腐令嬢、呼び出される
翌日、朝礼前の校内放送で、中等部一年五組、クラティラス・レヴァンタは名指しで呼び出しを受けた。放課後、高等部生徒会室に来るように、と。
呑気にリゲルとステファニ相手にBL話で盛り上がっていた私は、途端に固まった。クラス中の視線も、私へと集中している。
中等部の生徒が高等部生徒会室に呼び出されるなんて、滅多なことでは起こらないからだ。
「あ、ああ、きっと部活動申請のお話ね。ちょっとわからないことがあって、中等部生徒会でも解決できなかったから高等部の方にもご協力をお願いしたのよ!」
いたたまれなくなって、私は皆に聞こえるよう大きな声で事情を説明した。かなりさり気なさに欠けて言い訳がましくなってしまったが、ここは致し方ない。
「なぁんだあ。クラティラスさんが嫌がるイリオス様の顔に萌えるあまり、現実でも屈強な男達にやらしいことをさせるか何かして、それがバレてディアス様に叱られるのかと思いましたよー」
隣の席で、リゲルが天使のような笑顔で悪魔のような言葉を吐く。
お前は私を何だと思ってるんだ。そりゃ鬼畜物も嫌いじゃないけどさ……。
「クラティラス様、イリオス殿下の嫌がる顔は確かにそそられます。しかし、そこへ颯爽とエミヤ様が助けに入るシチュエーションでなくては、私は認めません。どうかそのような行為は、妄想だけに留め置いてくださるようお願いいたします」
反対隣から、ステファニがこれまた見当違いな懇願をする。
だから、んなことしてねーっつーの! 部活動申請の件だって言ったのに、こいつら人の話を聞いちゃいねーな!?
「……クラティラスさん」
がっくり項垂れた私の耳に、ステファニの向こう、窓際の席から低い声が届いた。
「お昼休みに、少しお時間いただけませんか。話しておきたいことがあるのです」
そう言ったイリオスはこちらを見もせず、ただ真っ直ぐ前を向いていた。
その横顔は、
「わ、わかったわ。お昼は購買で何か買うから、食事も一緒に摂りましょう」
「そうしてください」
私の提案にもイリオスは顔色一つ変えず、眉一つ動かさず、ステファニ以上に無機質な音声で返した。
一体、何を話そうというのか?
恐らくディアス様に関することだと思われるが、この雰囲気ではあまり良いお話ではなさそうだ。
やだなぁ……せっかくディアス様にまたお会いできるってのに、何だか憂鬱になってきちゃったよ。
怒涛の購買争奪戦で勝ち取ったチョココロネとタマゴサンドと鮭おにぎりと特大コロッケと野菜スティックとイチゴ牛乳を抱え、私は例の旧音楽室に出向いた。
「うわー、ウル
私が持ち込んだランチを見て、イリオスが麗しい顔を歪める。が、朝ほど辛気臭い表情はしていなかったので、少し安心した。
「自分、成長期っすから。で、話って何?」
野菜スティックを齧りながら、私は早速本題に入った。
「……兄上のことなんですけどね」
王宮から持たされたという大層ゴージャスな具が沢山挟まれたサンドイッチを小さく噛み千切り、それを飲み込んでからイリオスは切り出した。
「うん、イリオスやクロノ様と違って、スタフィス王妃陛下から生まれた正統派の王子様であらせられるんだよね。で、亡くなられたセリニ様の実の兄、と。だからスタフィス様と同じで、イリオスのことを妹を見殺しにしたと思って敵視してる……かもしれないんでしょ?」
野菜スティックを早々と食べ終えると、私はタマゴサンドの征服に移った。
あ、まろやか〜。ブラックペッパーが効いてるのが良いね〜。さすが、購買一番人気なだけあるぅ〜、おいすぃ〜。
「そうですね、それもあるんですけれど……あの人は昔から、全く何を考えているか、全く読めないんです。スタフィス様のようにわかりやすく拒絶反応を示すこともなければ、国王陛下のように身内の前では甘えん坊将軍になるということもない。記憶が戻ってからは、細心の注意を払って周囲の人間を観察し続けてきましたが、それでもあの人の本音だけは一度たりとも見えたことがないんですよ。完璧に自分を殺しているのか、それとも素で『自分がない』人なのか、それすら判別不能だったんです」
そこでイリオスはサンドイッチの包み紙を握り潰し、私に紅の目を向けた。
「けれど昨日のディアス様は、いつもと違いました。気を付けてください、クラティラスさん。今日呼び出したのには、部活動の話以外にも目的があるのかもしれません。それを餌に、何か企んでいるとも考えられます」
つまりディアス様はイリオスにとって、『得体の知れない不気味な存在』らしい。だからこうしてわざわざ、注意喚起してくださっているのだ。
でもそれって、お前が言うな案件もいいとこですよ。
「よくわかんない奴だからって、そこまで警戒することなくね? 江宮だって、似たような感じだったじゃん。ていうかお前に比べりゃ、何考えてるか読めないなんて可愛いもんだって。初めて会った時のオタイガーなんか、悪霊に取り憑かれて悪魔と契約したゾンビの屍みたいだったもんなー。そんなおぞましいモノに話しかけた
包み紙から滲み出たコロッケの油で汚れた口元を手を拭き拭きしながらそう言うと、私の脳裏に前世のロン毛キモ眼鏡ブスなオタイガーが蘇った。
あーやだやだ、思い出し笑いならぬ思い出し鳥肌立ったわ。キモきこと、この上なキモし。
「ソーデスカー。話しかけてくれなんて頼んだ覚えはアリマセンケドネー。ふむ……しかし、大神さんの言うことも一理ありますな」
「お、やっと大神那央が勇気ある女神だったと認める気になったか?」
「そこじゃありませんがな。よくわからないからといって、悪い方向にばかり考えてはいけないという点です。ディアス様も、前世の僕と同じで、人を寄せ付けたくない理由があるのかもしれません」
さっくり私の言葉を払い除けた元オタイガー現イリオスは、自己解決しましたとばかりにうんうんと一人で頷いた。
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