嬢、揺れる
「そうは言っても、予算があるに越したことはない。お金をかければ良い活動ができるというわけではないが、活動の幅が広がるのは確かだ。例えば他の部では、ユニフォームや試合時の経費等に留まらず、揃いのバッジやステッカーなどを用意して部員達の仲間意識を高めたり、部内冊子を刊行して活動内容を広く知らしめたり、遠征旅行を計画して絆を深める……といった使い方をしているところもある」
ディアス様から予算使用例を聞くや、私の心は激しくいきり立った。
冊子って、まさに私達が求めてるものじゃない! 皆から募った推しCPへの考察や小説や絵をまとめて形にすれば、新入部員の勧誘も捗る。ゆくゆくは、本を作ることもできるかもしれない。
それに、遠征旅行!
行きたい、超行きたい……日がな一日、朝から晩までアハハオホホのキャッキャウ
私の目がギラギラ輝き出したのを察知したのだろう、ディアス様はここぞとばかりに優しく諭すような口調で押してきた。
「イリオスの部と合併すれば、かなりの人数になる。下りる予算も多くなるだろうし、君達の活動だって潤うはずだ」
それなー……そこが問題なんだって。
私はがっくり項垂れながら、ディアス様に再度訴えた。
「予算が増えるのは、正直言ってとても魅力的です。でも、あいつとは……イリオスとは、活動方針がどうしても合わないんですよぅ……」
「では、『部を二分する』というのはどうかな?」
ディアス様の口から、思わぬ提案が飛び出る。私は改めて彼に向き直り、呆然と問い返した。
「『部を二分』って……そんなことできるんですか?」
むんにゅりとディアス棒が頭を垂れた。多分、頷いたんだろう。
「特殊な場合のみに適用される奥の手のような方法になるが、できなくもない。『一つの部で二つの活動』をすることが認められれば、イリオスにとっても君にとっても問題ないのだろう? 過去には、『ダンシング華道茶道部』がこの方式で部活を設立している」
聞けば『ダンシング華道茶道部』とは、フラダンス華道部とリンボーダンス茶道部が合併したもので、数年前に誕生し、もちろん今も活動を続けている人気の高い部活の一つだという。ダンスの練習は合同で行うこともあるそうだが、それ以外は別々の場所で活動しているのだとか。
「そ、それって、私達の部にも認められるんですか!?」
降って湧いた希望に縋るように、私は祈りの形に手を組んでディアス棒を見上げた。
「私から中等部生徒会長に経緯を説明し、この形態での活動を認めてくれるよう説得すれば問題ないだろう。だがそれには…………ちょっと君に、私の手伝いをしてもらう必要がある」
ディアス様が低い声音で告げたのは、まさかの交換条件。
「お手伝い、ですか? けれど私にできることなど、たかが知れておりましてよ?」
震えかけながらも、私は精一杯平静を装って令嬢らしく小首を傾げてみせた。
「いいや、君にしかできないことがある。イリオスは、君に対してだけは心を開いているようだからね」
それを聞いた瞬間、私の心臓は氷の手で鷲掴みにされたように凍り付いた。
「そ、そんなことは……」
「単刀直入に言う。イリオスについて、教えてほしい」
視界の中のディアス様は、相変わらず銀髪を垂らしてモザイクをかけられた801棒であったけれど――その声は、有無を言わせぬほどの強い威圧感に満ちていた。
ああ、
この人、私からイリオスの情報を引き出そうとしているんだ!!
「ま、待ってください。どうしてイリオスのことを、わざわざ私に聞くのですか? 私と彼は、まだ出会って日が浅いのですよ? ご兄弟であるディアス様の方が、彼のことをよくご存じのはずでは?」
「イリオスは私に本心など見せん。そのことも、君なら知っているのではないか?」
必死になって『私に聞いたって無駄ですよ』と訴えたものの、ディアス様はあっさりとそれを払い除けた。
だからといって、この条件だけは飲むわけにいかない。
だってもし、江宮のことがバレたらどうなる?
前世の記憶があると知られるだけなら、まだいい。けれどディアス様ほど敏い人なら、その糸口から巧みにイリオスの口を割らせ、ここが我々の世界では『アステリア学園物語〜
そこから『世界の行末は既に決まっている』のだと露呈したら?
イリオスはただでさえ魔法が使えるという点で、王族内でも危険視されていると聞いた。更に未来を知っていることまで発覚したら『危険人物』と確定され、下手をすれば秘密裏に始末されてしまうかもしれない。
同じ転生者である私のことも、きっとバレる。そして、同じ末路を辿ることになるだろう。
そんな未来を回避するためには、私はここで何としても踏ん張らなくてはならない。
余計な死亡フラグを増やしている場合じゃないんだから!
「……ええ、存じております。イリオスがディアス様とそれほど親しくないことも、彼が他の誰にも本心を見せないことも」
私はそこで言葉を切り、ディアス棒を睨んだ。
「だとしても、私には理解できません。何故イリオスのことを知りたがるの? ご自分では何も聞けないくせに、私を脅してこそこそ嗅ぎ回るなんて卑怯ではなくて? 相応の理由を言っていただかなくては、納得しませんし話せません。私には彼を守る権利があります。だって、私はイリオスの『婚約者』なのですから」
そして真っ向からディアス様を詰り、彼の要求を突っ撥ねた。
ディアス棒は静かに屹立……いや、黙って固まっていたが、小刻みに震えたかと思うとしゅんと項垂れた。
オイコラ、事を済ませた801棒みたいな動きすんな。こんなとこで笑かしてくるんじゃねーよ、ボケ!
「…………すまない、君の言う通りだ」
口を窄めて内側から頬肉を噛んで耐えていた私に向けて、ディアス棒は穏やかな声を発した。
「しかし、こうするしかなかったのだ。イリオスたんが可愛くて可愛くて、可愛すぎるあまり口も聞けなくて、ずっと近付きたくても近付けなかったから」
は?
イリオスたん?
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