腐令嬢、解決す


 ひょっとこ顔のまま固まっていると、テーブルの上に一枚の写真がそっと差し出された。


 そこには花咲き乱れる美しい庭園を背景に、四人の銀髪の子ども達が写っていた。恐らく亡くなったセリニ様と思われる小さな女の子を中心に、三人の男の子がその背後に立っているという構図だ。


 全員美形揃いだけど、笑顔でカメラを向く皆と違い、やや俯きがちに口元を結んでいる少年は独特の雰囲気を醸し出していた。そのせいで、誰より強く目を引かれる。


 言うなれば、大輪の薔薇の中にひっそり佇む月下美人のような――。



「うわー、これイリオス? あいつ、こんな可愛い時があったんだー。今じゃ可愛いなんて見る影もないのに」


「今だって可愛いだろう! 訂正したまえ!」


「ひいっ! す、すみません! 今も可愛いです!」



 初めてディアス様に怒鳴られ、私は慌てて発言を翻した。



「も、申し訳ない……イリオスたんのこととなると、冷静ではいられなくなってしまうもので」



 ディアス棒に、ほんのり赤みが差す。



 ええと…………うん、もしかして?



「イリオスを避けていたわけではなく、気持ちが先走って声をかけられなかった……ということですか?」



 ディアス棒は、ふにゅっと頭を下げて頷いた。



「実はクロノたんにも、なかなか声をかけられず困っていたのだ。しかしクロノたんは積極的なタイプで、彼の方から私に近付いてきてくれた。おかげでクロノたんとはすんなりと打ち解けられたのだが、イリオスたんは……クロノたんより年下ということもあって、可愛すぎて可愛すぎて、いまだに直視もできん! そのせいで仲良くなれず、ずっと悩んでいたのだよ……!!」



 ディアス様の切なる心の叫びを、私はひどく冷めた気持ちで聞いていた。



 第三王子のイリオスは中身がゴミクソのオタイガー、第二王子のクロノ様はヤリチソのパリピ、唯一優秀と思われていた第一王子殿下はブラコン・フルスロットル………この国の王子、揃いも揃ってろくでなしだな。ハズレしか入ってない福袋かよ。



「それでー? イリオスの何が知りたいんですかー?」



 テーブルに頬杖を付き、私は投げやりに尋ねた。するとディアス棒は元気良く勃ち……じゃなくて、立ち上がった。



「おお、協力してくれるか! そ、そうだな……ではこの前の新年度を祝う式典の際に、何を考えていたかを聞き出してもらいたい。あの時のイリオスたんは、普段に増して寂しげな表情をしていた。もしや深い悩みがあるのではないかと、兄として心配で心配で」


「わかりましたー、聞いときまーす」


「そ、そうしてくれると助かる。では合同の新部活動設立の申請のために、もう一度概要を書き直して改めて提出してくれ。申請が下りたら、イリオスと君には『ダンシング華道茶道部』と同様、それぞれに部長の肩書を与える。部名は同じでも実質は別々の部活動となるわけだから、都合の良い時だけ片方に一任するということは罷り通らない。それだけは心しておくように」


「はーい、了解でーす」



 声音こそ初めて会った時のように威厳に溢れてはいたけれど、今更カッコつけられたってだだ下がったテンションは上がらない。


 モザイク付きの棒に見えたまんまだし極度のブラコンだとわかったし、何でこんな奴を初恋の壇上だんじょう神之臣かむのしん様と重ねてしまったのかと昨日の自分を殴り倒してやりたいくらいだ。



「ではこれから、ディアス様がイリオスについて気になることがあれば、私が聞いてお伝えすれば良いんですねー?」



 今一度確認を取ると、ディアス棒はまたむにょりと頷いた。



「ああ、それについてだが……口頭でやり取りをする時間がなかなか取れないだろうから、このノートを使ってやり取りをしてくれないか?」



 そこで殿下棒が取り出したるは、辞書かと見紛うほどの分厚い鍵付きのノート。この学園の部活動では、その日の活動内容をまとめた日誌を提出する義務があるそうで、それと一緒にこのノートを持ってきてくれという。


 本来であれば、中等部生が新設した部活は中等部生徒会が管理するものだが、今回は久々の特例の部になるため自分が引き受けることにするつもりだ……とか何とか言ってたけど、私とのノートのやり取り以上に、可愛い可愛いイリオスたんと会う口実を作りたかっただけなんでしょうねー。



 イリオスともきちんと話をつけておくと約束し、私は高等部生徒会室を出た。



 やれやれ……まさかディアス様と、『交換日記』をすることになるとはな。


 異性と交換日記するなんて、前世現世含めて初めてだ。しかし、テンションは全く上がらなかった。


 だって交換日記といったら、両片想いな初々しい二人が胸の内に秘めた想いを面と向かって伝えられない代わりに、文字に日常の他愛ない出来事を綴っては距離を縮めて関係を深めていく、都市伝説的なジレジレツールやん?


 なのに私がやる交換日記の中身は、隠れブラコン棒の弟に擬態してるキモヲタ珍獣オタイガーの生態観察記録なんだもんなー。交換日記から連想される甘酸っぱい青春のトキメキ感、まるでナッシングですよ。



 はぁ……特に何かしたわけでもないのに、もんのすんごく疲れたわ。


 とっとと帰って早めに寝よう。アズィムにディアス様とクロノ様とイリオスの三人の絡み絵を頼まれてたけど、今日は勘弁してもらうよ……どう頑張ってもモザイク付きの棒とヤリチソが激しく踊り狂う中、オタイガーは百合妄想に逃避して魂抜けてるっていう謎の儀式みたいな絵面しか浮かばないし。




 翌日の放課後。


 部活のことで話があるとイリオスを例の音楽室に呼び出した私は、昨日ディアス様から提案された『名前だけ同じで別々に活動する部』について説明した。


 イリオスの方にも不平はないようで、互いの活動に干渉し合わずに済むなら無問題と賛成してくれた。


 ディアス様から何かおかしなことは言われなかったかと軽く突っ込まれたけれど、そこは否定しておいた。


 だって、よく考えてみればお兄ちゃんがひっそり弟のことを想ってるって、別に変なことじゃないじゃん? ディアス様本人はとてつもなく変だけど、その点については聞かれてないし?


 ということで適当に誤魔化し、私とイリオスは新しい部活の名前と概要を話し合いで取り決めると、その足で中等部生徒会室に提出しに行った。



 これにて、部活動については完了。


 おっと、もう一つ任務が残ってるんだったな。



「ねえ、こないだ新年度の式典に出てたんだよね?」


「ええ、出席しましたよー。またしてもブッチしてくださった第二王子殿下の代わりに」



 中等部生徒会室からの帰り際、廊下で隣り合わせに歩くイリオスに私は尋ねた。



「えーと、何か変わったこととかあった? 元気なかったみたいって、人から聞いたんだけど」


「あー……実は朝食を食べそこねて、お腹が空いて死にそうだったんですよねー。なのに目の前で、美味しそうに焼きリンゴを食べている子どもがいましてなー。胃袋を交換してくれないかなーなどと考えてたんですよー。何なら今もお腹が空いてますねー。はぁ、ひもじいですぞ……生きてるのが辛いですぞ……」



 そう言うとイリオスは、しょんぼりと項垂れた。


 ああ……そういや江宮えみやって、腹減るとものっすごい無気力になるんだったな。おかげで高校でも四限目の授業の時は、ただでさえゾンビみたいなのに更にゾンビ度が増して顔面死亡遊戯と化してたっけ。



 良かったね、ディアス様。愛しの弟君には、深い悩みなんかないみたいっすよ。


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