腐令嬢、墓穴に落つ


「ああ、クラティラスくん。呼び出してすまなかったね」



 昨日と違って、ディアス様は奥のデスクから入口までやってきて、私を出迎えてくれた。



「ンフッ!」



 改めて挨拶をしようとしたけれど、見事に失敗した。ディアス様の神々しいまでの美しさにやられたせいではない。



「では、奥の相談室へ。少し込み入った話になるから、あまり人には聞かれたくないのだ」


「グヒッ! ふぁ……ふぁい」



 たかが部活の話に、込み入るもクソもないだろう。江宮えみやが危惧していた通り、彼は『他の用件』で私を呼び出した可能性が高い。


 さり気なく、しかし有無を言わせぬエスコートで左手にある相談室とやらの中に、私は連れ込まれた。さらにディアス様は、内側から扉に鍵をかけてしまった。



 これは、大変まずい状況である。



 けれど、今の私はそれどころじゃなかった。体が震えているのも、これからどんな尋問が始まるのかと恐れたためではない。



「クラティラスくん、具合でも悪いのか? 先程からおかしな咳をしているようだが」



 小さなテーブルで向かい合った状態で、ディアス様が私の顔を覗き込む。



「ガヒョン! だ、大丈夫れす……っンゴッ!」



 至近距離にあるディアス様の、恐らく心配そうに翳っているであろう大変に萌え萌えに違いないお顔から必死に目を逸らし、私は懸命に込み上げる笑い相手に戦った。




 クソッ……江宮のアホタレ! お前が棒とか余計なこと言ったせいだぞ!?



 ――――おかげでディアス様が、無駄に気取ってる801棒にしか見えなくなったじゃねーか!!




「随分と辛そうだが……わかった、手短に済ませるよ」



 ディアス様の渋いお声で、801棒が軽く項垂れる。しなしなと萎えてんじゃねーよ、余計面白いだろうが!



 そ、そうだ。私、一応まだ十八歳未満だし、脳内モザイクかければ何とか……って、何とかならなーい!


 ますます絵面がヤバくなってしもうたーー!!


 やだ無理! もう無理! ダメ無理ーー!!




「ギへブッ……アヒャーッハッハッハッハッ! 棒……棒が……棒の分際でイキッて……イキッ、イヒッ、ウヒッ、エヒッ、棒ゥオオホァーッホァッホァッファッファッ! ヒャオオオオン、オンオンオン!!」



 止めようにも、止められやしない。


 必死に堪えた分、激しく爆発した勢いに任せ、私はテーブルに頭をガンガン打ち付けながら、腹筋が裂けて内臓が吹っ飛ばないようにお腹を必死に押さえて笑った。


 それはもう、笑いに笑った。笑い死にで死亡エンド成立を迎えてしまうかというほどに。




「ほ、本当にすみませんでした……ちょっと、緊張しすぎてしまって」


「い、いや、構わんよ。新入生がいきなり上級生に呼び出されれば、取り乱すこともあるだろう」



 私の苦しすぎる言い訳に、ディアス様はこれまた苦しすぎる返答をなされた。


 天下の第一王子殿下相手に、こんなアホな狼藉かます奴が私の他にいるわけなかろうが。ディアス様の優しさが、打撃を繰り返したオデコと酷使し過ぎて早くも筋肉痛になってるお腹より痛いよ……。



「あ、あの……それでお話とは」



 まだ801棒の呪いは解けてなかったので、私はディアス様を直視しないように俯いたまま尋ねた。



「君が申請した部活のことだが、私の方で検討させてもらった」



 そこでディアス様は一呼吸置き、検討結果を述べた。



「イリオスと君とが提唱する活動の相違を理解した上で、二つの部活動は共同で開設することが最適であると判断した」


「何でですか!」



 それを聞くや、私は勢い良く顔を上げて立ち上がり、ディアス様に向き直った。


 半端に自己暗示が解けたせいで、視界に映るディアス様はモザイク付きの801棒が長い銀髪を纏っているという大惨状だ。


 しかし、今は笑ってる場合じゃない。



「活動の原点が違うって言ってるのにおかしいでしょ! その理論でいったら、同じボールを扱うんだから野球もバスケもテニスも皆一緒の部にしても問題ないってことになるじゃない! 横暴だわ!」


「落ち着きたまえ、クラティラスくん」



 卑猥モロ出し剥き出しの801棒の分際で、たまえ言葉使ってお上品且つ偉そうに抜かすな! ……と喚きかけたが何とか飲み込み、私は再び椅子に腰を下ろした。


 ギリギリと音を立てて歯軋りで威嚇する私に、ディアス棒は怯んで軽く萎縮しつつも、何故そのような結論に至ったかを説明し始めた。



「君の意見を無碍にしたわけではない。むしろ悪い話ではないのだ。まず君の部だが、人数は十一人。部活動開設に必要となる、最低人数に近い。すると新たな部を設立できたとしても、生徒会から下りる予算が低くなるのだよ。それでは満足な活動ができないだろう?」


「それは、部費という名目でメンバーから徴収して賄えば……」


「君のような裕福な貴族ばかりなら、問題ないかもしれん。しかし、そうでない者にとっては大きな負担になるのではないか?」



 ディアス様に返され、私はぐっと言葉を飲んだ。


 この学園には、様々な家庭環境の者が集っている。中にはリゲルのように特待生となったり、奨学金制度を利用して授業料の免除を受け、やっと通うことが叶った子だって少なくない。


 ランチはいつも、お母さんに作ってもらったという簡素なお弁当を食べ、飲み物すら購入しないリゲルの姿を今更思い返し、私は自分の浅はかな考えを恥じた。


 たとえ部費は上流階級のメンバーだけで負担するといっても、リゲルは納得しないだろう。もしかすると、皆の重荷になりたくないからといって辞めてしまうかもしれない。


 新たに加入してくるだろうメンバーだって同じだ。皆が皆、部活動にお金を割けるわけじゃない。せっかくBLに興味を持ってくれたとしても、その子がリゲルと同じように生活に余裕のない庶民だったら、肩身の狭い思いをするだろう。


 変に気を遣って同等に語らいができなくなれば、それはもう私が求める自由と創造の場じゃない。私の大嫌いな、権力者の権力者による権力者だけのために用意された自己満の独擅場だ。



「……すみません。今の発言を取り消させてください。部員に対する配慮に欠けていました」



 素直に謝ると、ディアス棒がフルフルと左右に揺れた。どうやら首を横に振ったらしい。



「いいや、君は聡明だよ。私の言わんとすることをすぐに理解してくれた。まだ中学一年生なのに、しっかりしているね。イリオスは、君のそういうところに惹かれたのかな?」



 最後の言葉には、からかっているような探りを入れているような、どちらともつかない微妙な響きがあった。



 そ、そうだった!


 この人、江宮のことに勘付いていて、私に何か問いただそうとしてるのかもしれないんだったよね!?



「ええと、ディアス様、お話を戻しましょう。予算のことでしたよね? 私の部はそれほどお金がかからないと思うので、予算が少なくても大丈夫ですよ!」



 慌てて私は話題の方向を変えた。ここは何としてもイリオスの話をさせてはならん!

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